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ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2020-2022: Vol. 3「成熟した果ての〈価値観の“再”転倒〉」

 コロナ禍の2020年以降、Vaporwaveシーンはどのように変容していったのか——〈Local Visions〉主宰sute_aca氏を迎えてお送りする短期連載の3回目は、Vaporwaveから影響を受けた日本国内のカルチャー、またメタバースやVTuberとの関係などを探っていきます(連載第2回はこちら)。

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“昭和グルーヴ”を生んだNight Tempoの功績

ΔKTR レコード屋さんでVaporwaveとして掲げられているものを見ると、日本では主にFuture Funk関連の作品がVaporwaveとして受け取られている印象があって。たとえば、Future Funk人気の筆頭にNight Tempoがいると思います。ただ、竹内まりやの「Plastic Love」をリミックスして話題を呼んだ2016年当時と現在のNight Tempoでは、もちろん違うじゃないですか。

ヒタチ やっていることは全く変わっていないんだけどね。でも、本人を取り巻く環境が変わった。

ΔKTR 捨てアカさんにとって、Night Tempoがどういうふうに見えるのか気になります。

捨てアカ Night Tempoの活動は偉大だと思っていますよ。彼の活動を振り返ってみると、2015年頃に〈Future Society Collective〉〈Artzie AM Collective〉といったVaporwave文脈のなかでも、ひときわディスコやファンクに特化したコレクティヴが頭角を現してきた時期がありました。特徴としては、チルウェイヴ文脈から発生した〈KEATS//COLLECTIVE〉よりも『SAILORWAVE』寄りで、オタク要素が強めなこと。それがのちにFuture Funkと呼ばれるムーブメントへと変わっていったのは、翌年の2016年。その当時は〈ピンクネオン東京〉が発足して、オーガナイザーのhy_peさんが主催する『Pool』というイベントにNight TempoやマクロスMACROSS 82-99VANTAGEといった現行Future Funkを代表するアーティストが出演し、日本のクラブシーンでも注目を集めるようになった時期でした。Night Tempoは、日本のクラブやポップカルチャーにFuture Funkを接続してきたアーティストのひとりでしたね。Future Funkが定着した2019年頃になると、Night Tempoはサンプリング元となった楽曲の権利を持つレコード会社やアーティストに積極的に働きかけ、権利関係をクリアにした“オフィシャルFuture Funk”を初めて実現させました。それがのちの“昭和グルーヴ”へと繋がっていくわけですが、「Sampling Is God Copyright Is Joke」なVaporwave/Future Funkシーンにおいて、Night Tempoが権利問題を乗り越えたことはとても意義があることだと思います。アートワーク面でもそれは顕著で、Future Funkのジャケットって80年代のアニメのスクショだったりするじゃないですか。

ヒタチ アレをそのままレコード化してるの見て、ヒヤヒヤしたよね。いちおうイラストを描きなおしてるけど、「それってトレスじゃん」っていう。

捨てアカ そうなんですよ。2020年には、〈Artzie Music〉にアップされていたTANUKI「BABYBABYの夢」の動画が小学館集英社からの著作権侵害申し立てによって削除されるという一件もありました。でも、Night Tempoの場合はイラストレーターに依頼して自分の理想のヴィジュアルをゼロから作り上げてきたんですよね。複雑な問題をひとつずつクリアして前に進んでいく姿勢はとても素晴らしいと思います。Vaporwaveもダイアナ・ロスや山下達郎から許可をとってオフィシャルでやればいいんですよ(笑)。

ヒタチ R23Xがデザイナーとして属していてEquipも作品をリリースしている〈Yetee〉は、コナミやタイトーのゲームサントラをオフィシャルで出してますね。でもあれはサンプリングというよりあくまで別の文脈だろうし、ダイアナ・ロスやヤマタツとなると一気に難しくなるだろうなあ。

捨てアカ “昭和グルーヴ”以降のNight Tempoについてはあまり詳しくないんですが、日本の歌謡曲のファン層ってとても広いじゃないですか。だから、そういう熱烈なファンとか、Future Funk以前から日本のポップスの魅力を発信してきたDJの方々からも熱烈に注目されるんだろうなと思います。

ヒタチ 周りの大人たちの神輿担ぎぶりがね……。先日出たオリジナルアルバム『Ladies In The Sky』はゲストがとにかく超豪華だよなあ。人選に関してよく勉強してるとは思う。

