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日本語教育の質の維持向上のために何が必要なのか?(その二)

前回、パブコメの対象となる報告書をもとに、「量と質の確保」という観点から以下の記事を書きました。

量はともかく、質を確保するのであれば、コーディネーターレベルの日本語教師の育成が鍵をにぎるのではないか、また、将来的に登録日本語教員をコーディネーターレベルにまで育成するのであれば、常勤としての雇用が必要だということを書きました。

パブコメの提出締め切り前に、続きを公開しようと思い、この記事を書き始めたのですが、書いているうちに、まとまらなくなってしまいました。(パブコメは提出しました)

締め切りは過ぎてしまいましたが、今回は、報告書の中心テーマである「仕組み」という観点から、日本語教育機関のあり方を考察してみたいと思います。

今回の「日本語教師の国家資格」の話ですが、以下のように議論が進んでいます。

まず、質の高い日本語教師の確保という観点から、国家資格の創設が検討され、「日本語教師の資格の在り方」(2020年3月)という報告書が出されました。次に検討されたのが、「日本語教育の推進のための仕組み」(2021年8月)でした。これは、資格を得た日本語教師が活躍する教育機関や職務の範囲が曖昧だという課題を踏まえたものです。その際「日本語教育機関」の類型化や評価制度が議題に上がりました。そして、今回の報告書が「質の維持向上の仕組み」です。

毎回書いているので、しつこいとは思いますが、私は、この議論の進め方に違和感を感じています。どのように外国人を受け入れていくのかというビジョンがあり、その上で制度設計をし、最後に日本語教師の資格の話になれば、理解しやすいのですが、支流から本流を攻めているため、あちこちに齟齬が起きているという印象です。

しかし、日本語教育という業界から、何らかの提言ができるというのは、とても意味があると思っています。

今回の報告書で興味深い点は以下の2点です。

  • 国(文科省)が認定する日本語教育機関を「留学」に限定せず、「就労」「生活」に関わる機関に可能性を開いたこと

  • 日本語教育機関の認定が「日本語教育の参照枠」を基準とした教育課程を中心に行われること

今回は、この2点をもとに、「留学」「就労」「生活」の3分野でどのような「日本語教育機関」を創設することができるのかという観点で考察してみたいと思います。

「留学」分野の日本語教育機関

前回の報告書「日本語教育の推進のための仕組み」では、「日本語教育機関」を「専ら日本語教育を行う機関」と定義していました。これが、「法務省告示校」いわゆる「日本語学校」に限定されるような印象を受けました。

今回の報告書では、「留学」だけでなく「就労」「生活」の分野にも認定範囲が広がっています。とはいえ、今のところ「留学」を中心に検討されていますので、まず「留学」の分野から、見てみたいと思います。

今回の報告書で「留学」に該当するのが、従来の「法務省告示校」だと思います。「法務省告示校」は、これまでも、厳格な「告示基準」に基づいて審査されていましたから、「告示基準」に比べてどうなのか、というところが気になります。

報告書からは、今までよりも認定のハードルが上がるという印象を受けました。なぜなら、制度はあまり変わりがないまま、「教育課程」の中身が認定の対象に加えられたからです。これまでと違い「日本語教育の参照枠」を基準に教育課程を設計しなければなりませんから、認定を受けるには、教育内容の大きな改革が必要です。

さらに「認定を受けた日本語教育機関であることを、在留資格「留学」による生徒の受け入れを認める要件とする」(p.8)とありますから、「留学」を対象とした日本語学校を運営していくのであれば、認定を受けることが必須となります。

「登録日本語教員」の配置が必須になっていますが、これまでも、ほぼ同様の基準が求められていましたから、実際には、大きな変化はないように思います。ただし、経過措置があるにせよ、移行期には「登録日本語教員」が足りないという事態になりそうです。「留学」から他の分野に活躍の範囲が広がっていけば、必要十分な教師の確保には苦労しそうです。特に、人材が限られる地方では、教師の確保は深刻な問題になりそうです。

こうなると、認定を受けることによるメリットがどのくらいあるのかが気になります。報告書には、以下の文言があります。

当該機関の諸手続きの簡素化や所属する留学生に対しての手続き上の優遇措置などを検討する必要がある。

日本語教育の質の維持向上の仕組みについて(報告)」p.19

おそらくここがいちばん大きなメリットになるのではないかと思います。

認定を受けた「日本語教育機関」の情報を、国がインターネット等で発信し、学習者が選びやすくするということも書かれています。が、そもそも、日本語学校の学生募集では、エージェントにコミッションを支払って紹介してもらうというケースが多いですから、ウェブサイトを学習者自らがチェックして学校を選ぶというスキームが定着するかは疑問です。また、入管に提出する複雑な申請書類を作成する段階で、やはりどこかのエージェントを経由することにもなりそうです。つまり、認定を受けたからといって、単純に入学希望者が増えるということにはならないように思います。

