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ユーゴー「レ・ミゼラブル」第4部を読んで

「レ・ミゼラブル」第3部に引き続いて、第4部「抒情詩と叙事詩 プリューメ街の恋歌とサン・ドゥ二街の戦歌」をようやく読み終わることができました。
他の部に比べてこの第4部は、一番ページ数が長い部で、しかも歴史的な叙述などがあり、正直読むのに苦労しました。
しかし、ジャン・ヴァルジャン、コゼット、マリユスへの深い心理描写や1832年6月暴動のリアルな情景描写には感嘆しました。

第4部のあらすじは、以下のとおりです。

ジャン・ヴァルジャンは、フォーシュルヴァン老人が亡くなったことを契機に修道院を出て隠れ家的な家に住むことにした。ジャン・ヴァルジャンとコゼットは、マリユスのことをめぐって心理的な緊張関係にあったが、ジャン・ヴァルジャンが火傷を負った(第3部に記述)ことからその傷をコゼットが手当することで緊張関係は消失した。そのことでジャン・ヴァルジャンは深い安堵感を得ていた。
こうした状況のなか、エポニーヌがジャン・ヴァルジャンの引っ越し先を探し当てマリユスに教えた。これによりマリユスとコゼットは家の庭で隠れて会う仲となり恋愛関係は発展した。しかし、ジャン・ヴァルジャンはさまざまな事象から身の危険を感じ、突然引っ越しを決意する。マリユスはコゼットに連絡先を教えたが、その直後に転居して行方が分からなくなった。その間にマリユスは祖父にコゼットとの結婚の許しを得ようとしたが拒絶された。マリユスは絶望的になり死ぬしかないと暴動の徒の防砦に入った。
その際、銃に打たれたが身をもってその銃弾を受けてくれた者によって救われた。その者は、男装したエポ二ーヌでマリユスに抱かれて死んでしまうが、その際にコゼットからの手紙を預かっていてそれをマリユスに渡す。そこには住所が記載されていてマリユスはコゼットへの手紙を書き、ガヴローシュ(エポニーヌの弟)に託して届けてもらうこととする。
ジャン・ヴァルジャンはインク吸い取り紙に写るコゼットのマリウスに宛てた手紙に気づき、耐え難い絶望感に襲われる。
ガヴローシュはその住所に行くが、ジャン・ヴァルジャンがいて彼に手紙を渡してしまう。その手紙には、暴動のなかでマリウス自身死ぬことが記されており、ジャン・ヴァルジャンはコゼットを奪われないことを知り一旦は安心する。しかし、ジャン・ヴァルジャンは国民服に着替え銃弾を身につけて暴徒のいる防砦へと向かう。

第4部でわたしが注目した点を以下に記します。

① 第1篇「歴史の数ページ」では、1832年6月暴動に対して歴史的な考察が記述されていますが、この小説が出版されたのが1862年であることを鑑みますとまだ30年程度しか経過していません。わたしは歴史に詳しくないですが歴史に通暁している人であれば、6月暴動とユーゴーの考察を、現代から眺めてみることは興味深いのではないでしょうか。ユーゴーがこの6月暴動の状況を実際に見ていることからも、そのリアルな描写は迫力あるものです。

➁ 第2編は「エポニーヌ」ですが、この第4部をとおしてエポニーヌはわたしにはもっとも魅力的な存在です。マリユスを愛しているにもかかわらず、愛しているとも言えずに、そして最後にはコゼットからの手紙を渡して死にました。マリユスは、エポニーヌの気持ちを知らずに、ただただコゼットだけを見つめています。エポ二ーヌの哀れさが際立ちます。役者であれば、エポニーヌの複雑な心理を演じてみたくなるのではないかと思いました。

③ そしてなんと言ってもジャン・ヴァルジャンの心理的な葛藤がこの第4部では重要です。コゼットへの愛を失うまいとする心情が胸を打ちます。マリユスをめぐって安心感と不安感とに揺れ動く心理描写は白眉といえます。コゼットは、ジャン・ヴァルジャンにとってはたんなる娘ではありません、愛を知らずに生きてきたジャン・ヴァルジャンには彼の全存在ともいえます。その存在を脅かすマリユスの死は安心の根拠であるにもかかわらず、彼は傍観することなくマリユスのもとへと走ります。ここにジャン・ヴァルジャンの聖なる人への一歩を感じざるを得ません。

以下に第4部からの抜粋を引用します。
(岩波文庫 レ・ミゼラブル 第4部 豊島与志雄訳より)

〇コゼットからの手紙を渡してエポニーヌが死ぬ場面

マリユス は 手紙 を 取っ た。   彼女 は 安心 と 満足 との 様子 を し た。 「さあ その 代わり に、 約束 し て 下さい な……。」   そして 彼女 は 言葉 を 切っ た。 「何 を?」 と マリユス は 尋ね た。 「約束 し て 下さい!」 「ああ 約束 する。」 「あたし が 死ん だら、 あたし の 額 に 接吻 し て やる と、 約束 し て 下さい。…… 死ん でも わかる でしょ う から。」

〇マリユスの死を予期して安心するジャン・ヴァルジャンが防砦へと向かう場面

「 今 は ただ 万事 を その 成り行き に 任せる ばかり だ。 あの 男 は とうてい 脱 れる こと は でき ない。 まだ 死ん で い ない に し ても、 やがて 死ぬ こと は 確か だ。 何 という 幸福 だろ う!」   それだけ の こと を 心 の 中 で 言っ てから、 彼 は 陰鬱 に なっ た。   それから 彼 は おり て いっ て、 門番 を 起こし た。   一 時間 ばかりの 後、 ジャン・ヴァルジャン は すっかり 国民兵 の 服 を つけ 武装 し て 出かけ て いっ た。 門番 は その 近所 で、 彼 の身じたく に 必要 な 品々 を すべて 手 に 入れる こと が でき た ので ある。 ジャン・ヴァルジャン は 弾丸 を こめ た 銃 と 弾薬 の いっぱい はいっ た 弾薬 盒 とを 携え て い た。 彼 は 市場町 の 方 へ 進ん で いっ た。

この第4部は、前の第3部と時間が一部分で重なっています。
第3部はマリユスの時間を中心として描かれており、第4部でその時間におけるジャン・ヴァルジャンの行動を描いているからです。
はじめは若干戸惑うこともありましたが、人それぞれの時間の流れをイメージしながら読んでゆきました。
第4部は第5部への前哨戦のような位置づけかも知れません
おそらく最終章の第5部が、この小説の最高峰の頂点となる感動を与えてくれるものと期待しています。

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