捨てアカ 世代を超えて多くの人たちに親しんでもらえるような人選ですよね。彼は日本でウケそうなスタイルを常に意識しているような印象もあります。数年前にtofubeatsさんの『HARD-OFF BEATS』が話題になったあとに「ハードオフのBGMをVaporwaveにしました!」みたいなマッシュアップをツイッターにアップしていたり。

ヒタチ ハードオフのBGMにビートつけてエミネムのラップを載せたりとか、マッシュアップ的なものをやり始めた時期があったね。

ΔKTR こないだはツイッターに「金曜ロードショーのOPにビートを足しました!」というのを上げてて、「それってFuji Grid TVじゃん」と思いました。そういうところのマナーは守るんだって感心したんですけどね。

ヒタチ Vaporwaveに対する目配せはいまも続けてるわけね。

捨てアカ Vaporwaveってすごくハイコンテクストな文化だと思うんですけど、Night Tempoがそうやってわかりやすく解釈して、“昭和グルーヴ”という形で大衆向けにパッケージしてくれたおかげで、Vaporwave/Future Funkを知ることができた人も多くいると思うんですよ。

ヒタチ それこそ声優・歌手などマルチに活躍する上坂すみれがVaporwaveについて語ってる記事があるけど、彼女もFuture FunkやNight Tempoがきっかけみたいだね。ぶっちゃけ“昭和グルーヴ”って言葉自体もFuture Funkの日本向けの意訳というか、言い換えだものね。一方でFuture Funkといえば、山PのVANTAGEリミックスがあるじゃないですか。どういう経緯で依頼されたのか気になった。

ΔKTR VANTAGEはダンスミュージック・アルバムを作ってるみたいなんで、これから発表になるんじゃないかな。

ヒタチ ちょこちょこシングルが出てるけど、一緒にやってるのはTodd Edwardsだっけ? 元々フレンチ・ハウスの界隈にいた人なんでしょ?

ΔKTR レコード屋の店員だったって聞きました。

捨てアカ 今も日本にいるんですか?

ΔKTR 東京や関西のクラブイベントで精力的に活動されてますし、今年のSUMMER SONICにも出ました。

“懐かしいけど新しい”ニュートロとVaporwave

ΔKTR Vaporwaveが出現してきて、日本の音楽家たちも反応するなか、取り入れるのがいちばん早かったのは小室哲哉で、その次が田我流だった気がするんですよね。音楽的にではなく、詞として取り入れていた。今年に入ってからは、冨田ラボがシングル曲をアルバムでチョップド&スクリュードしていて、ポップス側の人が手法として取り入れることもあるんだと思いました。この先も日本でVaporwaveを取り入れていく事例は増えていくんですかね?

ヒタチ 『新蒸気波要点ガイド』でも寄稿してもらったimdkmさんが冨田ラボさんと何度か対談してるんですよ。その関係で知ってくれたのかもしれないんですが、自身のYouTube動画で「最近こういうの読んでるんです」って紹介していた書籍のなかに『新蒸気波~』が入ってて。新譜のその曲もいわゆるポップスなのに、ものすごく遅く加工されてたね。

ΔKTR Vaporwaveの手法として、これから用いられることはない気がしてました。

ヒタチ そもそも、スクリューってドラッグありきの文化だからね。日本ではなかなか伝わりづらいと思う。

捨てアカ 「遅くすれば気持ちいい」みたいな感覚はわかりづらいですよね。

ヒタチ 日本の場合、速くすると思う。映画を倍速で見るように(笑)。

捨てアカ 倍速視聴へのアンチテーゼとして、我々はVaporwaveを聴いているという。

ヒタチ どっちかっていうと、Vaporwaveからの影響は、日本ではヴィジュアル面のほうが強いんだろうね。

捨てアカ そもそもアジア圏でVaporwaveなヴィジュアルが認知され始めたのは2015年から16年頃で、K-POPが発端だったと思います。NCT DREAMは「Chewing Gum」という楽曲のMVのなかで、パステルカラーやCGレンダリングといったお馴染みのモチーフを取り入れていますし、ブラウン管やカセットテープ、ネオンなどのレトロなプロダクトを取り入れたEXO、レトロ調なPCグラフィックデザインでポップに彩ったTWICEIUなど多くのアーティストがVaporwaveを感じさせるレトロなデザインを採用していました。

