「御用改メ」第一話
北海道警察函館中央本部の刑事課に勤める新米刑事の宮下総司(24)は、突如として本部長の山野内正明(53)から環境管理課への異動を直々に命じられる。そこは窓際とされ署内では忌み嫌われていたが、実際には土方歳三の亡霊を切り札とし、超自然現象に起因する事件事故を捜査する部署だった。特に霊感が強い者だけが配属されるため慢性的な人員不足であり、前任の立花亮栄(32)が突如として失踪してしまったことによる臨時の処置であった。
宮下が失意のまま帰宅する途中、山姥を追う土方歳三(35)と石井景子(29)に遭遇し、土方が山姥の腕を切り落とすのを目の当たりにする。まさか二人が自分の上司だとは知らないままに……
<プロット>
各エピソードは妖怪退治を主軸とするが、登場人物たちの人間模様を絡め、家族愛や友情、現代人の抱える悩みについても描きながら宮下をストーリテラーとして進行していく。
宮下は事件の度に成果を挙げるようになり、捜査を通じて異能の協力者と出会い、時には彼らと共闘することも。
一方、亡き妻に会いたい一心で死者の国へとつながる洞窟を探し求める立花亮栄は、深い森の中を昼夜となく彷徨い続けているうち、心に抱え込む強い憎悪から邪神に魅入られてしまい悪事を働き始める。そして、ついには宮下たちの前に立ちはだかることに。
<人物補足>
・宮下の周辺で特に超常現象が頻発するが、それは、宮下が「清き魂を持つ者」であるため。妖怪・悪霊が宮下の血肉を摂取すれば、強力な魔力を手に入れることができる。立花もまた、亡き妻を蘇らせようと宮下の命を狙う。
・土方が警察に協力しているのは成仏できないため。かつて、この世で愛した一人の女性の存在が原因なのだが、何故か本人はそれに気付いていない。(というよりも認めようとしない)
・石井は幼少期から差別や偏見を受けて育った経験を持つ。
・山野内はアルツハイマーを患う母親の介護で密かに疲労困憊している。
・妊娠中の妻を交通事故で亡くした立花は、裁判で無罪放免となった加害者とその弁護士を深く恨んでおり、社会まで憎悪している。
〇1.箱館市街(昼)
T)1869年 蝦夷地 箱館
絶え間なく銃弾が飛び交い、時折は砲弾さえも炸裂する中、少数の旧幕府軍が多勢の官軍を相手に奮戦している。
騎乗の土方歳三(35)が官軍兵の一人を斬り倒す。
【土方】
「(周囲を見渡し)……」
官軍兵に撃たれ、斬られ、爆裂する砲弾で吹き飛ばされていく旧幕府軍の兵士たち。
―と、不意に官軍の射撃が途切れる。
【土方】
「(前方を睨みつけ)今だ! 行くぞ‼ 生き飽きたやつぁ、ついて来い‼(馬を出す)」
土方が刀を振り上げ、たった一騎で官軍の群れへと突っ込んで行く。
旧幕府軍兵も土方に気付き、雄叫びを上げながら必死に後へ続く。
官軍の群れの奥から銃を持った予備隊がぞろぞろと現れる。
土方は官軍の兵卒を次々と斬り捨てながら馬を走らせ続ける。
シャグマを被った官軍仕官の指揮で射撃の隊列を組む予備隊。
【官軍士官】
「(右腕を振り挙げ)構え!」
予備隊が一斉に馬上の土方へ向け銃を構える。
【土方】
「(予備隊の方へ突進し)新撰組副長、土方歳三‼」
【官軍士官】
「⁈」
予備隊内に動揺が走り、隣にいる隊員の顔色を窺う者までいる。
【官軍士官】
「う、撃てぇ‼(やけくそ気味に右腕を振り下ろす)」
予備隊の銃口がどっと火を噴く。
土方は全身に被弾。数発が胸や腹を貫通し、天を仰ぎながら落馬する。
【土方(M)】
『(血の泡を吹き)なんだ? 体が動かねぇ!』
土方がふと見ると、乗っていた馬が傍に倒れて息絶えている。
【土方(M)】
『そうか。俺も、やっと死ねるか……』
何人かの官軍の兵卒が、恐る恐る土方に近寄ってくる。
【土方(M)】
『いや、まだだ。まだ俺は……! 俺には……‼』
土方の周囲に血溜まりが広がっていく。
土方を取り囲み、恐々と顔を覗き込む官軍の兵士たち。銃の柄で土方の遺骸を小突く。
土方は既に事切れている。
土方のベストから血溜まりへ滑り落ちる愛用の懐中時計。ガラスはひび割れ、1時19分で止まっている。
〇2.函館市街(夕)