また、これまでのように、入管の審査によって、入学者数をコントロールするということが行われるのであれば、企業努力だけで、入学者を増やすのは難しいのではないかと思います。この辺が解決できないと、公認日本語教員を雇用し続けるだけの収益を上げることはそう簡単なことではありません。

認定を受けることで、安定した収益が得られるという状況を作らなければ、経営者層は、教育課程の改革に取り組もうというインセンティブが働かないのではないかと思いました。

質の高い日本語教育を保証するという目的を考えると、今回の「仕組み」は、大きな改革だと思いますが、「法務省告示校」にとっては、認定のハードルが上がるだけで、あまりうまみのある政策だとは言えないような気がします。

さらに「留学」という観点から考えると、現行の制度設計との齟齬がないかどうかを検討することも必要だと思います。

例えば、現在の法務省の告示基準によると、日本語学校の1週間当たりの授業時間数は、「20単位時間以上」と定められています。しかし、「留学」以外の資格外活動(=アルバイト)は、週28時間以内と定められています。本来の活動である授業時間より、アルバイトの時間の方が多く設定されていることに、どういう意図があるのかわかりませんが、「留学」を目的とし、質の高い教育課程をもとに認定をするのであれば、このような制度設計も見直す必要があるのではないでしょうか。

現行の「留学」の法務省の告示基準は、「管理」を目的とした制度設計だと感じています。「留学」分野が、より自由な発想で創造性を生み出せるような将来の高度人材を対象にするのであれば、この「管理」という発想は、大きな足枷になります。制度と教育内容との齟齬を解消していかなければ、思い切った教育内容にチャレンジするのは難しいと思いました。

「就労」分野の日本語教育機関

今回の報告書では、「就労」「生活」に関しては、方向性や今後の検討内容しか示されておらず、状況に合わせて、徐々に設計していく方針だと読み取れます。

また、「就労」といった場合、どんな人が対象になるのかも、曖昧な印象です。そこで、「就労」の分野で日本語教育を必要としているのは、どんな人なのかということを考えてみます。

日本語教育関係参考データ集」の「外国人労働者数の内訳」(p.3)を見ると、「身分に基づき在留する者」が最も多く、全体の33.6%です。次に多いのが、「就労目的で在留が認められる者」で22.8%、3番目が「技能実習」で20.4%となっています。(ちなみにその次が、「資格外活動(留学生のアルバイト等)」(19.4%)ですが、留学生は「留学」の類型に分類されるはずですからここでは対象外とします)

まず、最も多い「身分に基づき在留する者」について考えてみます。これは、「定住者」「永住者」「日本人の配偶者等」などの在留資格が該当します。「定住者」は、いわゆる日系と呼ばれる人が主に該当します。このような外国人労働者に対しては、厚労省が「外国人就労・定着支援研修事業」を行っていました。

これまで主に「一般財団法人日本国際協力センター(JICE)」がこの事業を請け負っており、文化庁の「「日本語教育の参照枠」を活用した教育モデル開発事業」も、JICEが受託していますから、今後、就労分野の「日本語教育機関」として認定を受ける方向に進むのではないかと想像しました。

次に多いのが、「就労目的で在留が認められる者」です。いろいろな在留資格やケースがあると思いますが、このカテゴリーの外国人労働者は、すでに高い日本語力を有している人が多いのではないかと思います。例えば、「技術・人文知識・国際業務」の在留資格は、専門学校や大学を卒業した留学生が取得しますから、日本語はある程度保証されているのではないかと考えられます。「医療」や「介護」も日本人と同様の国家資格を取得しています。

すでに、企業に所属して働いていることを考えると、特定の「日本語教育機関」に通って、日本語を学習するよりも、業務上必要であれば、企業が独自に日本語学習の場を設けるのが一般的ではないかと思います。

そして、3番目に多いのが、「技能実習」です。「在留外国人数」(p.2)を見ると、永住者に次いで2番目に多い在留資格でもあります。(「技能実習」を労働者と見做していいのかどうかの問題は一旦置いときます)

「技能実習」については、原則入国後に講習が義務付けられています(計320時間以上)。技能実習生に対する日本語教育については、公益財団法人国際人材協力機構(JITCO)が、日本語教育支援事業を行っています。しかし、実際に、全国3000以上ある監理団体がどのような日本語教育を行っているのか、あまりはっきりしない印象です。(私が現状を知らないだけかもしれませんが、文化庁の調査を見ても、調査の対象になっているのかよくわかりません)

