激マズらーめん三平2021

初出:2017年 05月28日 01時00分
#小説家になろう にて公開

コレは、今から4年ぐらい前に書いたエッセイを加筆訂正したものです。
その後、足掛け3年以上に渡って毎日更新していた記事のなかでも、かなり初期のもの。

かつて、愛知県豊川市の、東名高速豊川インターの近くに物凄くマズいらーめん屋さんがあった。
それが今回のサブタイトルの三平って店。らーめん三平だったか三平らーめんだったかは忘れてしまった。
お店の看板には
「この人が三平なのかな?」って感じの、三平っぽい元気な若者が威勢よくラーメンを作っているイラストが色褪せたまま掲げられていたが、どっこい店に居るのは胡散臭くて草臥れ切った昭和の忘れ物みたいなヒョロリとしたオヤジだけである。
無精ひげ、土気色の顔、充血した目、こけた頬、前歯が抜けてて不揃いで黒ずんだ歯。
パッと見の印象はそんな感じだ。

お店を正面から見ると赤い三角屋根のついた立派な構えだが、実はハリボテでその看板の裏にはプレハブの掘立小屋が二つ並べてボコボコっと置かれているだけ。どうも階段が無いらしく、店の壁に立てかけた梯子で出入りしているらしい。雨の日はどうしているのだろうか……。
店の入り口ドア付近や窓ガラスにはでっかくセットメニューやランチメニューがシールで貼りだされているが、これまた色褪せてしまってオレンジも蛍光グリーンも読みづらいことこの上なかった。

と、まあこのらーめん三平さん、近在ではマズくて有名なお店だった。
私が数年前まで勤めていた会社の上司がある日
「佐野君、豊川の三平らーめんって知ってる?」
と聞いてきたので
「知ってますよ! あのイチゴーイチ(国道151号線)でインターの手前からちょっと入ったとこの、道路沿いの店ですよね? 昔のホットラインの隣の……行ったことはないですけど」
「そうそう! 行ったことないんだ」
「そうなんですよー、美味しいんですか?」
「行ってみな、行ってみな。すっげえマズいから!」
「ええー!?……それ逆に行きたいっすねえ」

なんでも上司が言うには近在の大手企業で豊川に転勤してきた人は必ず一度、地元の社員に連れられて食べるのだが二度行く人は誰も居ないとか、そんな店でも常連が一人だけ居て、ある日そいつが「親父、いつもの!」って言ったら近所の蕎麦屋に電話して出前を取ったとか、豚骨ラーメンを頼んでもスープに殆ど味がないとか。
激マズエピソードが出るわ出るわ、まさに枚挙に暇がないと言った有様だった。

で、もうお分かりのように食事に行きましたとも。でも一人じゃ寂しいしホントに激マズだった時にキツイので、友人のアマノ君(元料理人で実家も居酒屋)アサクラ君(このエッセイにはよく出る。一緒に各地を旅したこともある)クマさん(幼稚園から一緒の親友。140キロの超ヘビー級)たったす(元はアサクラの友人で、明るく気さくな太っちょナイスガイ)を巻き込んで行ってきました。
しかも、たったすには何も告げず、ただラーメンを食べに行こう、とだけ誘って。
そんな酷い!誰が考えたんだ!!いやあ我ながらナイスアイディアだったな。

で、私の車でみんなを迎えに行って、お店に着いたのが平日とはいえ晩飯時の夜8時前。近くの大手チェーン店や美味しいと評判の飲食店は混みあっております。が、この三平はシーンと静まり返っている。駐車場には店主の物らしき古くてくたびれた乗用車が1台とボロボロの自転車が1台。
「随分古いカローラだな」
とはアサクラ君の弁。塗装も褪せてところどころ剥げているし、バンパーやドアには凹みも目立つ。

店のドアを開けると件の胡散臭い店主がカウンター席に座っていた。こちらを振り向いて立ち上がって、からの第一声が
「ゴハンタベル?」
…は?
その意味するところが
「ご飯食べる?」
だという事に気が付くまで数秒を要した。てか、フツーここは
いらっしゃいませ
じゃないのか……?
まあ広義で言えば私たちは確かに晩「御飯」を食べに来ているので、ご飯を食べるかと聞かれたら食べるのだが、この場合のご飯はどうやらお米を炊いた方のご飯のことを言っているらしい。
「はい、食べますけど」
「あー、いま無いんだよねえ。今日もう売り切れでさあ!」
……そもそも最初にどれぐらい炊いてあったんだろう。

波乱の幕開けを迎え席に着く。
座敷席のテーブルはベタベタしていた。カウンターにはスキンヘッドの中年男性が座ってもくもくと食べている。その隣に小学5年生くらいの男の子が座って宿題をしている。
ほかに客や人の姿は無い。座敷席も幾つかあったけど、畳は黄ばんでいるし部屋の隅には雑誌やタオルなどが散乱しているし……清潔感の有無以前に、店の中の風景として異様だった。散らかってる人ん家でメシ食わせてもらってるにしても、ちょっと抵抗があるくらいの。

メニューは大して多くない。
ラーメン数種類に混じっている乱切り蕎麦ってなんだ…?
もう気分は怖いとわかっているジェットコースターに乗り込んだ時のようで、注文を伝えるときの気持ちといえば座席がガッタン!ガタガタガタガタって揺れまくるコースターが否応なしにレールを上がっていく様そのものである。
キッドさんはその無味無臭と評判の豚骨ラーメンを注文。
他の友人も思い思いに注文をする。なおキッドさんはぬかりなくギョーザも注文。

作っている最中もなんだか不安な事ばかり起こる。
まずカウンターの常連客が食い終わってそのまま手持ち無沙汰にしている。
店を出るどころかお金も払わないのだ。コレは織田裕二さん主演のドラマお金がない!でおなじみの「スクランブル」なのだろうか。
あの小さな男の子はいったいどっちの息子なのか、それとも全く無関係なのか!?親戚か?