ΔKTR 日本よりも先にね。

捨てアカ 音楽以外の分野でも、有名な韓国コスメブランド、エチュードハウスが『愛天使伝説ウェディングピーチ』という古いアニメとのコラボ・コスメを発表していましたし。

ヒタチ 『ウェディングピーチ』!? 当時、『セーラームーン』ヒットの煽りで半年ぐらいやってたんだよね。あれまで掘り起こされてたんだ(笑)。

捨てアカ そんな感じで、Vaporwaveもひっくるめたレトロブームみたいなものが到来していた時期だったんじゃないかなと思います。そういったK-POPやファッションの分野から日本のおしゃれな若者に伝播していったという経緯なのかなと。ちなみに、現在ではそういう「懐かしいけど新しい」ようなデザインをニュートロ(Newtro)と呼ぶそうです。

ヒタチ ニュートロ、たまに聞く単語だったけどここで出てくるのか。

捨てアカ あと、2018年にインスタグラムのGIFスタンプ機能が実装されたことで、みんなが手軽にVaporwaveデザインにアクセスできるようになったのも大きな影響だといえそうです。その頃から、若者が自撮りにVaporwave風の加工を施すのも珍しくなくなりました。ティーン向けのメディアに「おしゃれな人ならみんな知ってるVaporwaveって?」みたいな見出しの記事が出現したり。

ヒタチ で、そこで音楽として真っ先に取り上げられるのがNight Tempoって感じか。

捨てアカ そういう層も取り込んでしまうほどヴィジュアルのインパクトが先行していたということですよね。

ΔKTR・ヒタチ なるほどねぇ。

捨てアカ ところで、今朝ツイッターを見ていて知ったんですが、「マツケンサンバ」でお馴染みの松平健がシリーズの新作で「マツケンEDM」を出していました。

ヒタチ・ΔKTR (笑)

捨てアカ で、そのMVがVaporwaveなんですよ。

ヒタチ マジで!? (検索して)本当だ!

捨てアカ 上様ご乱心かと思いました……。

ヒタチ 「イビザのうねりを」って言ってる!

ΔKTR 届いているんでしょうね。

ヒタチ 『水曜日のダウンタウン』にも見える。グラフィックのなかにSynthwaveっぽさもある。

捨てアカ Synthwaveの夕陽も、まさか徳川家の家紋にされるとは思ってもなかったでしょうね。

ヒタチ これはまさしくVaporwaveって感じだね。あくまでヴィジュアル面のみだけど。

ΔKTR Future Funkの次に人気があるのって、SimpsonwaveのときのHOMEの『ODESSEY』みたいなSynthwaveだと思うんですけど、あのタイプのものっていっぱいありますよね? Hotel Poolsとかもそうだと思うんだけど。

捨てアカ そうですね。〈Electronic Gems〉を観ていると海外におけるSynthwave人気は根強いなと感じます。

ΔKTR ああいうアプローチもアメリカで定着してますよね。

捨てアカ Vaporwaveに近接したSynthwave系のレーベルですと〈Midwest Collective〉〈Stratford Ct.〉が大手なんですが、どちらもアメリカのレーベルです。また、僕が運営している〈Local Visions〉からリリースしたupusen君の作品はSynthwaveに影響を受けているんですが、アナリティクスを見てみるとアメリカのリスナーがダントツで多い。

ヒタチ それこそ、upusen君はHotel Poolsの作品に参加してるんでしょ?

捨てアカ そうですね。日本でSynthwave本流なアーティストと関わりがあるって、なかなかすごいことだと思います。

ΔKTR Synthwaveってヨーロッパ的というよりも、アメリカナイズされた音楽という感じなんですかね。

ヒタチ いまのSynthwaveのイメージの源流みたいになってる『ホットライン・マイアミ』がアメリカ・テキサスのゲームだしね。

メタバースとVTuber

捨てアカ Vaporwaveはインターネットとの親和性が抜群だと思うんですが、ちょっと前から話題になっているメタバースと関わってくることはあると思いますか?