今回検討されている認定の基準では、教育課程の到達目標を「「日本語教育の参照枠」と関連付けた習得レベル B1 以上」としていますから、現行の入国後講習の設定時間で認定に見合った教育課程を策定するのは難しいと思いました。また、登録日本語教員の配置が必須になれば、それだけ監理団体の負担も増えますから、入国後講習を行う機関が、「日本語教育機関」として、あえて国の認定を受けるという選択は、あまり現実的ではないように思います。

ただし、「仕組みの構築」という観点から考えると別の方策も考えられます。例えば、入国後講習を国の認定を受けた「日本語教育機関」で行うことが義務付けられたら、状況は変わるかもしれません。現在、32万人以上いる技能実習生の日本語教育を「日本語教育機関」で請け負うことになれば、その対象は大きく広がります。

さらに、「就労目的で在留が認められる者」に含まれる「特定技能」についても考えてみます。「特定技能」の在留資格を持っている人は、現在3%しかいませんが、今後、増えていくことが予想されます。

「特定技能」の在留資格を得るためには、A2レベルの試験に合格することが条件となっています。就労後は、登録支援機関が日本語を学習する機会を提供することになっていますが、その機会は「地域の日本語教室」の案内や自主学習のための教材、オンラインの日本語講座の情報提供でも可能としています。また、受講料などの費用も特定技能外国人本人の負担が可能となっているので、実際に日本語学習につながるのかは疑問です。

「特定技能」の在留資格を持つ人は、3〜5年間の技能実習を終えてから変更したケース、国で試験を受けて初来日したケースなど、そのバックグラウンドは様々です。当然、日本語の習熟度もかなりばらつきがあると感じています。しかし、技能実習生のように「入国後講習」があるわけではありません。「特定技能」を対象とした日本語教育を、どの段階で、どの分野で担うのか、曖昧になっているように思います。

実際に、「日本語教育関係参考データ集」(p.11)によると、技能実習生やビジネス等の学習者は、「地域日本語教室」で日本語を学習していることが明らかになっています。現状のままでは、今後、増加が予想される「特定技能」も、「生活」分野の「地域日本語教室」が担っていくことになりそうです。

長くなりますが、この「就労」分野に、「留学」を対象としてきた「法務省告示校」が関われる可能性があるのかも考えてみたいと思います。

私は以前に、法務省告示校で「就職コース」の立ち上げ、運営に関わっていました。教育過程も、「就職」という目的に合わせてプログラムを設計しました。「日本語教育の参照枠」の理念(「can-do」ではなく「理念」です)にも沿っていましたから、教育課程に基づいて審査されても、十分に通用するのではないかと思います。しかし、「留学」を目的として制度設計された枠組みで「就労」の事業を展開するのは、非常に難しいと感じました。

例えば、「就職コース」と銘打って申請したとしても、入国の段階では、「留学」の枠組みで審査されます。これから日本語を勉強する入学希望者に、150時間以上の日本語学習暦が求められます。また、留学費用を十分に賄えるだけの経済力があるかどうか(経費支弁等)も審査されます。日本での就職を目指す入学希望者にとって、これらの条件はかなりハードルが高いものですし、実際に条件が合わず、申請をあきらめる、もしくは、許可がおりないというケースもありました。

また、就職の場合、設定したコース期間の修了前に就職が決まることもあります。実際に「留学」から「技術・人文知識・国際業務」の在留資格に変更ができ、「就職コース」の目的が達成できたとしても、全期間在籍しなければ、「退学」という扱いになってしまいます。「退学率」で評価が行われた場合、当然学校の評価は下がります。そもそも、就職を目指す学習者にとって、日本語を習得するだけのために、1.5〜2年を費やすのは長すぎるように思います。

企業が求める人材を育成しようとしたら、その目的にあった教育課程を策定することが必要です。社会の変化に合わせ、柔軟に教育課程を見直していくことも必要です。そのような変化に文科省の認定が対応できるのか、疑問に感じています。

以上のように整理してみると、「就労」類型で認可を受けるとしたら、すでに厚労省が行っている「外国人就労・定着支援研修事業」以外で、この分野で認定を受けるのは難しいと感じました。現状、十分に日本語教育が行き届いていない「技能実習」や「特定技能」は、義務にでもしない限り、認定を受けた「就労」類型の日本語教育機関で学ぶ機会はほとんど得られないように思います。

やはり、「就労」の場合は、学習者が日本語教育機関に通うのではなく、日本語教育の専門家が企業に出向いて、教育プログラムを策定するという形態の方が現実的ではないかと思います。機関に「公認日本語教員」を紐づけるという形態で、日本語教師を配置した場合、このような「出向型」の教育プログラム策定が認定されるのかどうか、できるとしたらどのように認定するのかなどの疑問も残ります。

