マガジンのカバー画像

DYRの小説

11
運営しているクリエイター

2020年7月の記事一覧

花火

花火

 夏の風物詩として、花火は僕たちの心の奥深くに染み付いている。爆音とともに美しい光芒をひらめかせる打ち上げ花火は、毎年何十万もの人々の心を惹きつける。夜空の火球を見上げている間、僕たちの心は一つになっているんだ。
 でも、僕はもう一つの花火の話をしたい。手持ち花火の話を。僕と彼女の手元で、僕と彼女だけに見つめられて輝いていた、小さな小さな火球についての、話。

 毎年決まって、花火を買って

もっとみる

日常Co.,Ltd

『日常Co.,Ltd.』

 最近、街を歩いていると、奇妙な看板が目につくようになった。なんでも「日常をお売りいたします」というのが売り文句らしい。日常って売り買いできるもんなのか? 看板が目に入るたびに疑問が頭の中をグルグルする。あまりに気になるので、職場の同僚のEさんに話をしてみた。Eさんは俺と同期で、仕事のできる女だ。
「日常を売りますって看板、最近増えてますよね」
「はあ、もうだいぶ前から

もっとみる

霖雨に潤う葉の隙間から

 大学から出て少し南に行った所から折れる路地の突き当たりに、古びた喫茶店がひっそりと佇んでいる。錆びて詰まった雨どいからは雨水が漏れ続け、軒の下はさながら滝のようになっている。スタンド付きの黒板には、ただ「OPUN」とだけ書かれている。オプン? 窓はくすんで中は見えず、かろうじてぼんやりと橙色の灯りが点いているのがわかる程度だ。傘立てのつもりだろう、膝ほどの高さの壺が置いてあるが、水が溜まっていて

もっとみる