「御用改メ」第三話
〇1.アパートのリビング(夜)
廊下で壁のスイッチを使って灯りを点ける宮下。カーテンを開け放ったままの部屋に入ってくるや、紙袋をテーブルに置いてソファへ腰を下ろす。
【宮下】
「(一息吐き)……」
ニタッウナルペの影が窓の外を素早く横切る。
【宮下】
「?(窓を振り向く)」
何の変哲もない窓の外。
SE)紙袋の擦れる音
【宮下】
「(紙袋を見て)―喰うか……」
宮下は紙袋を手に取って開き、中をのぞき込む。
【宮下】
「うわっ‼(袋を投げ捨てる)」
テーブルに散らばるファーストフードに混じってニタッウナルペの手首が出てくる。
【宮下】
「(唖然として手首を眺め)……」
おもむろに指を動かすニッタウナルペの手首。
SE)激しいドアノック
宮下は、びくっとして玄関のほうを振り向く。
〇22.アパートの玄関(夜)
SE)激しいドアノック
宮下は忍び足で廊下を経ると、恐る恐るドアの魚眼レンズをのぞく。
ドアの向こうには石井が立っている。
鍵を外す宮下。ドアを開ける。
【宮下】
「(安堵して)石井さん……」
【石井】
「どいて、どいて!」
宮下を押し退け、土足で上がり込んでくる石井。
【宮下】
「(石井の後を追って)ちょ、ちょっと‼ なんのいたずらなんですか、これ⁈」
〇2.アパートのリビング(夜)
石井が部屋に足を踏み入れるや急に立ち止まり、宮下はぶつかり損ねる。
【宮下】
「―っと……!」
【石井】
「(窓を凝視し)あいつは男しか襲わない」
窓越しのバルコニーに立っているニタッウナルペ。負傷した腕を押さえ、身構えている。
【宮下】
「(事態に気付き)僕をおとりに使ったんですか⁈」
【石井】
「言ったら、やった? 来るよ!」
【宮下】
「来る? ―って、何が?」
ニタッウナルペが窓を突き破って部屋へ飛び込んでくる。
石井はニタッウナルペにカウンターパンチをお見舞いするが、全く効果がない。
【石井】
「⁈(僅かに怯む)」
ニタッウナルペが石井の襟首を掴んで投げ飛ばす。
宙を舞う石井。壁に激突し、テレビ台の上へ落ちる。
宮下は近くの椅子を振り上げ、ニタッウナルペの背後から打ち下ろす。
物ともしないニタッウナルペ。おもむろに振り返ると、宮下をにやりと笑う。
【宮下】
「(狼狽し)……!」
ニタッウナルペは負傷したほうの腕で宮下を払い飛ばす。
【宮下】
「‼」
宮下も壁に激突するが、落ちるのはベッドの上。
ニタッウナルペがテーブルに近付き、自分の手首を拾い上げる。
【石井】
「(大破したテレビを押し退け)いったぁ……」
手首と腕の傷口を合わせるニタッウナルペ。
ニタッウナルペの腕が、たちまち元通りにつながる。
大きく咆哮するニタッウナルペ。
【宮下】
「……まずい!」
ニタッウナルペが宮下に振り向き、涎を垂らしながら低く唸る。
【宮下】
「やっぱ、僕?」
一歩一歩踏みしめるように宮下に近付いてくるニタッウナルペ。
石井が上着の内ポケットから懐中時計を取り出すと、胸元で握り締める。
【石井】
「(目を瞑って祈り)……」
壁を背にして慌てる宮下。腰を抜かして動けない。
【宮下】
「ヤバい、ヤバい、ヤバい!」
ニタッウナルペは宮下の前まで来ると胸座を掴み、引き寄せてゆっくり大きく口を開ける。
宮下の眼前に迫るニタッウナルペの牙。
―と、刀の切っ先がニタッウナルペの横面へ突き出される。
【ニタッウナルペ】
「(刀に気付き)⁈」
刀を構えた土方がニタッウナルペの背後に立っている。えんじ色の小袖に黒の義経袴を履き、袖口にえんじ色のだんだら模様が入った黒の割羽織を上着にしている。額には黒い鉢金を付けた白鉢巻き、腹には真紅の竹胴。
【土方】
「御用改めだ。神妙にしやがれ」
【宮下】
「土方さん!」
【ニタッウナルペ】
「(土方を一瞥し)……」
ニタッウナルペの鋭い爪が密かに伸びる。
【土方】
「大人しくしてりゃ、斬らずに成仏させてやる」
不意にニタッウナルペが刀を払い除け、土方に飛びかかる。
土方とニタッウナルペの乱闘。両者は負傷しながら一進一退を繰り返す。
土方とニタッウナルペの攻防の度にインテリアが破壊され、壁や床や天井が破損していく。
