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リノリウムの事 

「おはよう。調子はどうだい?」
「君か!」
「嘘を言うと大変なので調べてみたんだよ。
僕が開業した頃にはもうリノリウムの床を選ぶ人はあまりいなかった。
コスパ的にもビニール床が普通。
でも僕と両親で天然のリノリウムにしようということにしたんだけど、結局良かったよ! 
色合いもずっとよいままだし、悪くならないので。
そのかわり、毎月ダスキンで専門のワックスを塗ってもらってる。お金はかかるけど」
「病院とリノリウムには、深い意味があったんだね。それを子供の頃知るわけがないよな。なのに直感的になにかがあると。そこだよ。ロバート・フランクの写真。埴谷雄高のあの文章は送ったよね。『どうして日常のさりげない光景をありありと憶えているのか』というやつ。ええと……ええ!! 今ネットで見たら100万超えてたぞ」

(リンク入る)

「サミュエル・フラーが『脳髄震撼』の表紙で使ってた写真なんだが。『鐘と遊星』なら100円で買えるぞ」
「君が前から言ってた一文だったね。
不思議なんだが、君からリノリウムと聞いて、思い出したのは、十九歳の頃に読んだレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』だった。
小説の中に出てくるんだ。リノリウムの床が。なんで思い出したのかは分からない。物語はもう全く思い出せないが、長いお別れの中にリノリウムの床という言葉があったなあと。ただそれだけ思い出した」

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