ヒタチ Vektroidも完全にVTuber(ヴァーチャル・ライバー)化してしまっているし、架空の体でライブするのもナシじゃないと思うんけど、そういうのは嫌なのかな。

捨てアカ Vektroidはレトロゲームの実況や楽曲の制作風景を配信していますよね。

ヒタチ プログラミングをやってる動画もあった。

捨てアカ ヴァーチャルなアプローチを音楽活動に活かしているアーティストとなると、それこそヴァーチャルシンガーの花譜とか有名どころになっちゃうのかな。

ヒタチ でもVektroid以降、ほとんど聞かないからなあ。一般化してないのかも。日本だと最近はREALITY(ヴァーチャルライブ配信アプリ)で遊ぶ界隈があるけど、Vaporwaveはあんまり関係ない。

捨てアカ REALITY、最近はForestlimit(東京・幡ヶ谷のイベントスペース)周辺のシーンでアツいなと思って見ています。

ヒタチ 日本発のVTuberも、Vaporwaveとは直接的な繋がりはそれほどないんだよなあ。星街すいせいとTaku Inoueのプロジェクト「Midnight Grand Orchestra」のPVやデザインが、2814とかDreampunkをちょっと意識してるなってぐらいで。

捨てアカ 『新しい日の誕生』っぽいヴィジュアルですね。そういったヴァーチャルシンガー関係だと、AOTQさんがメトロミューさんに〈ピンクネオン東京〉のkissmenerdygirさんがVShojoのVTuber・Nyannersに楽曲提供していますねミカヅキBIGWAVEさんもSomuniaさんをフィーチャリングしていたり

ヒタチ Moe Shopも「電音部」をはじめ、VTuberがらみのプロジェクトにいくつか参加してるし、やっぱりここでもFuture Funkが目立つ。そういえば、活動休止したキズナアイがDE DE MOUSEとコラボしてたけど、デデさんがここ最近Future Funkづいてるんですよね。自作のアニメリミックスをガンガンかけてるし、新曲もそのノリで。もともとは出自の違うアーティストが「Future Funkやってます!」と打ち出すのって、日本ではけっこう珍しい例なんじゃないでしょうか。

捨てアカ 最近の中田ヤスタカさんにもそんな印象を受けます。Perfumeの「ポリゴンウェイヴ」や、CAPSULEの「フューチャー・ウェイヴ」とか、ヴィジュアル・楽曲ともにウェイヴ志向でFuture Funk、Synthwaveっぽさがあります。Sexy Zoneの新曲のヴィジュアルもそんな感じでしたよね。

話を戻すと、バーチャルねこさんがupusen君好きを公言していたり、蒸気ナミさんもいましたね。

ヒタチ バーチャルねこさんは『新蒸気波~』でも糸田屯さんが取り上げていました。ふたりとも、まだVTuberの概念が出て間もない最初期からマイペースに活動している。Vaporwaveを打ち出してるのはそのふたりぐらいかな。空想料理店 蟹みたいに1990年代風CGをやっている人はいるけど、Vaporwaveの影響は公言してないようだし。

捨てアカ そういえば、VTuberの配信でもお馴染みの『NEEDY GIRL OVERDOSE』の製作陣がVaporwaveのヴィジュアルからの影響をインタビューで語っていましたね。

ヒタチ 『NEEDY GIRL』! あれは大ヒットしてるし、コロナ禍以降、Vaporwaveの影響を明言している日本の作品としていちばん有名かも。でも、これもやはりヴィジュアル面だけだ。

捨てアカ こうしていろいろ並べてみると、Vaporwaveのヴィジュアルが日本のポップカルチャーにもたらした影響ってすごいですね。

日本のカルチャーとの影響関係

ΔKTR コロナ禍になって以降、Vaporwaveの表現が取り上げられたり、それに対する反応があったりして新しいものが生まれているように見えます。

ヒタチ ただし、日本では音楽的には影響があまり感じられない。

ΔKTR Vaporwaveのサンプリング元が再発されることは増えてるじゃないですか。調べてみると、Vaporwaveがきっかけになっていることはありますけどね。

捨てアカ 話題作の影響元としてピックアップされる様子は頻繁に見かけるんですが、Vaporwaveそのものはそれほど日本では流行してないですよね。というか、流行してしまったらそれこそ異常事態な気もします。

