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05_PBLにおける言語教師の役割 【山の日本語学校物語】

これは、とある町に開校した「山の日本語学校」(仮名)の物語です。ITエンジニアの専門日本語教育、プロジェクト型のカリキュラム、地域との連携などなど、新たな言語教育の実践とその可能性について、当時の記録をもとに綴っていきます。最後までお付き合いください。

この連載を始めるに至った経緯については、「00_はじめに」をお読みください。

01〜04まで、「山の日本語学校」の基本的な理念や目標について書いてきました。これまでのところで、「山の日本語学校」が置かれた文脈やそのコンセプトなどがお分かりいただけたのではないかと思いますが、このような従来と異なる日本語学校で、日本語教師は何をしていたのかは非常に気になるところだと思います。

そこで、第5回は、PBL(Project-Based Learning:プロジェクト型学習)における日本語教師の役割について書いてみたいと思います。(タイトルは、もっと広い視点で考えたいと思い「言語教師」という表現を使いました)

PBLにおける教師の役割」については、以前に下記のような記事も書きました。

この記事の中では、プロジェクトに関わる「教師の役割」を言語に特定せず、もっと広い視点から考えてみました。そして、以下のような「学び」を支えるのが教師の役割ではないかと考察しています。

プロジェクトを通して、自分が何を学んだのか、自分にとってどんな意味があったのかを意識化し、単なる経験を「学び」に変えていくのではないかと思いました。

このような「経験を学びに変える」ために、教師は、プロデューサーやファシリテーター、メンター、コーチ、サポーターなど、様々な役割を果たすのではないかと考えています。

これは、「言語教師」であっても同じことが言えるのではないかと思います。先の記事では、「経験を『学び』として言語化する」ことが重要で、その際に、言語教師が大きな役割を果たすのではないかと述べています。ただし、この考察については、あくまでも現時点での考えです。今後、この連載を続けながら、「言語教師の役割」について、新たな気づきが生まれたり、さらに考察が深まったりして、アップデートされる可能性もあります。このマガジンではその辺も踏まえて、お付き合いいただけたらと思います。

今回は現段階での言語教師の役割について(仮に「言語教師2.0」としておきます)、基本的な考え方と具体的にどんなことをしていたのかという日々のルーチンについて書きたいと思います。

専門分野の知識は必要か?

私が「山の日本語学校」で働いているとき、よく質問されたのが、「ITの知識があるのか」とか「プログラミングができるのか」ということでした。専門日本語教育というと、一般的にその分野の専門知識が必要だ、と思われるのではないかと思います。

もちろん、IT分野の知識があるに越したことはありません。私も、ITエンジニアの考え方や開発方法については、エンジニアに直接聞いたり、いろいろと文献に当たったり、あるいは、セミナーやワークショップに参加したりということもしました。また、これまで書いてきたように、ビジネスについての知識も経験もなかったため、いろいろと苦労したことも事実です。

しかし、IT分野の知識よりも大切なことは、このPBLの枠組みの中で、どのように言語を扱うのかということだと思っています。ここに「言語教師2.0」としての専門性が問われるのではないかと思います。

そこで、以下に、「山の日本語学校」でPBLを取り入れるにあたり、大切にしたいと考えていた言語教師2.0の役割について基本的な考え方を簡単に説明したいと思います。

言語教師2.0の役割①:枠組みの設計とスケジュール管理

多くの日本語学校の場合、全体の枠組みの設計はカリキュラムを作る立場の教師(多くの場合、教務主任や常勤講師)が担当するのではないかと思います。それぞれの授業を担当する教師は、クラス運営や担当する授業にのみ責任をもつという立場で授業に関わることが多いと感じています。

