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ずっちとの新しい日々(『ずっちのこと』後篇①)

さて、ずっちを連れて2回目の引っ越しをしました。2005年3月のことです。

袋小路の行き止まりに立つ一軒家の2階部分を借りました。家のすぐ裏には「はんの木緑地」が広がっています。広い出窓が東と西の2方向にあって、東の出窓からは道路の様子を、西の出窓からは緑地の木立を眺めることができ、南側にはベランダもあります。木造の古い家ですが光はふんだんに入ってきました。

写真は東の出窓です。ラベンダー越しにずっちがこちらを見ています。引っ越しした当初は、よくこんな顔をしました。

大好きなお姉さんからも、10年近く親しんだ自分の場所からも引き離されたわけですから、いろいろ言いたいことがあったと思います。

そんな受け入れがたい変化の中にあって、ずっちの順応は早かったと言えるでしょう。

引っ越しの翌日か翌々日だったでしょうか、もう正確に思い出すことができないのですが、ずっちが明け方に玄関の扉の前で鳴きはじめました。外に出せというわけです。

わかりますよ、でも早すぎる、ちゃんと戻って来られるかわからない。そうずっちをなだめました。もちろん、それで鳴き止むようなずっちではありません。声は断固として大きくなる。このままでは階下の住人を起こしてしまうにちがいない、ああもう、敵うわけがない。「ずっちはちゃんと帰ってくる」という方に賭けて、玄関を開けました。

ずっちは薄闇の中、外階段を駆け下り、家の敷地をぐるりと回ってから、門扉の下を潜って道路に出て行きました。

小走りになったずっちが勝手知ったるように角を折れるまで見送りました。あとはずっちが迷わずに戻ってくるのを待つしかありません。

わたしは玄関にレンガを挟んで、扉を10㎝ほど開いた状態にしてベッドに戻りました。それから目を閉じて、ずっちが無事に戻ってきてくれるよう祈っていました。

前の渋谷区の家は外階段から1階の庇に飛び移れる構造だったので、ずっちはベランダに上がってくることができました。ベランダの窓を開けておきさえすれば、いつでも庇伝いに部屋に戻ってこられたのです。

引っ越し先を探すにあたって、このように「ずっちが自由に出入りできる構造」の物件であることは欠かせない条件でした。会社から近くて、周りが安全で、遊びに行ける原っぱがあって、「ずっちが自由に出入りできる構造」を持った家です。

そんな条件を満たす「猫可」物件は、わたしの払いうる家賃の範囲内ではなかなか見つけられませんでした。たとえあったとしても、「ずっちが自由に出入りできる構造」の物件は得てして環境が劣悪で、そんな物件を敬遠した結果、「ずっちが自由に出入りできる構造」を諦めることになりました。わたし自身が弱っていたこともあり、粘ることができずにこの場所に決めてしまいました。

出勤時間ぎりぎりにずっちは戻ってきました。わたしはほっとして玄関を閉めました。ずっちが朝食を食べて寝床に入るのを見届け、何度も空調を確認して鍵を閉めました。

こうして、明け方にずっちを出し、朝までにずっちが帰ってきてくれることを祈る新しい日々が始まりました。







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