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日本語教育の質の維持向上のために何が必要なのか?

文化庁の有識者会議が検討を進めている「日本語教育の質の維持向上の仕組み」に対して、パブコメが募集されています。(締め切り:2023年1月13日

私はこれまで「日本語教師の資格」に関して、当事者としての意見をnoteに書いてきました。

以下の記事では、前回のパブコメの対象となった報告書をめぐって、考えたことについてまとめています。

改めて、読み返してみると、もやもやした気持ちを抱えながらも、ずっと同じことを書いているような気がします。

で、今回も、検討対象の下記報告書を読んでいるのですが、論点がたくさんあり過ぎて、なんだかよくわからなくなってきてしまいました。

日本語教育の質の維持向上の仕組みについて(報告)(案)

結論から言うと、上記記事にも書いているように、国の「外国人政策(移民政策)」がないまま、もっと言うと、「どのように移民を受け入れていくのか」というビジョンがないまま、日本語教育という「部分」から全体を構想しようとしているところに無理があるのだと思います。

しかし、明確なビジョンがないまま進むしかないという現状を考えると、「日本語教育」という分野から、この問題に切り込んでいくことには、大きな意味があるのではないかと思うようになりました。外国人にとって住み良い社会は、日本人にとっても、住み良い社会になるはずです。あきらめずに、知恵を出し合っていくことが必要なんだろうなあと思っています。

ということで、今回も、上記報告書をもとに、私が考えたことをまとめてみたいと思います。

日本語教師の質と量の確保は可能か

日本語教師の公的資格の問題が取り沙汰されてから、ずっと言われているのが、日本語教師の質と量の確保の問題です。今回の報告でも課題として以下の点が繰り返し挙げられています。

日本語学習ニーズの多様化に対応できる、専門性を有する日本語教育機関、日本語教師の質的・量的確保が不十分。

(p.3)

私は、これまで、質と量の両方を求めるのは無理なのではないかと考えていました。しかし、今回報告書を読みながら、私には、時間という観点がすっぽり抜けていたことに気がつきました。報告書では、「いつまでに」という期限が設定されていません。この点が、問題を複雑にしているのではないかと思いました。

「質」を確保するのであれば、やはり、教師の成長期間を視野に入れる必要があります。国家資格を取得しただけでは、「質」は保証されません。質の高い日本語教師の専門性を身につけるには、長期的な視点でゴールを設定し、「良質な」成長課程を確保しなければならないと思うからです。

そこで、今回は、「量」と「質」という観点で、この報告書を読み解いてみたいと思います。

「量」の確保

今回の報告書では、「登録日本語教員」を以下のように定義しています。

専門性を有した指導者として一定の専門的な知識及び技能等を有する日本語教師について、国が創設する資格を有する者

(p.9)

そして、認定のために、筆記試験と教育実習が課されることが検討されています。文化庁の「日本語教育人材の養成・研修のあり方について」と照らし合わせると、「登録日本語教員」は、養成段階を終えた日本語教師に該当します。ようやく日本語教師の入り口に立った教師です。

この養成修了段階の日本語教師を「登録日本語教員」として認定していくことは、量の確保と言った点では、有効な策ではないかと思います。さらに、今後、日本語教育機関に「登録日本語教員」を配置することが必須要件とされていくのであれば、「留学」以外の分野へも活躍の場が広がっていくのではないかと思いました。

現在、「留学」を対象とした「日本語教育機関」の法務省の告示では、日本語教師の要件として以下の4点が挙げられています。

- 大学(短期大学を除く)又は大学院において日本語教育に関する教育課程を履修して所定の単位を修得し、かつ、当該大学を卒業し又は当該大学院の課程を修了した者
- 大学又は大学院において日本語教育に関する科目の単位を26単位以上修得し、かつ、当該大学を卒業し又は当該大学院の課程を修了した者
- 公益財団法人日本国際教育支援協会が実施する日本語教育能力検定試験に合格した者
- 学士の学位を有し、かつ、日本語教育に関する研修であって適当と認められるものを420単位時間以上受講し、これを修了した者

