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アスタラビスタ 7話part8

 私が言ったことは間違っていただろうか。

 違う。私が言ったことは間違っていない。
ただ、私みたいな最低な人間が、あんなことを言ったことが、そもそも間違っていた。

私は間違ったことをしてきた人間だ。そんな人間が、他人をとやかく言う資格などない。

 道場の中央で楽しそうに会話している清水たちを眺め、私は道場の隅で、彼らからもらったスポーツ飲料を飲んでいた。

味なんて分からない。ただ、身体の中に流し込んでいるだけだった。

「お前、どうしたんだ?」

 隣で、道場の壁に寄りかかり、座っていた雅臣が、小さな声で私に尋ねて来た。

 どうしたと言われても、別に何でもない。彼は私があんな言葉を吐いたことに驚いたのかもしれないが、あれは私の心に、頭に、常にあった感情だ。
 あれが本来の私。本来の私は、彼らが驚くほど最低な女なのだ。

 私が何も答えずにいると、雅臣は一息つき、道場の中央にいる晃と亜理を見つめ、笑みを浮かべた。

「晃は高校三年になるまで、武術の知識は一つもない素人だったんだ」

 雅臣のその言葉に、私は驚いて目を見開いた。
あの速さ。次から次へと技を繰り出す、その流れとレパートリー。
明らかに私は、晃が幼少のころから中国武術をやっていたのだと思い込んでいた。
でなければ、あれ程の技術は手に入らない。

 彼は一体、どれほどの努力をして、その武術を身に着けたのだろう。
普通の人間なら不可能だ。

「亜理に出会って、亜理を守るために、あいつは一から中国武術を身に着けたんだ。周りからは馬鹿にされたり、俺もすぐ音を上げて憑依者界から逃げると思ってたが、今となってはあの強さだ」

 誰かと一緒にいるために、自分の知らない世界に突然飛び込んだ。
そこで大切な人を守るために強さを身に着けた。

「俺たちは自分たちの実力に見合った、担当区画っていうのを任されるんだ。俺は二区画担当しているが、亜理と晃はそれに加えて、事件や事故があったら、区画を越えて仕事をしに行く」

 担当を越えて、他の区画まで仕事をしに行くということだろうか?

「それって、何の意味があるんですか?」

 私が静かに尋ねると、雅臣は「やっと私が反応した」と思ったのか、笑みを浮かべて私へと顔を向けた。

「俺たちの給料は歩合制だからな。事件や事故の防止や処理をしただけ、給料が出る。あいつらは金を溜めてるんだよ。結婚資金にするってな」

 私は勘違いしていた。私はただ、亜理の我儘を晃がただ受け入れて、本心では反発しているのだと思っていた。

 雅臣の顔から笑みが消え、無表情になり、そして道場へと目を向けた。
それは、私と視線を合わせないようにしているかのようだった。

「お前が過去にどういう恋愛をして傷ついたのか、俺には分からない。でも、お前の過去と全く同じ人間なんて、いないんじゃないのか? 少なくとも、あいつらは違う」

 どうして今、私の隣に雅臣が座ってくれているのか。
私は相手の事情も聞かず、決めつけて、ひどい言葉を言えるような人間なのに、どうして雅臣は清水や圭たちのいる道場の中央へ行かず、ここにいてくれるのだろう。

「私には分からないです」

 私が雅臣に言うと、彼は何も答えなかった。

「大切な人を守るために強くなったことがないから」

 そうだ。私には大切な人なんていなかった。私は、いつも孤独だった。独りだった。

 過去の「彼」の時も。大切な人ができた私は、どんどん弱くなっていった。
何もできなくなっていった。わがままを言うようになった。
そんな私を、彼はどんどん受け入れていった。

けれど、ある日突然、彼に限界が訪れた。
 もう、耐えられない、と。

 私は、再び独りになった。
私は急に目が覚めた。私は大切な人ができて、頭がおかしくなっていた。

私は独りでないと、いられない人間なのだと気が付いた。


「私は、孤独でないと、強くなれないんです」

 振られたのも、過去の「彼」を傷つけたのも、私自身が傷ついたのも、紛れもなく全部私の責任だ。

 私のせいだったのだ。

 雅臣は何も言わなかった。ただ何も言わず私の隣で、道場の中央で楽しそうに会話している清水たちを眺めていた。

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