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モモのところに行ってごらん!

ここのところ、なぜか立て続けに、ミヒャエル・エンデ 『モモ』についての話を聞きました。全く別々の集まりで、全く別の方が、この『モモ』に言及する機会に遭遇し、これは「読め」と言われているに違いないと、改めて『モモ』を開いてみました。以前に『モモ』を読んだのは、はるか子どものころ。不思議な絵以外、内容はすっかり忘れていました。

今回は、なぜ今『モモ』がこんなにも話題になるのか、ちょっと分かったような気がしたので、『モモ』を読んで、感じたことをシェアしてみたいと思います。

『モモ』 って?

説明するまでもないかもしれませんが、まず、簡単に『モモ』についてちょっとだけ触れておきたいと思います。

「モモ」という不思議な女の子は、ある日突然、町のはずれにある円形劇場の廃墟に現れます。わかったのは、「モモ」という名前だけ。どうやら、施設から逃げ出してきたらしいのですが、それ以外のことはさっぱりわかりません。でも、町の人は、そのままモモを受け入れます。廃墟の舞台下の石の穴ぐらを整え、住みやすくしてあげます。そして、食べ物のお裾分けもして、みんなでモモを養うのです。

(なんと、おおらかな!)

モモには、特別な才能がありました。それは、「あいての話を聞く」ことです。モモはただただ聞いているのですが、だんだん町の人にとって、モモはなくてはならない存在になっていきます。そして何かことがあると「モモのところに行ってごらん!」というのが、合言葉になっていきます。モモのところには入れ替わり立ち替わり、人が訪れるようになります。

(私もモモに会いたい!)

しかし、モモのところに訪れる人はだんだん減っていきます。原因は、みんな忙しくなってしまったからです。モモに会いに行く「時間」がなくなってしまったのです。そして、モモは人間から時間を盗む「時間どろぼう」との戦いに巻き込まれていきます。

というのが、この物語の始まりです。
(この続きは、ぜひ物語を読んでください)

モモのいた暮らし

私は、自然に囲まれた、地縁、血縁関係の濃い、いわゆる「ムラ社会」で育ちました。うちは専業農家だったし、近くにあまり店もなかったので、現金を使う機会もほとんどなく、自然の中で、あまり経済観念を持たないまま育ちました。

うちは酪農家だったのですが、専業農家だから時間的な自由があるかというと、意外とそうでもなく、生き物相手の仕事なので、実際に休日はありませんでした。学校から帰ると、牛の世話をしたり、畑に行ったりと、家族で過ごす時間は多かったのですが、休日に家族旅行に行ったり、外食したりという記憶はほとんどありません。学校で、クラスメイトが、夏休みに旅行に行ったとか、ボーナスが出たので、○○を買ってもらったとかいう話を聞くと、いいなーと思っていました。

農業は、肉体労働なんで、小腹がすきます。1日3食の食事以外、10時と3時には、「お茶」の時間があって、縁側とか、庭先でよくお茶を飲んだり、おやつを食べたりしてました。近所の人も通りがかりに、一緒にお茶を飲むこともありました。(たまに、郵便局員や保険の外交員も!)側から見たら、1日中お茶を飲んでしゃべっているので、暇そうに見えたかもしれません。私の弟は子どもの頃、人のうちでただで一日中お茶が飲めるからという理由で、庭木屋さんになりたいと言ってました。

家にもしょっちゅう人が出入りしていました。みんなでお酒を飲んだり、食事をしたりという、いわゆる「ホームパーティー」もよくありました。(これを「人寄り」と呼んでいました)春祭り、秋祭りの時期には、その地域の親戚のうちで「人寄り」がありました。冠婚葬祭、盆正月と、今から考えたら、「人寄り」ばっかりだなー(笑)

言ってみれば、このとき、モモが生活の中にいました。うちで採れた野菜やいただきものなど、お裾分けだと、よく物物交換をしていましたし、うちに帰ると、家の中に誰かが持ってきたものが置かれていたり、そういえば、近所の豆腐屋さんは、留守中に勝手に豆腐を置いていったなあ。(代金はちゃんと払ってました。大晦日に急に「そういえば豆腐屋に代金払ってない」と言って、慌てて払いに行ったことがありました)生活自体がおおらかでした。

でも、こういうのは、だんだん減っていきました。理由は「忙しい」からです。「会社勤めをしているので、平日は時間がない」「日曜日は出かける」という声が多く、「人寄り」は敬遠されました。私が育ったのは、高度成長期で、週休二日制ではなく、土曜日も学校がありました(歳がバレる)。産業構造も大きく変わった時代です。田舎でも農業をやる人は減っていき、サラリーマンが増えたので、当然といえば、当然の流れと言えると思います。