日本語教育機関の告示基準(出入国在留管理庁)

「登録日本語教員」の試験では、「受験にあたっての要件は設けない」となっていますから、学歴は問われません。つまり、これまでの告示基準よりも、対象者の間口が広がったことになります。現状より、量の確保はしやすくなるのではないかと思います。

「質」の確保

報告書では、「専門人材」の確保が難しいとし、「質」が担保されていないことが繰り返し指摘されています。そこで、次に「質」について考えてみます。結論からいうと、養成段階を修了したにすぎない「登録日本語教員」を増やしたところで、「質」は担保できないと思います。ここで、肝になるのが、「登録日本語教員」の成長をいかに促していくかではないかと思います。

報告書でも、「日本語教育に関する課題」として以下が挙げられています。

我が国における日本語教育を行う機関は多種多様であるが、日本語教育の質の確保の観点から組織的に改善充実を図る十分な仕組みが存在しない。

(p.3)

今回の報告書が「日本語教育の質の維持向上の仕組みについて」とされ、「日本語教師の国家資格」の問題から、「日本語教育機関の認定制度」へと、「仕組み」の話にシフトしてきたのは、組織的に教師の成長を支えることが必要だという認識に基づくものではないかと推察しました。

そこで、「質の確保」という観点で、「日本語教育機関の認定制度」について、みていきたいと思います。

「日本語教育機関の認定制度」を簡単にざっくりまとめると、これまでと変わってくるのは、以下の点になるでしょうか。(本当にざっくりです)

  • 文科省が認定する

  • 「留学」「就労」「生活」の類型を設ける

  • 「登録日本語教員」の配置を必須とする

  • 「日本語教育機関」だけでなく、留学生別科や地方公共団体、就労者を対象とした団体も認定の対象となる

これらは、枠組みにあたる部分なので、「へえ」という感じですが、私がこの中でいちばん大きな変革だと思うのは、以下の点です。

日本語教育機関の認定においては、教育課程における習得レベルについて「日本語教育の参照枠」との関係性を踏まえつつ、機関が備える人的・物的な体制の評価と、教育の内容に関する評価の両視点から確認する。

(p.11)

日本語教育機関として認定されるためには、「日本語教育の参照枠」に沿った教育プログラムを構築する必要があるのです。

これまで、日本語教育機関でカリキュラムを考えるとき、「どの教科書を使うか」が中心に検討されてきたように思います。教育プログラム全体を通して、どこを目指し、どのようにデザインするかということは、あまり検討されてこなかったのではないでしょうか。「日本語教育の参照枠」に沿って、Bレベルまで段階的に持ち上げるのであれば、教育プログラムをしっかりデザインしていくことが必要になります。JLPT対策は、「日本語教育の参照枠」に沿った教育プログラムになりません。

教育プログラムの策定に重要な役割を果たすのは、「登録日本語教員」ではなく、「コーディネーター」です。

「日本語教育人材の養成・研修のあり方について」によると、初任段階の日本語教師に求められる専門性を、以下のように定めています。

国内外の日本語教育現場で定められた日本語教育プログラムに基づき、体系的・計画的に分野別に日本語指導を行うことができる。

「公認日本語教員」を配置したからといって、「初任」レベルにある教師は、まず、機関で「定められた日本語教育プログラムに基づき」授業をすることが求められます。これも成長過程において重要な専門性です。

そして、教育プログラムを策定できるようになるのは、3〜5年程度の経験を経た「中堅」段階以上の教師とされています。教育機関全体を俯瞰し、機関の実情にあった教育プログラムを策定できるのは、さらにその上の専門性を持つ「コーディネーター」と呼ばれる日本語教師です。