T)現在 北海道 函館市
函館山から一望する函館の街並み。
〇3.北海道警察函館中央本部・外観(夕)
五稜郭公園傍の函館中央本部ビル。
〇4.本部長室(夕)
宮下総司(24)が、デスクに掛けた山野内正明(53)を前に直立している。
【宮下】
「お言葉なんですが、その…… なんで自分なんでしょうか?」
【山野内】
「言ったろう。君が適任なんだ」
【宮下】
「(俯いて悔しそうに)……」
【山野内】
「刑事課への配属が君の念願だったことは知ってる。その夢を実現してから、まだ三か月だってこともだ。私も数年は様子を見るつもりだった」
【宮下】
「環境管理課の評判は聞いてます」
【山野内】
「追い出し部屋だとか、窓際だとかの類だろ? 今回の異動は、そういう意図じゃない。それとも例の幽霊倶楽部の話を言ってるのか?」
【宮下】
「……」
【山野内】
「その両方か…… まぁ、聞け。(席を立ち)これは悪い異動じゃない。あの部署で経験する任務は貴重だ。普通じゃ体験できない」
山野内は宮下に歩み寄って両肩を力強く掴む。
【山野内】
「出世にも支障ない。前例もある」
【宮下】
「自分は出世のために刑事になったわけじゃありません」
【山野内】
「わかってる。正義のためだったよな。面接の時にお前の情熱には感銘を受けたから、よく覚えてる。……とにかく、急きょ人員の補充が必要になったんだ。君の力を貸して欲しい」
【宮下】
「……」
【山野内】
「頼む。ほとぼりが冷めたら刑事課へ戻す。約束するよ」
【宮下】
「……わかりました。明日からですね?」
【山野内】
「そうだ。すまんな。恩に着る」
〇5.函館中央本部の玄関(夜)
仕事を終え、疲れた表情の宮下が出てくる。
〇6.住宅地(夜)
帰宅途中の宮下が、ひと気のない大通りを歩いている。
【宮下】
「……(ため息を吐く)」
街角を曲がる宮下。いきなり誰かがぶつかってくる。
【宮下】
「あ、すみませ……」
振り返って宮下を睨むニタッウナルペ。牙を剥いて低く唸る。
【宮下】
「(ぎょっとして)あ……」
突然、ニタッウナルペが片手で宮下の首を鷲掴みにして高く持ち上げる。
【宮下】
「う……」
宙に浮く宮下の足。
宮下を吟味するニタッウナルペ。長い舌を舐めずり、耳まで裂ける大口を開く。
【宮下】
「ううっ!(必死にもがく)」
【土方(声)】
「年増ってのはホントに若けぇのが好きだな」
ニタッウナルペと宮下が傍らへ目を向ける。
土方歳三が宮下たちのすぐ脇に立っている。
土方に向かって咆哮するニタッウナルペ。
土方は刀の柄に手を掛けるや、宮下を掴んでいるニタッウナルペの手首を抜き打ちに切断する。
路上に尻餅をつく宮下。
ニタッウナルペが悲鳴を上げ、腕を押さえながら遁走する。
宮下は急いでニタッウナルペの手首を首から外し、傍らに投げ捨てる。
【土方】
「(宮下を見下ろし)無事で何よりだ」
土方がニタッウナルペを追って駆け出していく。
【宮下】
「(呆然と土方を見送り)……」
ニタッウナルペの手首が宮下の傍らで痙攣する。
【宮下】
「!(後ずさりする)」
石井景子(29)が宮下の横へ駆けつける。
【石井】
「だいじょぶ?」
石井は全く無造作にニタッウナルペの手首を拾い上げる。
【宮下】
「(石井を見上げて呆然と)……」
【石井】
「もしかして、なんか見ちゃった? ヤバいもん」
【宮下】
「え、いや……」
【石井】
「すぐに忘れたほうがいい。それがあなたのためだし、誰に言っても信じやしないから」
【宮下】
「は、はい……」
走り去る石井。土方の後を追う。
【宮下】
「(呆然自失で)……」
〇7.アパートの寝室(早朝)
宮下が一人、ベッドで熟睡している。
SE)目覚まし時計のアラーム
鬱陶しそうに目を覚ます宮下。枕元の目覚まし時計のスイッチを切ると、のそのそと起床する。
〇8.アパートの洗面所(早朝)
寝ぼけ眼でやってくる宮下。蛇口に手を伸ばし、顔を洗い始める。
【宮下】
「(ふと鏡を見つめ)……?」
宮下は水を止めると、顎を上げて鏡で首を見る。
【宮下】
「!」
宮下の咽喉元にくっきりと残るニタッウナルペの爪痕。
【宮下】
