「週刊カニエ・ウェスト」Vol.2
『カニエ・ウェスト論 《マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー》から読み解く奇才の肖像』(カーク・ウォーカー・グレイヴス著、池城美菜子訳・解説)の発売を記念した隔週連載「週刊カニエ・ウェスト」の第2号を更新しました。本書とあわせてお楽しみください(前号はこちら)。
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・《My Beautiful Dark Twisted Fantasy》の制作秘話を明かす——リック・ロスの自伝が発売
リック・ロスが自伝『Hurricane』を9月3日に上梓(じょうし)した。フェイダー誌では本書からの一部抜粋を読むことができる。
自伝でロスは、カニエに召集されて訪れたハワイのエイヴェックス・ホノルル・スタジオでの《My Beautiful Dark Twisted Fantasy》制作秘話を綴っている。
『カニエ・ウェスト論』にも、《My Beautiful~》におけるカニエのねらいは、文句のつけようがない傑作を作ることで贖罪を果たし、一度は自分を見限ったリスナーたちの「CD棚に戻る」ことであり、その制作環境が特殊であったことについての記述があるが(P.68)、ロスも現場に到着すると同時に、普段とは異なるただならぬ空気を肌で感じ取ったようだ。
自伝によると、スタジオに足を踏み入れたロスの目にまず飛び込んできたのは、禁止事項を列挙した次の張り紙だったという。
ツイート禁止
ヒップスター気取りの帽子禁止
ラップトップは消音にすること
時には口をつぐむこと
ツイートはくれぐれも差し控えること
ブログへの書き込み禁止
ネガティヴな内容のブログは閲覧も禁ず
この場でおこなわれていることはだれにもいっさい他言無用!
音楽の再生中および制作中は集中力を絶やさないこと
スタジオの別にかかわらず、全神経をこのプロジェクトに注ぐこと
アコースティックギターのもち込みは禁止
写真撮影厳禁
自伝ではそのほかにも、カニエが《My Beautiful~》の提出締め切り日の前日に、ロスに〈Devil in a New Dress〉のヴァースの書き直しを要求したことなど、興味深いエピソードが披露されている。
彼[カニエ]は、俺に新しいヴァースを書くよう催促してきた。俺がハワイで仕上げたヴァースを彼は気に入っていなかったのだ。
「あなたなら、もっといいものができるはず」彼は言った。
彼が言ったのはそれだけだった。用件だけ伝えると彼は立ち上がり、そそくさとスタジオを出ていってしまった。
その場から彼が立ち去ってくれたのは好都合だった。そのとき起きたことを整理するのに、時間が必要だったからだ。長年この仕事をしてきたが、ヴァースを書き直すように言われたのは初めてのことだった。俺が無名だったころにゴーストライターをやっていたときでさえ、そんなことは言われたことがなかった。
面食らったが、気分を害しはしなかった。腹も立たなかった。これにはわれながら驚いた。カニエが俺を怒らせたくて言ったのでないことは、わかっていた。彼はハワイ滞在時にほかのみんなにしたのと同じように、俺の背中を押すためにあのようなことを言ったのだ。あとは俺次第だった。彼の要求を侮辱と受け取ることもできるし、俺に対する挑戦として受けて立つこともできる。俺は後者を選ぶことに決め、2時間後に新しいヴァースを書き上げた。それは、いまやファンの多くが俺のキャリア史上最高の出来だと考えるヴァースとなった。
なお、〈Devil in a New Dress〉については、『カニエ・ウェスト論』収録の「マジック・アワーに包まれた、悪魔との戯れ」(P.137)の章で論じられている。
・キッズ・シー・ゴースト続編の可能性も示唆——キッド・カディとNIGO®︎がコンプレックス誌の表紙を飾る
昨年、キッズ・シー・ゴースト名義でカニエとのコラボアルバム《Kids See Ghosts》を発表したキッド・カディが、ファッションデザイナーのNIGO®︎とともにコンプレックス誌の表紙に登場。インタビュー記事では、ふたりが初めて会ったときの話から、ストリートファッションの現状や音楽のことなどについて語っている。
インタビューでカディは、リハビリを経たいまの時点で表現したいことは《Kids See Ghosts》ですべて出し尽くしたと話す一方、カニエのほうはアルバムの続編制作の意思があることを彼に伝えているそうだ。
