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母と娘(前)お金がある夫婦、ない夫婦

私は母が大好きだ。

母の苦労を子供のころから知ってる私は、いつだって母の味方でいたかった。私よりずっと勉強ができて、貧しいながらも国立大学で学び教師になった母は私の自慢だった。

不思議だった。
どうして、こんな女性があんな学歴も低い、仕事もできない父のような男と結婚したんだろう。
祖母も自慢の娘が、父のような男と結婚するのは許せなかったのだろう。
大反対したという。
特に父の幼少期の複雑な家庭環境がもたらした性格の歪みを指摘し「それは一生直らないものだから苦労する」と母に忠告したらしい。
さすが、おばあちゃん。大当たりです(パパ、ごめんなさい)

つらい記憶なのだろう。
この話をしてくれたのは一度だけだ。「こんなに悲しいことはなかった」と涙ぐむ母を覚えている。

「あのとき、私は自分の娘がどんな男の人連れてきても喜ぶって決めたの。だから凜ちゃんは安心して好きな人をお母さんに紹介しなさい」

祖母の忠告に従うどころか「私は自分の娘に絶対こんなこと言わない」と誓うところが、いかにも母らしい。

母は祖母に「どうして自分をそんなに安く見積もるの?」とも言われたという。

「安く見積もるって何やろか?わかる?お母さんにはわからんわ」

母は本当にわからないんだろう。
ちなみにお母さん&おばあちゃん。私はよくわかってますよ(笑)
なんだったら、むしろ自分を高く見積もってるかもしれません(エヘッ)

誤解のないように書いておくが、母は決して自分を卑下することもないし、自己肯定感が低い人というわけでもない。
ただ女性にありがちな上昇婚の思考が全くないのだ。

私は母のそういうところを誇りに思ってる。
同時に、そういうところが悔しくもある。
その矛盾は一度だけ私と母に大喧嘩をさせ、私を今も悩ませている。

夫と出会う半年前のこと。

当時、父親と病院を経営する開業医の男性とお付き合いしていた。
私より年齢が五つ上だった彼は仕事も落ち着いてきたのか、結婚に意識が大きく傾いていたようで出会って数か月後には結婚へと話が進んでいた。

私の両親は大喜びだった。
それまで五年間、学生と付き合い続けていた私が心配だったんだろう。
やっとまともに働く男性と付き合い、結婚の話が出てきたことに安心したのかもしれない。

でも、私は不安しかなかった。
五年付き合っていた彼と別れてまだ一年も経ってないのに結婚なんて考えられなかったし、正直、彼という人にあまり興味がもてなかった。
嫌いじゃないけど好きじゃないという微妙な感情は、結婚に大きな不安を覚えさせた。

私は知らず知らずのうちに、母の影響を色濃く受けていたんだと思う。
母の結婚に首をかしげてるくせに、私も母と全く同じ、結婚は大恋愛の先にあるものと考えていたのだ。

ある日、母に「先生(彼のこと)にお父さんの仕事についてきかれたら、会社員って答えなさい」と言われた。

当時の父は無職。
就活はしていたが、いたづらに転職を繰り返し、すでに50を過ぎていた父に仕事はなかなか決まらなかった。

「そんな嘘を言うのはよくないよ。いずれ知られることだろうし、ごまかせば後々ややこしくなる」
「お父さんはもうすぐ就職する予定だから大丈夫」
「就職のあてはあるの?」
「凜ちゃんが結婚するころには決まってる」

まるで返事になっていない。

母に限らず、お金に苦労している人の共通点だと思うけど思考回路が驚くぐらい短絡的なんだよね。刹那的というか。今、その場その場が過ごせたらいい、みたいな。

ありがたいことに、彼は父のことは一切きいてこなかった。
非常に傲慢な書き方だが、彼は私のことが本当に好きだったんだなと思う。私と結婚したい、それだけだったんだろう。
いい意味でも悪い意味でもただただ育ちのいいお坊ちゃんだったと思う。
残念だけど、そういうところも私には合わなかった。

結局、結婚したくない私と、結婚願望が強い彼では付き合い続けるのは無理だと考え、別れることに決めた。
彼に別れ話をする前に、母に話すことにしたのだが予想外の母の反応に面食らった。

母が激怒したのだ。

いつもいつも私の味方でいてくれた母が、「凜ちゃんの好きなようにしなさい」と言い続けた母が「あんたは子供やわ」と初めて私を責めた。
母の激しい口ぶりに圧倒された。
いつもおっとりしている母が、別人のような口調で機関銃のようにまくし立てる。

「愛情とかで結婚生活がなんとかなると思ってんの?甘すぎるわ。そんなもんあっても何の役にも立たない。お金がなくてダメになった夫婦なんて山ほどおるんよ。愛情なんかなくても、お金があることで上手くいってる夫婦のほうが多いんよ」

気がつけば、自分の拳を壁に叩きつけていた。
それ以上、聞いていられなかった。

            →(後)に続きます