ΔKTR たとえばヒップホップの場合は、サンプリング元とサンプリングしたトラックが両方チャートを駆け上がっていくということがあるんだけど。あと最近ずっと気になっていることなのですが、Future Funkでサンプリングされているレコードの価格は高騰するのに、Vaporwaveがサンプリングしたレコードは全く上がらないんですよ。クラブで使えるか使えないかっていう違いが理由なのかなあ。

捨てアカ それはあると思いますよ。踊れるかどうかって重要だと思います。踊れる方面だと、よくサンプリングされている山下達郎はシティポップ的な面で再評価されて海外人気もあるんですが、大瀧詠一なんかはサンプリングされている様子を全く見かけませんし、音源動画のコメント欄も日本の古くからのファンで占められています。単純に踊れないのでしょう。踊れないほうはスクリューしてVaporwaveにするしかないですね。

ΔKTR (笑)

ヒタチ サンプリングの元ネタがどうこうというよりも、いま聴くとVaporwaveに聞こえる、っていう解釈でNew Ageが再評価されるようなことのほうが多いんじゃないですかね、Softwareとか。やっぱりVaporwaveは、エクスペリメンタルがダンスミュージックの方法論としてスクリューを取り入れたという図式でしかないからなのかな。特にJ-POPとしては使いづらい。

捨てアカ 単純にわかりにくいのかもしれないですね。

ヒタチ 結局、“昭和グルーヴ”がわかりやすい。

捨てアカ 早回しにしてビートをガンガン足したほうが単純明快ですもんね。こちらも対抗して、“昭和スクリュー”っていうものすごい遅回しの昭和歌謡曲をやりましょう。

ΔKTR 誰もやってないですよね。

ヒタチ 各所から怒られそうだなあ……。でもそれを言ったら、░▒▓新しいデラックスライフ▓▒░​​やFuji Grid TVは“昭和スクリュー”といえるんじゃない? 元ネタは平成のほうが多いだろうけど。

捨てアカ 確かにそうですね。ただ、░▒▓新しいデラックスライフ▓▒░​​とかSignalwaveの諸作って、日本語話者からするとどこかコミカルに聴こえるじゃないですか。悪ふざけだと思われる場合もありそうですよね。

ヒタチ MADテープと同じになっちゃう。そういう感じのものはグラフィックとかテレビでもやたらに見るし。

ΔKTR いまだにヴィジュアル面では使われますよね。NHKの『コントの日』というバラエティ番組でVaporwaveが取り上げられたこともありましたけど、取り入れる理由はいまひとつわからない……。

ヒタチ あったねー。あと、スチャダラパー周りの人がデザインを手がけている『水曜日のダウンタウン』とか。

ΔKTR ODDJOBですね。ネット発祥の文化がお茶の間まで届くんだって思いました。

ヒタチ でも極端にいえば、Night Tempoの「北酒場」リミックスのジャケみたいなのを指して「今日びの若者はこれがクールなんだろ?」とかマジで勘違いされる恐れが……。YouTubeって動画のサムネがバーッと並ぶじゃん? もちろんちゃんと作り込んでる人もいるんだけど、基本は配信主本人がデザインして作ってるから、ものすごい適当だったりするのね。そういうのを「Vaporwaveっぽくていいだろ?」って雑に解釈されたりとか。

捨てアカ もともとダサいものと見なされている、いわゆるイナタいデザインがVaporwave以降、クールなヴィジュアルへと転じる「価値観の転倒」的な面白さが当時はあったんですけど、最近は“あえて”そういうダサいデザインを取り入れるのが珍しくなくなって、一周回ってまた単純にダサいだけに落ち着きつつありますね。

ヒタチ 「osaka書体」で適当に作った文字が立体になってグルグル回ってるとか。まあそこまでいっちゃうと、もはやVaporwaveだけどね。そういえば捨てアカさん、『ドンブラザーズ』って知ってる?

捨てアカ 名前だけは聞いたことがあります!

ヒタチ 桃太郎がモチーフの戦隊モノ最新作なんだけど、正式タイトルは『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』で、変身後の姿がアバターということらしいんですよ。戦うシーンは実写なんだけど、5人いるメンバーのうち2人がCGなの。

捨てアカ 戦隊モノにCGの架空の人物が出演しているんですか?