「(青ざめて)……」
〇9.函館中央本部の廊下(朝)
足早に歩く宮下。他の署員とすれ違うたびに目をそらす。
【宮下】
「(ぼそぼそと)声は掛けないでくれ…… お願いだから」
宮下は、仄暗い下り階段に突き当たって立ち止まる。
【宮下】
「(うんざりして)地下? ありがち……」
〇10.函館中央本部の廊下②(朝)
宮下が階段から降りてくる。
蛍光灯が薄暗く照らす廊下が続いている。
【宮下】
「使わない備品扱いだな、こりゃ」
宮下は廊下の先へ進む。
【宮下】
「(少し先の足元に気付き)?」
小皿に盛った粗塩が左右の端に置かれた扉がある。
【宮下】
「……(扉へ視線を向ける)」
接触の悪い蛍光灯が照らす、扉に掲げられた環境管理課のネームプレート。
【宮下】
「(ぼそっと)なるほど、幽霊倶楽部だ」
〇11.環境管理課(朝)
小窓しかない小部屋に三つのデスクが向かい合わせで並び、その一つで石井が古いラップトップに向かって稟議書を作成している。
SE)ドアのノック
【石井】
「どうぞ。開いてる」
【宮下】
「(俯き加減にドアを開けて入室し)失礼します」
宮下と石井の目が合う。
【宮下】
「あれ……? 昨日……」
【石井】
「どっかで会った? (顎で向かいの席を指し)まぁ、そこ座って」
宮下は席へ腰を下ろす。
【土方(声)】
「お前が宮下総司だったか」
宮下が声のほうを振り向くと、土方が奥の席に座っている。フランス式軍服にブーツを履いた肖像写真と同じ姿。刀は机の上に置いている。
【宮下】
「⁈」
宮下は驚いて席を半立ちになる。
【土方】
「そう慌てなさんな。取って喰いやしねぇよ」
【宮下】
「い、いつの間に……?」
【石井】
「さっきから、ずっといた。あんたが気付けなかっただけ」
【土方】
「緊張してたか、ほかに気を取られてたか……」
【石井】
「あたしは石井景子。ここの主任」
【宮下】
「は、初めまして」
【石井】
「……で、これが土方歳三。二人も、もう会ってんだよね?」
【土方】
「まぁな」
【宮下】
「(凍りつき)……」
【石井】
「先に言っとく。これは扮装でもコスプレでもない。正真正銘の土方歳三だから」
【宮下】
「(まじまじと二人を見て)……」
【土方】
「おけい、ほんとにこいつで大丈夫なのか?」
【石井】
「(ため息を吐き)―のはず。山野内さんの推薦だから」
石井が紙袋からニタッウナルペの手首を取出し、宮下の机の上に置く。
【宮下】
「⁉(椅子から転げ落ちる)」
【石井】
「環境管理課は超自然現象による事件事故を扱ってる。普通の捜査方式じゃ通用しないから、(土方を指し)これに手伝ってもらってるってわけ」
【土方】
「人を物みたいに言うな」
【石井】
「実際、人じゃないし。亡霊でしょ。あたし、稟議書上げなきゃいけないから、この子に説明しといて、色々と」
【土方】
「全く、人使いの荒い……」
【石井】
「人じゃない。いい?」
【宮下】
「(唖然と二人のやり取りを眺め)……」
【土方】
「ちょっと待て。ちゃんと脚もあんだろ」
【石井】
「影もなきゃ、鏡にも映んないでしょうが。そもそも見える人にしか見えないんだし。すっとぼけんのも、いい加減にして」
〇12.本部長室(昼)
デスク周りを片付ける山野内。石井はドアの脇で壁に寄り掛かり、腕組みをして山野内の様子を見ている。
【石井】
「稟議より先に案件が進むって、おかしいでしょ。山野内本部長」
【山野内】
「立花が失踪してから何日経つ? 人手が足りなくて困るのは、お前だぞ」
【石井】
「土方さんがいる」
【山野内】
「あいつは捜査要員じゃない。スワットみたいなもんだ」
【石井】
「過小評価してません? 長い間、一緒にやってきたって言ってる割には」
【山野内】
「だからだよ。あいつのことは、よくわかってる。どうだ? 宮下は」
【石井】
「不安げだけど、飲み込みは早いみたい。もう仲良くやってる」
山野内は立ち上がると、コートを取りにポールスタンドへ向かう。
【山野内】
「抵抗があるのは最初だけだろう。宮下の実家は神社だし、本人も神主の資格を持ってる。継ぐ気はないらしいが」
【石井】
