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「先払い」支援は苦境の飲食店を救えるか

緊急事態宣言が全面解除されて約2か月が経ち、一時期と比べれば、経済活動も少しずつ活気を取り戻しています。

とはいえ、以前の水準にはほど遠く、外食産業も依然として深刻な状況が続いています。
事態は長期化の様相を呈しており、すでに閉店や廃業を余儀なくされたお店も少なくありません。

そんな中、お店に行けないファンが飲食代金を「先払い」する、そんな形の支援も注目を集めています。
ということで今回は、飲食店における「先払い」サービスについて考えてみましょう。

飲食店の先払いサービス事例

先払いサービスで今最も話題なのは、Gigi株式会社が運営する「さきめし」でしょう。
今はお店に行くことはできなくても、お気に入りのお店を応援したいという人が、将来の分の飲食代を先払いすることでお店を応援できるというプロジェクトです。

また、商工会議所が主体となって地域の飲食店を応援する先払い型のクラウドファンディングプログラム「みらい飯」も、各地で多くの支援を集めています。

従来のクラウドファンディングでは、支援というよりも、もっぱら認知獲得・集客を目的として、新規出店時などに飲食店自らが実行者となって支援金を集める形が一般的でした。

しかし、このコロナ禍の文脈においては、「さきめし」の決済手数料をサントリーが負担したり、「みらい飯」で商工会議所が複数の飲食店を支える形でサポートしたりと、総力戦でピンチを乗り切ろうという機運が高まっています
事実、お店に食材や飲み物を卸している業者にとっても、お店を中心としたコミュニティを形成する地域住民にとっても、これは「他人事」ではなく、もはや外食業界に閉じた問題ではなくなっているのです。


先払いは「需要の先食い」でしかないのか?

先払い型の支援を受ける目的は、キャッシュフローの改善です。
飲食店に限らずですが、赤字黒字どうこうの前に、まず現金がなければ事業を続けることはできません
営業をしていなくても出ていくお金はたくさんあるので、入ってくるお金の流れが滞れば、あっという間にこれまで積み上げてきた利益は尽きてしまいます。

一方で、先払いは単なる「需要の先食い」に過ぎない、1万円先払いしてもらっても将来の1万円の売上が消えるだけで、根本的な支援にはならないという意見もあるようです。
しかし筆者としては、間違いなく、ないよりはある方が良い支援だと思いますし、むしろ通常の融資よりも積極的に活用すべきだと思っています。

例えば、1万円の借金をした場合は、後に1万円(+利子)を返す必要があります。
ところが、1万円の先払いを受け取った場合には、後にそのお客さんが来店したときに1万円の売上の原価分(原価率30%なら3千円)だけを返せばいいという見方もできます。
もちろん、食材原価以外のコストやサービス手数料もありますし、いや本来ここで考えるべきは機会損失の方なのかもしれませんが、それでも、実質的には「受け取った分より返す分の方が少ない融資」と捉える方が自然なのです。

また前述したように、お店の死活はそのお店だけの問題ではないため、そういう意味では、そのお店に生き延びてほしいお客さんがお店に行かずとも支援できる導線があるというだけで、大いに価値があるといえます。


先払いの注意点・懸念点について

融資や助成金・補助金にしてもそうですが、先払いも、あくまでも一時しのぎの手段でしかありません。
支援は無限にされるわけではないですから、結局は本来の営業でまた利益を生めるようにならなければ、根本的な解決にはならないのです。

ところが今回のケースについては、事態が長期化する可能性が高く、また完全に収束したとしても、Afterコロナの市場構造はBeforeコロナのそれとは異なるだろうと言われています。
先払いしてもらっても乗り切れるか分からない、復活できても完全復活は難しいかもしれない、完全復活をした場合でも(受け取った全額ではないとはいえ)先払い分の負債は残っていてキャッシュフローが厳しい状況が続く、というのが現実です。

だとすれば、先払いやその他の支援で何とか生き長らえるよりも、いっそのことまだ余力のあるうちにお店を清算してしまって、落ち着いた頃にまたゼロから再スタートするという戦略的撤退の選択も、少なからずあり得ると思います。

もし先払いの支援を受けても、収束まで耐えることができなかった場合、先払いをした人にとっては損だけが残ってしまいます。
しかし、不特定多数が大きな損害を受ける災害時に、誰一人欠けることなく助かるという方がそもそも無理な話です。
先払いをする側は、そういうことも理解した上で、そういうものだと割り切って支援する必要があるのかもしれません。

地域や業態によっても、先払いとの相性はあるでしょう。
それぞれのお店が、先払い支援を受けるべきかどうかを一度冷静に考えるのは重要だといえます。


先払いの駆動力・原動力は一体何なのか?

では、そんな先払い支援のムーブメントの駆動力・原動力は、一体どこにあるのでしょうか?

ここで、まず日本における「贈与経済」というものを考えます。
これにはいろいろな解釈がありますが、筆者としては、贈与経済とは単に「何の見返りも求めずに、他者にモノやサービスを与える」だけのものではないと考えています。

というのも、日本よりもボランティア活動が盛んな欧米では、キリスト教の根本原理である「隣人愛」の教えがあるのに対し、日本は古くから「恩」の文化が根付いているからです。
「恩」というのは、重く大きな「借り」であって、返しても返しても完済できないものです。
完全に返すことができないのに、返さないと「恩知らず」というレッテルを貼られてしまったりもするのですが、とにかく、日本人は受けた施しに対して返さなければならないという「負い目」をより強く感じる民族であるといえます。

つまり、贈与経済の駆動力は、困っている人を救おうという「隣人愛」の精神よりも、その負い目から生じる「恩返し」の義務感、すなわち「返報性の原理」が大きいのではないかと考えています。

お客さんの「与えたい」の前に、お店からの「与えてもらった」があってはじめて先払いの仕組みは回り始めるということですね。
だからこそ、飲食店が先払いをしてもらうためには、「恩」とまではいかずとも、そのお店が普段からどれだけの価値を提供できていたか、どれだけ「お返ししたい」と思われていたかというのが重要になるのではないでしょうか。

とはいえ、贈与経済も経済である以上は、循環しなければどこかで破綻してしまいます。
そのためには、やはりどこかのタイミングで経済活動が復活してもらわなければ困るわけです。

結局のところ、危機は一時的なものであって、遠くない将来に危機は過ぎ去るだろうという前提で、先払いの仕組みも成り立っています。
つまり先払いの原動力は、きっとまた前みたいにみんなで楽しめる日常が戻るに違いないという「希望」に他ならないのです。

私たちがそんな希望を持ち続けられるうちに、一日も早く平穏な日々が訪れることを願うばかりです。

[著]Makoto Otsubo


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