しかし、PBLでは、そのプロジェクトに関わる人全員が全体を把握する必要があると思っています。プロジェクトで何を目指しているのかという方向性や、全体の枠組みやスケジュール管理に対して担当教師全員が同じ方向を向いていることが重要だからです。そこで「山の日本語学校」では、常に、どのようなスケジュールでプロジェクトを進めていくのか(進んでいるのか)を可視化できるように心がけました。(その具体的な方法は「資料編」で後述します)同じ方向を向きつつ、担当教師それぞれの持つ知見がプロジェクトに反映されていくのが理想ですが、そのような枠組みを作るのはなかなか難しいことだとも感じています。

「山の日本語学校」では、入学して間もない学生(初学者)が関わるプロジェクトについては、かなり入念にプロジェクトのタスクやスケジュールを設計していました。どの段階でどのような言語活動が可能なのか、また、言語活動を行う上で、どのようなアプローチや仕掛けが有効か。これを設計できるのが、言語教師2.0の持つ専門性の一つだと思っています。

また、設計だけでなくスケジュール管理も教師の重要な役割だと思います。「山の日本語学校」では、2回、3回とプロジェクトを重ねるにつれ、徐々にそのプロジェクトの方向性やスケジュール管理は、学生に委ねていきましたが、それでも、プロジェクトをいつまでに、どのような状態にすればいいのかという最終判断は、教師に委ねられます。最終判断を教師が握ることによって、そこに交渉の機会が生まれます。このような交渉相手として、言語教師2.0が存在していることは重要なことではないかと思っています。この辺は、具体的な実践例を見せながら説明したほうがわかりやすいので、また、追々説明していこうと思います。

言語教師2.0の役割②:「伝えたい」という気持ちを引き出す

「言語」に関連していえば、「伝えたい気持ちを引き出す」ことは、言語教師2.0の重要な役割だと思っています。この「伝えたい気持ち」については、02にも書きましたが、PBLにおいてはこの部分にいちばん苦労しました。

「教科書に書いてあるから」「先生がやれと言ったから」「試験に合格したいから」このような動機では本当に「伝えたいこと」を引き出すことができません。やはり、学生自身が当事者意識を持ち、ガッツリとプロジェクトにのめり込んで、「なんとしてもこのプロダクトを完成させたいのだ」「どうしてもこれを理解してほしいんだ」という気持ちにならなければ、この「伝えたい」を引き出すことができません。

山の日本語学校の取り組みでも、この「伝えたい」気持ちを引き出すことは、容易なことではありませんでした。そこで、「山の日本語学校」では、どんな点に工夫したのか、どんな試行錯誤があったのかについても本連載で書いていきたいと思います。

言語教師2.0の役割③:言語化へのサポート

言語教師2.0の専門性がいちばんわかりやすいのはこの部分ではないかと思います。ただし、「山の日本語学校」では、先回りして、文法や語彙の提示はしていません。というよりできませんでした。その人が何を思い、どんなことを伝えたいと思っているのかは、言語化するプロセスにじっくりと付き合っていくしかありません。そのためには、プロジェクトの参加者と同じ文脈に立って、プロジェクトの当事者として、その世界観に身を投じてみるしかないのかなと思っています。

「山の日本語学校」では、学生の活動の様子を観察するということを、とても大切にしました。どんな作業を行い、その中でどんなやりとりが行われているのか、学生がそこで発した言葉は本当に本人が伝えたいことだったのか、など、観察やその記録を振り返りながら、何度も省察しました。具体的に、授業中どんなことをしていたのかという一例が、以下の記事にも書かれています。

2018年に書いている記事ですので、開校して1年くらい経ったときのものです。この授業の対象者は3期生で、「言語教師」がPBLという授業において何をすればいいのか、だいぶつかめてきた頃だと思います。これは、あくまでも一例ですが、通常の文法の授業とかなり異なることをやっているのがおわかりいただけるのではないかと思います。

PBLにおける言語教師2.0の具体的な仕事

ここでは、具体的に授業中にどんなことをしていたのかを書いてみたいと思います。

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