やがてギリギリと音がするので見てみると、なんと麺は自家製。
店主自らパスタマシーンのちっちゃいやつで麺をひり出しているではないか!
が、明らかに丸くダマになっているものも構わず鍋に放り込んだのをバッチリ見てしまい再び沈黙。

こわごわ見渡す店内は明るい色調だが全体的にヤニ茶けて煤けているように見える。ちゃんと掃除をしていないのはテーブルや床のべたつき、座敷の散らかりようで一目瞭然。そしてそこにやってくる店主自慢のラーメン。

……本当に味がしない。スープの味がホントに薄い。
で麺の味がヘン。
でれん!と乗ってるチンゲン菜のバターっぽい風味が唯一の味付けで、あとはそぼろみたいなお肉のコショウっぽさと、うっすら豚骨スープ。
早食い、大食い、ドカ食いで知られるキッドさんの箸が止まったのと同時に他の友人諸氏の手も鈍る。
続いてギョーザ。来た時からすでに崩れている。皮が柔らかすぎて中身は肉の臭みを活かした大胆かつ野趣に富んだ味わい。
クマさんの言い放った「野生の餃子」という言葉が脳裏に刻まれた。

一通り食い終わった、いや耐えきった我々を待っていたのは、店主の身の上自慢トークライブだった。
口数少なく、しかし笑いと「香ばしくなってきた!!!!」という悪趣味な喜びを顔に出さずに聞くそのホラ話、はったりトークは格別だった。

「オレはな、この店始めてからずっと他の店を研究してるんだヨ。豊橋に黒田屋ってあるだろ?(味が濃くて美味しいのでトラックの運ちゃんや港湾労働者の間でも人気があるお店)あそこが移転したときも毎日通ったんだよ。でな、月曜火曜と続けて食っても美味いんだ!あーーこれは美味いなーって思ってたけど、もう水曜には見切ったね。木曜、金曜と、あとはもう塩っ辛くてなあ。で店の裏のゴミ見たら使ってる醤油のメーカーがわかったからよ、ウチの出入りの営業マンすぐ電話で呼びつけて、コレコレこういう醤油を取り寄せろ!ったら、営業マンもわかりましたあ!なんてなあ。すぐ飛んでったヨ。そんでナア……」
その大演説の主産物たるラーメンがこの有様、店がこの体たらくなのはどう説明するんですか?
というフレーズが喉元まで来ていたが堪えて聞き続ける。
「何年か前にウチ(三平)に入り浸ってた若い客がナ、もう、ガバっと土下座して弟子にしてください!ってなあ。でオレが付きっきりで教えてやって、うちの店を建て替えるんで買い替える前の道具を安く売ってやって店出させたんだよ。豊橋の港の方に。知ってるか?オレも開店から一週間はヘルプに行って手伝ってやってさあ。忙しかったけどヨォ」

そういえば、あの当時私は港湾労働者で確かに新しくラーメン屋さんが出来たのは知ってたけど、その店は瞬く間に潰れていた。寄せ場でも評判が良くなくて、みんな一回行ったらもう行かなかった。その理由がこの時初めてわかった。コイツだったのか。

そのすぐ後、この店が半端に、ハリボテだけの屋根と看板だとか、調理器具も内装も小綺麗になって今また薄汚れたのは、どうもその時に気の毒な若者から取ったお金でリニューアルしたんじゃなかろうか。

食事の倍以上の時間、店主こと音楽の才能に全く恵まれずにショボくれた寺尾聡の謎の自慢話を聞いていて分かったことは、
ダメだこりゃ
という諦念と、ラーメンのダシ以上の極上のダシをドックドク分泌する香ばしいオヤジの懐かしさだった。

ああこういうオヤジ、昼間から酔っぱらってる奴、昔の駅前とか競輪にもよく居たけど……最近は減ったよなあと思ってた絶滅危惧種、オヤジのレッドデータブックがこんなところで更新されるとはね。

まあココまでわりとハッキリ見たまま聞いたまま書いたのは、この三平、ちょっと前に閉店しているからでして。伝わってると有難いけど、ラーメン店としては決して合格点には届かないものの、私はこういうオヤジが嫌いになれない、なんならちょっとスキなのです。

ただね、店は閉めても、あのオヤジ健在な気がするんですよ。
なんでかって、あの店の隣はネカフェ、カラオケ、ビリヤードなどが入ったデカい複合店なのに、嫌がらせのようにカラオケ喫茶を始めたから。しかも
「食事出来ます、ラーメンあります」
という張り紙。
…さては懲りてねえな。

ちなみについ最近見たらあの狭い駐車場(乗用車が2台半くらいしか入らない)に軽自動車が申し訳程度に停めてあって中古車販売も始めたらしい。
が、依然としてお食事も出来るようで。
ラーメンを大々的に推していた。
その自信はどこから来るんだ、オヤジ!?

とこれが2017年の記事。
残念ながら2021年現在、遂にお店は跡形もなくなってしまった。
あのオヤジ、どこ行っちゃったんだろうかねえ……。

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