「初めから目をつけてたんですね」
【山野内】
「(コートに袖を通しながら)刑事課で一人前になってからと思ってたんだが、こうなったら仕方ない」
【石井】
「あの子、あの様子だと今までも色々見てきてる。隠してるけど」
【山野内】
「かもな。(帽子を被り)すまない。今日は、もう出なきゃならん」
山野内はドアを開けて石井を先に通すと、自分も部屋から出る。
【石井】
「(立ち止まり)いってらっしゃい」
【山野内】
「(ドアを閉め)しっかり教育してやってくれ。俺が、お前にしたように」
山野内が立ち去る。
山野内を見送る石井。
【石井】
「……(深いため息を吐く)」
〇13.書庫(昼)
真っ暗な室内へ宮下がドアを開けて入ってくる。
土方が壁のスイッチを入れて灯りを点ける。
【宮下】
「(目を見張り)わ……」
部屋の四方には、ぎっしりと古書が詰め込まれた本棚。中央には古いデスクトップの置かれた机がある。
【土方】
「書物庫だ。今までの事件は全部その箱ん中に綴ってある。化けもん連中のこともな」
【宮下】
「パソコンのこと言ってます?」
【土方】
「使ってたのは山野内と立花ぐらいだ。おけいは書物のほうを読んでる」
【宮下】
「山野内って本部長……ですよね?」
【土方】
「他に誰がいる?」
【宮下】
「立花さんっていうのは?」
【土方】
「お前の前任だよ。行方知れずになっちまった。杖術の腕前が天下一品でな。俺といい勝負だった」
宮下が机の端に伏せてある小さな写真立てに気付き、拾い上げる。
【宮下】
「(写真を眺め)……」
立花亮栄とその妻の仲睦まじい写真。
【土方】
「そいつだ。横にいるのは嫁さん」
【宮下】
「きれいな方ですね」
【土方】
「身ごもってた。それを亡くしちまったのさ。事故でな」
宮下は写真立てを机に上に戻す。
【宮下】
「なんとなく話が見えてきました。ところで、これ触ってもいいんですか?」
【土方】
「好きにしろ」
宮下は席に着き、パソコンを起動させる。
【宮下】
「いつから警官やってるんです? ひじ……土方さんは」
【土方】
「トシでいい。ここが、まだ邏卒本営って呼ばれてた頃だ」
【宮下】
「(驚いて)ずいぶん前からなんですね」
【土方】
「妙な坊主に捕まっちまってな。以来、この様だ。人に呼ばれなきゃ、外へも出られやしねぇ」
【宮下】
「え?」
【土方】
「見返りなんだよ。お前たちに力を貸してやってる間だけ好きにしていい」
【宮下】
「そんな。司法取引みたいじゃないですか」
【土方】
「ひと昔前は新政府のために働くなんざ、反吐が出そうだったけどな。今となっちゃ、どうでもいい話だ」
パソコンにパスワード入力画面が表示される。
【宮下】
「パスワード知ってます?」
【土方】
「合言葉か。カテバカングンだ」
【宮下】
「なるほど」
宮下がパスワードを入力すると、パソコンが立ち上がり、怪現象捜査専用ソフトの画面が現れる。
【土方】
「やるじゃねぇか、総司」
【宮下】
「まだ何もしてませんよ。これに特徴とか、目撃された場所を打ち込めば、自動検索されるんですね? 被疑者と言うか、その……」
【土方】
「化けもんがな」
宮下は滑らかなブラインドタッチでキーボードを叩くと、とどめと言わんばかりにエンターキーを押す。
【土方】
「お前も、あれか。オタクってやつか?」
検索中のパソコン画面がニタッウナルペの画像や動画。そして、詳細な説明文へと切り替わる。
【宮下】
「ニタッウナルペ」
【土方】
「それだ。昨日、追ってたやつ」
【宮下】
「(モニターに顔を寄せ、説明文を読み上げ)湿地に住む山姥。猟師が捕らえた獲物を隠したり、逃がしたりする。人を惑わし、山野で負傷者や睡眠をとる猟師などの生き血を吸う。生き血と引き換えに妊婦を難産から救うこともある」
【土方】
「逃げ足が速いってのも、ついでに付け加えとけ」
【宮下】
「あんまり悪そうじゃないんですけど、何したんです?」
【土方】
「三人の男を喰った。このひと月だけで」
<続く>
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