見出し画像

母と娘(後)お金がある男、ない男

とても好きな人だけどお金がない男と、好きじゃないけどお金持ちの男。どっちと結婚したい?

学生時代、友人たちの間で話題になった。
みんな、すごく悩んでた。
「こっちかな?」と迷うように答える子もいれば、「えー、考えられん」と答えない子もいたり、「極端すぎ。どっちも嫌やわ~」と笑う子もいた。
「私はこっち」と即答する人は一人もいなかったと記憶してる。
かくいう私も「両方、嫌だな」と思ってた(っていうより、結婚するつもりがなかった)

でも、学生時代から付き合っていた恋人が就職を決め、内定の報告とともに「結婚しよう」と言ってくれたとき、私は嬉しかった。
大企業じゃないし、新卒だから年収は低いだろうし、なんだったらメガバンク勤めの私のほうが生涯年収は高いかもしれない。
でも、そんなことは頭から弾き飛ばされていた。
私はただただ嬉しかった。
結局、彼は内定を蹴って再び司法試験に挑戦することになり、結婚の話もなかったことになり、私たちは別れることになるんだけど。

だから、びっくりした。
彼と別れた数か月後、医者である彼にプロポーズされても自分の心が全く動かないことに。彼のときに感じた、あの嬉しさと喜びが微塵もなかったことに。
私はお金がなくても好きな人と結婚したい人間なんだと知った。

幼いころからお金がなくて苦労する母の姿をみていたはずなのに、それでも愛情をとりたいと考える自分を愚かだと思うし理解もできない

でも母は理解できたんだと思う。
そして心配だったんだろう。

「愛情とかで結婚生活がなんとかなると思ってんの?甘すぎるわ。そんなもんあっても何の役にも立たない。お金がなくてダメになった夫婦なんて山ほどおるんよ。愛情なんかなくても、お金があることで上手くいってる夫婦のほうが多いんよ」

この言葉は、そんな私を想ってのことだと今ならわかる。
でも、当時の私は違った。
あのとき心に渦巻いた言葉の数々。それが口に出そうになるのを必死に留めた。
拳を壁に叩きつけて、私は母と自分を黙らせた。

どの口が、それを言うの?

そう言ってしまいそうだった。

散々、おばあちゃんに結婚を反対されたんだよね。
それでも、自分の「好き」を無理やり通して結婚したんだよね?
それが、どれだけ子供である私に迷惑をかけたか考えたことある?

あなたはいいよ。
どんな苦労も自分の気持ちを尊重して選んだ道だもの。納得できるでしょうよ。

でも、私は違うの。

これは私が選んだ道じゃない。選ばされた道なの。
あなたの「お父さんが好き」って気持ちが、私にこの道を歩ませたの。

そんな私に、今さら「気持ち」じゃなくて「お金の大切さ」を説くの?

自分は好きな人と結婚して私にお金の苦労をさせたのに、その私には好きな人と結婚することを許さないの?
あなたはいったい、どこまで私に我慢させたら気がすむの?

当時の私の言い分は、もっともだと思う。

でも母の言い分も正しい。
大事な娘が自分のように「愛情」を大切にしすぎて、お金で苦労する姿なんて見たくないに決まってる。
自分が妻となり母となり、そしてたくさんの友人たちの結婚生活をみていて、ますますわかるようになった。

夫婦円満にお金は非常に重要な役割を果たす。

旦那さんにいろいろ文句はあっても「まぁ、稼いでくれるし」で流せてる友人もいるし、付き合ってるときはあんなに惚気まくって幸せいっぱいの式も挙げたのに、お金がないことでアッサリ離婚にいたった友人もいる。

人の心はお金で買えないというけど、お金でどうにでもなる人間は世の中にはたくさんいることも、銀行に勤めていた私は嫌というほど知っていた。
お金で心が買えない人間は、すなわちお金を持ってる人間なのだ。

それでも私は「お父さんが好きだから」という気持ちだけで結婚して、稼げない父を支えて働きまくり、私と弟を育て上げた母が誇りだった。

祖母に結婚を反対されながら「私は自分の娘がどんな男を連れてきても喜ぶ」と誓った母の強さに感謝していた。
実際、母は私が連れてきた男性をみんな大歓迎してくれた(数えたら5人も紹介してた。そのうち3人が結婚の挨拶だった。そのたびに豪華な手料理を振舞ってくれた母。すみません。三度目の正直ということで許してほしい)

「どんな人でも安心してお母さんに紹介しなさい」と言ってくれた母を心から信頼していた。

そんな母が愛情とお金を天秤にかけた物言いをするのが哀しかったのだ。

あの言葉が母の私に対する愛情の深さによるものだとしたら、私も娘の恋愛は心から応援するつもりでいるが、母のように娘がドン引きしてしまうような暴言を口にしてしまったりするのかな。