ニタッウナルペが、じわじわと土方を壁際へ追い詰める。
【石井】
「くっ……(ようやく半身を起こす)」
石井は立ち上がれないながらもニタッウナルペの膝脇を蹴りつける。
ニタッウナルペが怯んだ刹那、土方が横一線にニタッウナルペの首を刎ね上げる。
ニタッウナルペの首は宮下の膝の上に飛び、宮下を睨むと大きく咆哮する。
【宮下】
「うわっ‼(首を宙へ放り投げる)」
土方がニタッウナルペの首を宙で唐竹割りにする。
首は床に落ちると同時にニタッウナルペの遺骸は煙を上げながら液状化する。
【土方】
「(刀を鞘へ納め)終わりだな」
土方は何事もなかったかのように部屋を後にする。
〇3.アパート・外観(夜)
SE)遠くに響くパトカーのサイレン
野次馬が、ばらばらと周辺に集まり始めている。
突然、宮下の部屋のドアがひとりでに開閉する。まるで誰かが出てきたように……
〇25.環境管理課(昼)
石井が、どぶろくの大瓶を宮下の机の上に突き出す。
【石井】
「はい、お願い」
【宮下】
「どぶろくが、いいんですか? お神酒って」
【土方】
「そりゃ、お前……」
【石井】
「あたしが好きなだけ」
【宮下】
「(あきれて)……」
【石井】
「なんか文句あるわけ?」
【宮下】
「い、いえ!」
【土方】
「初仕事にしちゃあ災難だったな、総司」
【宮下】
「最悪ですよ」
【石井】
「いいじゃない。捜査は終了。アパートの補修費用も署が出すんだし」
【宮下】
「そういうことじゃありません」
【石井】
「もしかして、からかわれた? 刑事課の連中に」
【宮下】
「(不貞腐れ)はい。異動早々、上司との激しいプレイもほどほどにしろって」
【石井】
「じゃ、今度は優しくシテあげる」
【宮下】
「(失望し)石井さん……」
【石井】
「あたしが、そういう感じの報告書出した」
【宮下】
「へ⁈」
【土方】
「嘘も方便ってやつだ」
【石井】
「知らぬが仏。不都合な真実は特に」
【宮下】
「これも十分に不都合だし、セクハラですよ」
【石井】
「何、やなの? 大体、コンプラのほう気にすると思ったら、そっちなわけ?」
【土方】
「(宮下をなだめるように)あの家は立ち退かなくてもいいんだろ?」
【宮下】
「はい。それは、まぁ……(土方をじっと見つめる)」
【土方】
「なんだ?」
【宮下】
「あの時計で呼べば来てくれるんですね?」
【土方】
「お前らの声が届きゃな。ただ、いつでも、どこでもってわけにゃあいかねぇぞ。行くか行かねぇかは、俺が決める」
【宮下】
「は⁈」
【石井】
「どうせ来たって三分だし」
【宮下】
「え⁈」
【土方】
「そんなこたぁねぇ」
【石井】
「帰るのだって、いつも気分次第じゃない。超テキトー」
土方は目を逸らしてとぼける。
【宮下】
「マジですか……」
〇4.国道(夜)
深い森林中を通る広い一本道。行き交う車はない。
かなりのスピードを出して一台の大型トラックがやってくる。
〇5.トラックの運転席(夜)
SE)ラジオから大音量で流れる音楽
トラックを運転する運転手。鼻歌交じり。
【運転手】
「ふんふふ~ん……」
運転手がカップホルダーのコーヒーへ手を伸ばし、一瞬だけ前方から視線を逸らす。
〇6.国道(夜)
不意に森の中から姿を現す立花亮栄(32)。ふらふらと道路へ出てくる。
【立花】
「(呆然と前だけを見て)……」
立花は、そのまま道路を歩いて横切ろうとする。
〇7.トラックの運転席(夜)
【運転手】
「(立花に気付き)わぁっ‼」
運転手は咄嗟にブレーキを踏み、ハンドルを目一杯に切る。
〇8.国道(夜)
トラックはすんでのところで立花をかわすが、横転しながら道路脇の大木に激突する。
立ち止まる立花。トラックのほうを無造作に振り向く。
トラックの正面は大きくひしゃげ、ひび割れたフロントガラスから圧死した運転手が垣間見える。
【立花】
「(死んだ運転手を無表情で見つめ)……」
再び歩き出す立花。道路を渡った先の森の奥へ姿を消していく。
<終わり>
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