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写真

「今しか撮れないんだから。」
これが母の口癖だった。


母は写真を撮るのが好きだった。
家族はもちろん自然や風景など何でもカメラを向けていた。
そんな母に対して私は中学生の頃ぐらいから写真が嫌になった。

中学2年生の夏、家族3人で旅行に行った。
その時も母は私にカメラを向けてきた。

「もう写真はいいよ、自分、みたくないし。」

写真を撮ろうとせがむ母を私は冷たくあしらった。
だが母は諦めない。次の目的地でも、その次の目的地でも言ってくる。もちろんいつもの口癖と一緒に。
もう私はむきになって、
「わかったよ。一枚だけね。」
と言って渋々ポーズをとり、カメラの方を見た。
「はい、チーズ!」と母が言った。


ポタリと手に雫が落ちて、我に返った。
目の前にあるのは少しムスッとした私と大きなひまわりだった。
そこに母は写っていない。
だけどそのひまわりが母の笑顔を映してくれている気がして、じんときた。

母はもういない。いつも元気な人だったから、還暦前に逝ってしまうなんて思ってもなかった。
母の遺品を整理していると実感が湧いてくる。
それと同時に母がどれだけ写真が好きだったのかということも。

何とも思わなかった日常が思い出になっていた。そのことを一枚の写真が教えてくれた。そしてその中で、過ぎ去ったはずの時が生き続けていた。

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