私のうちも酪農を続けるのが難しくなり、私が高校を卒業したタイミングでやめてしまいました。

『モモ』を読みながら、この子どものときの生活がいろいろと思い出されました。今では、実家に行っても、近所の人が突然訪ねてくることはほとんどありません。出かけるときは、玄関に鍵をかけます。近所の人との交流は、本当に減ったなーと思います。みんな車で移動するので、歩いている人も少なく、道で誰かとすれ違うことも滅多にありません。犬でも連れていないと拍子が悪いくらいです。

ただ、当時、存在していたような、人とのしがらみがいやで、町を出た若者も大勢います。私も大学進学を機に、町を出ました。

モモとの再会

大学卒業後は、私もサラリーマンになりました。印刷会社や出版社、派遣社員など、いろいろな仕事を経験しました。どの仕事もとても楽しく、やりがいもあったのですが、時間に追われることが多く、ただ、会社とアパートの往復で、このままでいいのかなと疑問に思うことも多くなりました。そして、最終的に日本語教師になりました。日本語教師になってから、Uターンし、田舎に戻りました。

しかし、そこで、時間に追われる生活が解消されたかというと、そんなことは全くありませんでした。どうやら私は、やりがいを追求しすぎて、時間や給料を度外視して働いてしまうタイプのようで、会社にとっては、とてもいい人材だと思うんですが、同僚や上司としては、煙たい存在だったかもしれません。

日本語教師としてずっと組織で働いてきたのですが、日本語学校を辞めたのを機に、個人事業という道を選びました。私は、組織で働くべき人間じゃないなーと思ったからです。ただ、幸か不幸かフリーランスになったタイミングと、コロナウイルスの影響が重なってしまい、当初予定していたような仕事ができなくなりました。

一方で、このコロナ禍での生活は、外出が減り、移動時間もなくなり、自分の時間を全て自宅でコントロールできるという契機にもなりました。どうせだったら、今の時間を楽しもうと、こんなときじゃないとできないことに、時間を割り当てることにしました。せっかくフリーランスという道を選んだのだから、焦って、自分の時間を切り売りするような働き方はやめようと割り切ることにしました。

こんな状況下で、必死で、現場を支えている多くの友人を見ていると、自分が何もできていないように思えて、たまに気持ちが沈むこともありますが、とにかく今できることを淡々とやろうと、自分に言い聞かせています。

これまでと違って、時間はたくさんありますから、あえて効率化を求めず、じっくり時間をかけて考えながら作業をしてみたり、あれこれ新しいことを試してみたり、一つのことを深く考えたりするようにしています。本を読む時間も増えました。これまでは、家と職場の往復で家にいる時間がなく、あまり交流のなかったご近所さんともよく話をするようになりました。野菜や果物を分けてもらったり、花を株分けしてもらったりと、なんだか、モモになった気分です。

山の中に住んでいるので、外の散歩は全く飽きません。山を見たり、空を見たり、樹や花を見たり、ほぼ毎日散歩をしているのですが、毎日景色が変わります。フリーランスになったときは、桜が咲いていました。新芽が出て、新緑の季節が来て、秋に紅葉して、今は、葉っぱが全部落ちてしまったんですが、まだ、季節は一巡もしていません。自然の時間はゆっくりです。

よく考えたら、私の子どもの頃の生活もそうでした。自然や生き物を相手に生活するには、その時間の流れに人間が合わせるしかありません。米作り10年、といっても、実質米作りは10回しか経験できないのです。自然の時間は、本当にゆっくりですが、それでも確実に変化しています。いつの間にか、この時間の流れを私自身、忘れてしまっていました。

こんなことをあれこれ思い起こしながら、『モモ』を読みました。「モモ、がんばれー」と心の中で叫びながら、今の生活を反芻しながら読みました。物語の中では、モモも、自分の中に流れるとても素敵な時間を発見します。(←私のとても好きな場面です)

こんなふうに『モモ』を読みながら、自分の時間を見つめ直し、今のこのゆったりとした、濃密な時間の流れの中で生活するのは、とても幸せなことだと思いました。自分の時間を自分の裁量で決められる。これは、本当に貴重な経験です。ただ、このままでは生活が維持できないので、いつかまた、えいっと足を踏み出して、忙しい生活に戻らなくてはならなくなるかもしれません。

それでも、自分がなんのために働くのか、目的と手段を見極めながら、私の中に住み始めたモモに話を聞いてもらいながら、これからの生活を考えていかなければならないなーと思っています。自分の中のモモを失わないように、モモに会いに行く時間を大切にしたいなと思っていますし、そんな世界を広げていきたいなと思いました。

と、今回は、まったりと『モモ』について書いてみました。このような緊張が続く状況だからこそ、誰もがモモに会いに行く時間ができるといいなと思っています。

今回も、貴重な時間に最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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