「不思議な感じだよ。そもそもあのアルバムだって、彼[カニエ]がどれだけ真剣に俺と一緒に作る気でいるのかわからなかったからね。口にはしていたけど、てっきり彼のその場の思いつきぐらいのものだろうと思っていたんだ。ところが彼は何度もこの話をもち出し、俺を家に招くようになり、音楽を聴いたり、ビート作りにとりかかり始めたんだ。そこでようやく彼が本気だってわかった。彼はスピリチュアルなアルバムにしたいって言うから、俺も『いいね。ぜひそうしよう。やりがいがあるよ』って答えたのさ。だから、きっとこれきりで終わりにはならないと思う」
・カニエが語るキッド・カディの革新性
上述のコンプレックス誌に掲載された特集記事では、カニエがカディについて次のように語っている。
「初めて耳にしたカディの声や節回し、作品の題材、それから彼特有のメロディに乗せたラップには、ボーン・サグズ[ン・ハーモニー]を聴いたときに感じた以来の新鮮さがあったんだ」
・あの名盤の“青写真”になったのは、カニエのビートテープだった——《The Blueprint》発売から18年
デフ・ジャム・レコーディングスがジェイ・Zの《The Blueprint》の発売日である9月11日にあわせて、同作の制作に携わったロッカフェラ・レコーズの関係者に取材をおこなったオーラル・ヒストリー記事を公開した。
《The Blueprint》はジェイ・Zの代表作であるだけでなく、トラックを提供したカニエがこれを機にプロデューサーとして一躍脚光をあびるようになり、その後の躍進につながった作品でもあるが、もともと〈Takeover〉のビートはビーニー・シーゲル(残された制作期間内では、サンプリングしていたドアーズの楽曲の使用許諾を得るのが難しかったため却下)、〈Izzo〉はゴーストフェイス・キラ、〈Ain’t No Love〉はDMXのために制作されたものだったという。
また同記事では、《The Blueprint》の成り立ちについても当事者たちが語っている。
とある金曜日、まだプロデューサーとして駆け出しだったカニエがスタジオにもち込んだ全9トラック入りのビートテープ(CD)を聴いて大いに感化されたジェイ・Zは、上述の3曲と〈Never Change〉を次の日までに書き上げ、《The Blueprint》の制作が始動したという。エンジニアのヤング・グールーは次のように証言している。「ジェイはカニエのCDでゾーンに入ったんだ。あのCDはそれぐらいの熱を帯びていた。《The Blueprint》はそうして始まったのさ」
・“おいおい、まるっきりちがう曲になってんじゃねえか”——〈Can't Tell Me Nothing〉の真相
8月に最新作《TM 104: The Legend of the Snowman》を発表したジージーがHipHopDXのインタビューを受け、カニエの大ヒット曲〈Can't Tell Me Nothing〉の誕生経緯を明かした。
ジージーいわく、彼が自身の〈I Got Money〉に参加してもらうため、カニエにビートを送ったところ、カニエはこの曲の制作者がだれかを尋ねたという。彼がプロデューサーのDJトゥーンプの名を告げると、カニエは連絡をとった。そしてカニエは自分のヴァースを加えただけでなく、ビートをすっかり作り変えてジージーに送り返したのだった。当惑したジージーはそのときのことを、次のように述懐している。「おいおい、まるっきりちがう曲になってんじゃねえか。明後日にはレコード会社に提出しないといけねえんだぞ」
結局、〈I Got Money〉はカニエのヴァースなしでアルバム《Thug Motivation 102: The Inspiration》に収められ、リリースされた。
しかし半年後、ロサンゼルスにいたジージーのもとに、聴かせたい曲があるからスタジオに来てほしいとカニエから連絡が入る。ジージーがそこで耳にしたのは、彼がお蔵入りにした曲であり、のちに〈Can't Tell Me Nothing〉としてリリースされる曲だった。「それはたしかに、あのとき彼が送り返してきたのと同じ曲で、ヴァースも同じだったけど、さらに新しいヴァースが加わっていた。俺のアドリブを残したまま使っていいかと訊かれたから、好きなようにしてくれって言ったんだ」
その後、ロンドンの音楽フェスティバルでカニエと一緒になったジージーは、ステージで〈Can't Tell Me Nothing〉を披露するカニエにあわせて何十万人もの観客が歌っているのを目にし、大魚を逸したことを痛感したのだった。「観客の全員がシンガロングしていたんだ。まじかよって感じさ(笑)」
・ジャスティン・ヴァーノンと再共演
