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アスタラビスタ 7話part9 7話完結

 私と雅臣は、清水や亜理たちを道場へおいて、先に帰ることにした。

どうやったとしても、私はあの場にはいられなかったし、晃ともう一度顔を合わせる勇気なんてなかった。

 そんな私の気持ちを察したのか、「もう帰るか」と切り出したのは雅臣だった。

 助かった。私は逃げ出したくて仕方なかった。だが、自分から逃げ出す勇気もなかった。

こうして、引っ張ってもらわなければ、私は動くこともできなかった。私は、この上なく受動的な人間だ。

 
「最後の、晃さんの技を止めたの、雅臣さんだって言ってましたよね? どうして、晃さんの左腕を掴んで止めるんじゃなくて、手首で払うように押さえていたんですか?」

 私の問いに、雅臣は笑い、「よく見てたな」と嬉しそうに振り返った。まるで彼は聞いて欲しかったかのような反応だった。

「もし、俺があの時晃の手首をつかんでたら、おそらく俺も清水も負けてた」

 雅臣の言葉を、私は理解できなかった。どういうことだ? 押さえるより、つかむ方が相手の動きを封じられる。そちらの方が安全じゃないか。

「な、なんでですか?」

 私が雅臣を追いかけると、彼は突然止まり、私へと身体を向けた。

「紅羽、ちょっと腕出してみろ」

 突然のことに、私は驚いたが、仕方なく左腕を差し出した。

「俺の手首、握ってみな」

 言われるまま、私は雅臣の手首をおそるおそる握った。

すると雅臣は「もっと強くだ」と返してきた。困惑したが、少し意地になって彼の手首がうっ血するほど握った。

「簡単には外れないよな」

 雅臣はそう言いながら、私の力自分の手を解放させようと揺らした。

「でもな、こうやって手を開いて、力を指先に入れれば」

 彼が手を開いた瞬間、彼のごつごつとした、骨が浮き出て来た。
そして彼が軽く腕を上へと振り払った瞬間、私の手の中から、彼の手首が逃げていった。

 ほんの一瞬だった。握っていたはずの彼の手首がするりと私の手から抜け、取り逃がしたような感覚だった。

「おそらく、この原理を晃も知っている。もし晃の左手をつかんでたら、同じようにして逃げられていただろうな」

 未だに原理を理解できていなかった私は、自分の手首を見つめ、手を開いたり閉じたりを繰り返していた。

 ものすごい知識量だ。中国武術をも相手にし、珍しいはずの薙刀だって、彼はできた。
そして剣道と古武術を基礎として使う清水とも行動している。

「あの、私には憑依者とか身体提供者とか、よく分からないんですけど」

私の言葉に、雅臣が不思議そうに首を傾げた。

「単に『一緒に戦ってる』っていう感覚で捉えて、さっきの手合せで聞きたいことがあるんです」

 雅臣は返事をしなかった。

だが、その沈黙は決して居心地の悪い沈黙ではなかった。

私は、彼の無言を了解と取った。

「雅臣さんは、晃さんの刀を、目で追えていますか?」

 私は清水と同じ質問を、彼に投げかけた。

彼も、私が清水にした質問と同じものを自分にしてきたと、すぐに気が付いただろう。

だが、この質問は単純だが、すべてを明らかにしてくれる問いだった。

 雅臣がため息交じりに呟いた。

「お前の、そういう分析力はすごいよな。さっきから思ってたけど、そういう目の付け所が、お前を強くしたんだろうな」

 彼が話を逸らそうとしているのかと感じ、私は追い打ちをかけるように続けて言った。

話題を替えさせまいと、私も必死になっていた。

「憑依している感覚がどういったものか、詳しくは分からないので、おかしなことを言っていたらすみません。でも、手合せの最後、清水さんが晃さんに突っ込んだ戦法って、やっぱりリスクが大きいと思うんです」

 私は納得していなかった。

清水の手練れさも十分理解したが、それでも、清水の説明が心のどこかで引っかかっていたのだ。

「清水さんは晃さんの身体の動きを読めたから、晃さんの懐に入ったと言っていました。でも、それだけで雅臣さんは突っ込む性格じゃないと思うんです」

 そうだ。雅臣が私と手合せするとき、彼はいつも慎重かつ冷静で、的確だ。
時々仕掛けてくる奇襲も、的確なタイミングを計って来る。

そんな雅臣が、無計画に思えるほどの状況で相手の懐に飛び込むはずがない。

 もし、彼がそういった行動をしたとするならば、それは彼にとって「的確」だったとき。

彼に相手の技が見えていたときだ。

「雅臣さんは、晃さんの刀が見えていたんじゃないですか? だから清水さんが突っ込む行動をしたことも許容できて、最後に素手で突き技を出された時も、雅臣さんが対処したんじゃないですか?」

 雅臣はただ私を見つめていた。
だが、すぐにふっと笑みを零し、私に囁いた。

「……清水に見えないものが、俺に見えるはずないでしょ」

 その言葉を、私はなぜか嘘だとすぐに分かった。

彼は見えていたのだ。あの速さの技を。

清水がそのことを理解しているのかは分からない。
だが、雅臣はすべて見えている。

 亜理は「清水の隙を突いても、雅臣がフォローしてくる」と言っていた。

本当は違う。

 雅臣は清水のフォローをしているのではない。
清水の後ろには雅臣がいて、清水の隙を突いたとしても、そこにはすべてを見ている雅臣が現れる。

隙ができたから現れるのではなく、もとから、彼はそこに存在していただけなのだ。

 本当の化け物は、雅臣なのかもしれない。

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