すでにこの分野で活躍している日本語教師の働き方を阻害するものにならないか、引き続き注目していきたいと思います。

「生活」分野の日本語教育機関

今後、外国人労働者が増えて行ったとき、その家族が日本に滞在する機会も増えてくることが想像できます。日本語教育を必要とする子どもも増えてくるでしょう。現在、このような外国人の日本語学習を保障する公的な仕組みはありません。ボランティアを中心とした「地域の日本語教室」がその受け皿となっています。

そのような「生活」分野については、行政が受け持つことになりそうですが、国の認定を受けるには、かなり財政基盤がしっかりした機関、団体に限られるのではないかと思いました。

さまざまなケースを想定し、検討の方向性が書かれていましたが、「登録日本語教員」の雇用を維持するためには、財政的に安定していないと難しいと思います。そう考えると、自治体が直接運営するか、国や自治体の助成や委託を得られやすい組織のしっかりした機関が主流になるのではないかと想像しました。

しかし、ここも各自治体の判断に任せてしまうと、外国人集住地区の自治体や、行政トップの問題意識が高い場合、予算がつきやすいのですが、そうでない自治体とのばらつきも相当生じるのではないかと感じています。実際に、高い専門性を持つ日本語教師が、必要に駆られてボランティアで関わらざるを得ないという状況も生まれています。(プロボノといえば、聞こえがいいですが)

また、先に指摘したように、特定技能の日本語学習の受け入れ先として「地域の日本語教室」が想定されていますし、実際に多くの技能実習生も参加しています。つまり、現行の制度では、「生活」の分野で「就労」の外国人も担っていることになります。「技能実習生」や「特定技能外国人」に対する日本語教育を「就労」とみなすのか、「生活」とみなすのか、この区分けをはっきりと決めておかなければ、中途半端な扱いとなり、最終的に認定を受けていない「地域の日本語教室」が回収するということになるのではないかと思いました。

このような課題を、教育課程の質の向上や公認日本語教員の配置で、どう解決するのか今回の報告書では判断ができませんでした。

「就労」「生活」に関係する日本語教育については、以下の記事にも疑問を書いています。結局、このときとあまり変わらない結論になりそうなので、リンクを貼っておきます。

まとめ

いろいろと問題点や可能性を書いているうちに、ずいぶん長い記事になってしまいました。考えれば考えるほど、堂々巡りになりそうです。冒頭に書いたように、支流から本流を攻めているという点が、この問題を複雑にしているのだと思います。

「質の維持向上の仕組み」を考えるのであれば、やはり制度設計の部分から根本的に構築し直さなければ、いくら日本語教師を国家資格とし、「登録日本語教員」を増やしたとしても、効果が薄いのではないかと思いました。

もし、日本語教師の待遇改善を考えるのであれば、「人」に負荷がかかる仕組みを増やすことはあまり得策とは言えません。ただでさえ、申請書類の作成や在籍管理に膨大な人的リソースが割かれています。期間更新などの申請のために、職員が丸1日、入管で時間を潰さなければならないような非効率な仕組みを変えた方が、待遇改善につながるのではないかと思っています。

最後に、個人的な理想を書いておきます。

まず、二国間で取り決めをかわし、国策として受け入れている「技能実習生」や「特定技能外国人」は、国や行政、事業者が責任を持って、日本語学習の機会を保証すべきだと思っています。国の認定した機関で日本語や日本の生活で必要なことを学習できるようにするべきです。そして「登録日本語教員」を認定機関で常勤として雇用し、日本語教師のキャリアが積めるような仕組みをつくるのがいいのではないかと思います。

そして、「民間」は、民間らしく、教育内容を充実させ、質で勝負できる「日本語教育機関」を目指せるとおもしろいのになあと思います。高い授業料を払ってでも入学したいと思える「日本語教育機関」が生まれたら、教育内容も変わるのではないかと思います。ただし、それは「専ら日本語を教える」機関にはならないかもしれません。その実現のためには「管理」を目的とした規制はなくし、特色のある教育プログラムを保障する方向で仕組みを構築することが必要なんじゃないかなあと思っています。

と言いつつ、現在の私は、どこの組織にも属しておらず、現職日本語教師と言えるのかもわからない状況です。現在検討されている「仕組み」に、「公認日本語教員」として関わる必然性がないなあとも感じています。規制によって組織に縛るのではなく、専門性を活かしながら、多様な働き方が選べる(または、創造できる)専門職であってほしいなあと、個人的には思っています。

長くなりましたが、今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!