さらに、策定した教育プログラムを運用する段階では、機関に所属する教師をどのように組織化し、育成していくかという観点も必要になってきます。私は、育成には組織における学習のための仕組みづくりが重要であり、教育プログラムには、教師のための学習プログラムも組み込んでいく必要があると思っています。

つまり、「日本語教育の質の確保」のためには、「コーディネーター」レベルの専門人材が重要な役割を果たします。そして、報告書でも指摘されていますが、「就労」や「生活」領域で求められる「専門人材」というのは、まさにこの「コーディネーター」レベルの日本語教師です。私は、このレベルの日本語教師が育成できなければ「質」の確保は難しいと考えています。

コーディネーターをどのように育てるのか

現状、「コーディネーター」レベルの日本語教師は、全く足りていないのではないかと思います。それは、日本語教師の雇用形態が大きく影響していると思います。

今回、報告書と一緒に出された参考資料「日本語教育関係参考データ集」が非常に興味深いのですが、ここに日本語教師の雇用形態についてのデータが提示されています。

このデータによると、日本語教師(n=39,241)のうち、ボランティアが48%、非常勤が36%、そして、常勤が16%となっています。

私は、この雇用形態が、日本語教師の成長を阻害している要因になっているのではないかと考えています。なぜなら、コーディネーターとして、教育機関全体を俯瞰し、機関にあった教育プログラムを策定するには、やはり、常勤として組織運営に関わる経験が必要だと思うからです。教育プログラムを策定するためには、学習者や教師だけでなく、経営者や事務担当者、生活指導にあたる職員などさまざまな関係者とやり取りをしながら調整することも必要です。

このような経験は、残念ながら非常勤という立場で行うのは、難しいのではないかと思います。つまり、日本語教師全体の16%しか、コーディネーターを経験する機会がないということになります。

今回の報告書では、「登録日本語教員」の配置が必須とされていますが、配置の形態については触れられていません。非常勤としての配置も可とするのであれば、これまでと現状は変わりません。もし、本当に「質」を確保するのであれば、「常勤」としての配置を検討する必要があると思います。

とはいえ、常勤として配置するとなると、それなりの人件費がかかります。国家資格である「登録日本語教員」の育成を民間企業に任せるのかなど、検討課題はたくさんあると思いますが、いくら「登録日本語教員」の間口を広げたとしても、将来のキャリアを見通すことができなかったら、結局現状を変えることは難しいのではないかと思います。

「登録日本語教員」という国家資格を設け、「日本語教育機関」の認定を教育課程も含めて国が行い、そして、その両者を紐づけていくということを国策として行うのであれば、ある程度の資金援助は必要なのではないでしょうか。

一方で、これからスタートする「質の維持向上のための仕組み」が機能し、国家資格を得た「登録日本語教員」が十分に育成されるには、5年単位の成長期間が必要です。しかし、コロナ禍での制限が撤廃され、本格的に動き出した新しい在留資格等の動きに対応するためには、今すぐにでも質の高い専門人材を確保する必要があります。

そう考えると、実力のある専門性の高い現職日本語教師を、積極的に「登録日本語教員」として認定すべきだと思います。現職教師をわざわざ「養成段階修了レベル」まで引き下げて認定することに、あまり意味があるように思いません。

専門性の高い現職日本語教師をどう判定するのかは、また別の問題を孕んでいるとは思いますが、例えば、文化庁等の実施する「初任」「中堅」「コーディネーター」の研修を受けた日本語教師は、そのまま「登録日本語教員」として認定してもいいのではないかと思います。

現在は、どの業界でも慢性的な「人材不足」であり、人が余っているという業界は聞いたことがありません。そのような状況で、専門人材を増やしていくためには、相当思い切ったことをしなければ、「量」と「質」を同時に確保することは難しいのではないかと思います。

ということで今回は、「質と量の確保」という観点から書いてみました。今回の報告書、論点がたくさんあるので、次回は、また違った視点から考えてみたいと思います。

今回も、最後までお読みいただきありがとうございました。

共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!