ハードルの高い焼肉店

『焼肉、食べたいなぁ。』

子供ができてから、妻がふと漏らすようになった言葉の一つがこれだ。

確かに、子供が生まれてから、妻と一緒に焼肉店に行ったのは、片手で数えられるほどしかない。

子供が生まれるまでは、妻と二人で行く外食のうち3回に1回は焼肉だったのに。

想像してみてほしい。

少し考えれば、小さな子ども連れの家族が、焼肉屋に行くのはハードルが高いことが容易に理解できるだろう。

動きまわったり、食べ散らかしたり、ぐずったりする子供を片手に抱え、自分たちで肉を焼き、適当な焼き加減のところを見計らって、箸で肉をつまみ上げ、口に運ぶことがいかに困難なことであるかを。

往々にして、せっかくの上質な肉を焼きすぎてしまい、落胆してしまうことが多い。

加熱された熱々の網に手を伸ばそうとする子供を必死に押さえつけたりしなくてはならないことだって度々だ。

これが、店員さんがすべての肉を焼いて、取り分けてくれたりする高級焼肉店だったり、目の前の鉄板で焼いてくれるステーキ店だと、一気にハードルが下がるので、家族を連れていきやすい。

そんな苦労を見越しても尚、久しぶりに妻を焼肉店に連れて行こうと決意し、昨夜は知人から教えてもらった、近所に新しくできた個室がある焼肉店に妻と子供を連れて、車で訪れることにした。

お店に足を踏み入れると、すぐ左手に巨大な水槽があり、そこに大きな褐色のアロワナと青みがかった白色、黄金がかった白色の2匹の鯉が、優雅に泳いでいた。

店員さんに誘導され、通された個室は、黒色がベースにした原色が映える高級クラブのような、子供連れには似つかないドギツイ雰囲気の部屋だった。

ここは、合コンや接待、お金持ちのおじさんたちがお気に入りの女性と一緒に訪れるような類のお店なのだろうと僕は確信した。

家族連れの来店は、完全に場違いな感じだった。

でも、念願の焼肉店を訪れた妻は、そんな逆境をものともしていない様子だった。

『帰りの車の運転は僕がするからお酒を飲んでもよいよ。』と勧めると、妻は嬉しそうにグラスの白ワインを頼み、僕は黒烏龍茶を頼んだ。

キムチ、ナムル、チョレギサラダ、韓国海苔、塩タン、ハラミ、イチボ、トモサンカク・・・テールスープ、クッパ、締めのプリン

昨夜は、多品種少量を意識して注文し、息子の駄々と格闘しながらも、食事を楽しんだ。

お店を出て、近くの駐車場まで歩く道すがら、お腹いっぱいと喜ぶ妻の笑顔を見て、労を厭わず一緒に来てよかったと胸をなでおろした。

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