フランシス・アンド・ザ・ライツの新曲〈Take Me to the Light〉で、《My Beautiful Dark Twisted Fantasy》にも客演参加していたジャスティン・ヴァーノンとカニエがふたたび共演を果たした。
自身のソロプロジェクト、ボン・イヴェールの新作《i, i》リリース時におこなわれたピッチフォークのインタビューでヴァーノンは、「友だちであることに変わりはないし、いまでも彼[カニエ]のことは大好きだよ」と話す一方、自身とは政治的信条が異なるカニエとは「個人レベルではもう相容れない」とも話している。
・Ye with T.I.——サンデー・サービス in アトランタ
毎週恒例の「サンデー・サービス」が、今週はジョージア州リトニアのニュー・バース・ミッショナリー・バプテスト教会で開かれた。参加者のなかには、T.I.や2チェインズなどアトランタ出身の仲間たちの姿もみられた。
T.I.とカニエといえば、公開討論のかたちをとった2018年の曲〈Ye vs. People〉で政治理念などをめぐって意見をぶつけあっていたが、サンデー・サービス参加後のT.I.は次のように投稿している。「何があろうと彼はこれからも俺の同志だ。自分を取り戻して心穏やかな彼に会えてよかった。昔のイェみたいだ…それに彼には新たな目標がある」
なお、〈Ye vs. People〉については、『カニエ・ウェスト論』訳者・池城美菜子さんのブログでもくわしく紹介されている。
(「週刊カニエ・ウェスト」Vol.2 2019年9月16日発行 文:編集部)
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・お知らせ
『カニエ・ウェスト論』訳者・池城美菜子さんがゲスト出演されたラジオ番組「MUSIC GARAGE : ROOM 101」の放送回が1週間限定でタイムフリー聴取できます。下記リンク先よりぜひお聴きください。
http://radiko.jp/#!/ts/BAYFM78/20190914035504
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《書誌情報》
『カニエ・ウェスト論 《マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー》から読み解く奇才の肖像』
カーク・ウォーカー・グレイヴス 著 池城美菜子 訳・解説
四六・並製・256頁
ISBN: 9784866470900
本体1,800円+税
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/1007889220
〈内容紹介〉
天才芸術家にして、当代一の憎まれ屋——その素顔とは?
21世紀屈指の名盤《My Beautiful Dark Twisted Fantasy》を大分析。
現代ポピュラーカルチャー界に君臨する神(イーザス)の実像に迫るファン待望の決定版!
目次
第1部 ポップ界のキリスト イーザス7つの美徳
第2部 早熟の巨匠あるいはモンスターの肖像
第3部 現代一のナルシシスト
第4部 不穏な5枚の絵
第5部 贖罪のアート
第6部 大学(ユニバーシティ)という宇宙(ユニバース)――《The College Dropout》
第7部《808s & Heartbreak》についての短い考察
My Beautiful Dark Twisted Fantasy
Dark Fantasy——高みを目指す男の暗いファンタジー
Gorgeous——自信こそセクシーの源
POWER——デジタル時代のオジマンディアス
All of the Lights——前科者もマイケルも光からは逃げられない
Monster——4つ首のラップ・モンスター
So Appalled——トップ40ヒップホップを揶揄したポッセカット
Devil in a New Dress——マジックアワーに包まれた、悪魔との戯れ
Runaway——許しを請う音のバレエ
Hell of a Life——AV女優と結婚してみたら
Blame Game——分裂していく罵り合いゲーム
Lost in the World——作品全体のDNAを内包する祈り
The Yeezus Singularity——「ただ愛されたい」カニエ・ウェスト教のマニフェスト
解説——カニエ・ウォッチャーが見た奇才の素顔
付録——カニエ・ウェスト年表(こちらで一部抜粋をためし読み公開中)
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