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03_言語目標を設定する 【山の日本語学校物語】

これは、とある町に開校した「山の日本語学校(仮名)」の物語です。ITエンジニアの専門日本語教育、プロジェクト型のカリキュラム、地域との連携などなど、新たな言語教育の実践とその可能性について、当時の記録をもとに綴っていきます。最後までお付き合いください。

この連載を始めるに至った経緯については、「00_はじめに」をお読みください。

前回(02)では、「なぜPBLを採用したのか」ということを書きました。そこでは、そもそも言語習得がどのように行われるのかということを説明しました。さらに、「山の日本語学校」の PBL(Project-Based Learning:プロジェクト型学習)では、学習者自身の「伝えたいこと」を大切にした枠組みであることを説明しました。

こうなってくると、「山の日本語学校」では、どのような「日本語能力」を目標にしていたのかが気になるのではないかと思います。特定のテキストの○○課まで終わらせるとか、日本語能力試験(JLPT)のN2に合格するとか、さらには、「〜ができるようになる」というCan-doリストを作成するなど、具体的な目標を設定するのは難しいと感じました。

そこで、第3回は、PBLにおいてどのような言語目標を設定したのかという点について書いてみたいと思います。

「山の日本語学校」の目指す言語能力

早速ですが、「山の日本語学校」では、下記の言語目標を設定しました。

1.  自分の考えをわかりやすく伝えることができる
2.  相手の考えを丁寧に聴くことができる
3.  相手の考えや立場の違いを理解することができる
4.  意見の違いを理解した上で、調整することができる

この言語目標については、入学前から入学希望者に周知していました。日本語能力を測定する時、JLPTを使用することが一般化されています。日本語学校に入学するための在留資格申請を行うときも、出入国在留管理庁にJLPT(もしくはそれに類似した試験)の成績を提出することが求められます。日本語学習の入り口でそのような枠組みを設定していると、入学後もJLPT N2、N1等の合格を期待して、日本語学習をイメージするのではないかと思います。

しかし、そのような期待をして、「山の日本語学校」に入学した場合、そのイメージとかなり異なる教育内容になってしまうので、学習者の不満や不信が募ってしまうのではないかと思ったのです。

そこで、入学前から、特定のテキストは使わないこと、JLPT等の試験対策は行わないこと、などの教育内容を説明しました。その代わり、上記の「言語能力」を目標にするということを説明し、納得してもらった上で、募集をしていました。(それでも、入学後「本当にこんなに試験対策をやらないとは思わなかった」という声もありました笑)

入学後も、この目標(だけではありませんが)を常に教室に掲示し、ことあるごとに意識できるように工夫しました。卒業時にも、この目標に対してどの程度達成できたかを意識できるような枠組みも模索しました。(この点については、また追々書いていこうと思います)

「4つの言語目標」を設定した理由

この「言語目標」について、「この目標はどのように設定したのですか?」「この目標の根拠は何ですか?」という質問をよく受けました。

実は、この質問については、私自身もうまく答えられません。

というのは、この目標は、どこかの文献に書いてあったとか、何かの研究結果としてこのような目標の有用性が得られたというものではないからです。02で書いた言語習得の考え方をもとに、ITエンジニアが今後仕事をするときに求められる日本語能力とは何か、また、先にあげた理念と合致する言語目標とは何か、などを考え、様々な文献などにあたりながら設定したものだからです。

いろいろな文献を参考にしたことは確かですが、最終的には、経済産業省が提唱した「社会人基礎力」に書かれていた説明文を援用しました。以下に、この言語目標に対する私の基本的な考え方を説明した上で、「資料編」として「社会人基礎力」も含め、私がどんな文献に影響を受けたのかについて思い出せる限り、まとめてみたいと思います。

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