ヒタチ 異常に頭身が長いメンバーと短いメンバーがいるんですよ。2頭身のやつと8頭身ぐらいあるやつがCG。

捨てアカ 本当だ。

ヒタチ 予算の関係もあるだろうけど、意図的にちょっと安っぽいCGにしてるんだよね。

捨てアカ いまの戦隊モノってこんな感じなんですね……。僕は『カーレンジャー』世代なんですけど、ジェネレーションギャップを感じます。

ヒタチ 普通、最後はロボットに乗って戦うじゃない? でも『ドンブラザーズ』はアバターだから、ヒーロー本人がロボットになるんですよ。

捨てアカ 人間がロボットになるんですか?

 ヒタチ 敵の怪人がやられたあとに巨大化してロボット戦になるんだけど、一気に画面が変わって、Synthwaveみたいな電脳空間になるんです。そういうのって1980年代にもよくあったんだけど、それを意図した焼き直しでもある。ただちょっと違うのは、細かい意匠として文字化けした漢字が入ってたり、文字化けが細かい輪っか状になってグルグル回り出して変身するみたいな演出がいっぱい出てくる。

捨てアカ へー! 文字化けのようなグリッチ手法はVaporwaveでもお馴染みですよね。

ヒタチ Vaporwaveを意識してるのかどうかはわからないけど、話自体も、半年経ってもメンバーのひとりだけ正体(変身前)が残り4人には伏せられたまま進んでいくとか、変則的な展開でね。こんなに説明がしづらい設定と物語なのに、劇中だと難しいSF設定は軽く済ませつつ、人間関係を細やかに描写しながらサクサク進むんで、観てて超面白いっていう。

捨てアカ 今度観てみます。そういえば、『プリキュア』でもVaporwaveっぽい映像が取り入れられているってツイッターで見たことがあります。トレンドなんでしょうかね?

ヒタチ 我々の目には、『セーラームーン』がいちばんわかりやすく目立ってて、パステル調のファッションとかヴィジュアルが若者の間でトレンドになっているように見えるけど、あの色調を多用するのって女児向けアニメの世界ではずっと続いていることなんですよ。ものすごく雑な言い方をすれば、『プリキュア』って『セーラームーン』を現代向けにアップデートさせたものだから。たとえば作中やエンディングのダンスシーンが3DCGなのはもうずいぶん前からだし、前述のニュートロの流れとは別に、そもそも女児向けアニメ的なグラフィック表現が一般的になってきてると思う。それこそ『NEEDY GIRL~』なんかはその意匠返しなんだろうし。

捨てアカ なるほど! そういう視点は全然なかったので面白いなあ。

ヒタチ ひとつ前の仮面ライダー『リバイス』もピンク色でした。

捨てアカ Seapunkっぽい。

ヒタチ CGもわざとチープなものを使っていたり。だから、日本のテレビではあたりまえのように見られていたものがネットを通じてSeapunkとかVaporwaveみたいなものの元ネタになっていって、歴史が分断されたいまの視点から見ると「一見違うけど似ているように見える」というか。そういう意味では「Vaporwave“を”取り入れている」というよりは、むしろ逆に「Vaporwave“が”取り入れている」んだと思います。
次回に続く)

2022年8月13日収録

『新蒸気波要点ガイド』の詳細・購入はこちら

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sute_aca(ステアカ)
島根県出雲市在住。音楽レーベル〈Local Visions〉主宰。『新蒸気波要点ガイド』『ユリイカ』『ele-king』『MASSAGE MAGAZINE』等でVaporwave関連の寄稿を行う。レコード・カセット蒐集家。Twitterが好き。https://twitter.com/sute_aca_

ΔKTR(アクター)
ビートメイカー、音楽プロデューサー、A&R。2013年よりチリ、ローマ、台湾、LA等国外レーベルからカセット、レコードでのアルバムを発表。2015年〜20年まで〈New Masterpiece〉のA&Rとして参加。『新蒸気波要点ガイド』の編集・企画者。
https://aktr.bandcamp.com/

hitachtronics(ヒタチトロニクス)
電子音楽レーベル〈New Masterpiece〉主宰、『新蒸気波要点ガイド』ではレーベル名義で編集を手がける(共同編集)。2018年、海外Vaporwaveアーティストの来日ツアー『NEO GAIA PHANTASY』に協賛。サブレーベルに〈WOOD TAPE ARCHIVES〉。たまにイラストも描く。
https://newmasterpiece.tumblr.com/

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