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近未来? ノスタルジー? インターネット発の謎多き音楽ジャンル「ヴェイパーウェイヴ」のディスクガイド『新蒸気波要点ガイド』より、作品レビューをためし読み公開

 インターネット発の謎多き音楽ジャンル「Vaporwave(ヴェイパーウェイヴ)」の誕生から現在までを紐解く『新蒸気波要点ガイド ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2009-2019』(佐藤秀彦著、New Masterpiece編)が12月6日(金)に発売となります。そこでこのたびは発売にさきがけ、掲載された全300タイトルの作品レビューから重要作5タイトルをためし読み公開します。
『新蒸気波要点ガイド』は作品レビューのほかにもインタビューや各種コラム、用語辞典、イラスト、年表などを収録しています。ぜひ全国の書店・オンライン書店にてお求めください。

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Chuck Person’s Eccojams Vol. 1
Chuck Person
The Curatorial Club
2010/08/08

このアルバムに収められている楽曲『Angel』は2009年7月19日、Sunset Corp.がYouTubeにアップロードした動画で見ることができる。まさに、ちょうど今から10年前にアップロードされたもので、Vaporwaveの始祖と呼ばれている曲だ。

Sunset Corp.の名でアップロードした人物はDaniel LopatinことOneohtrix Point Never(以下、OPN)。彼はこの『Angel』以降『Nobody Here』などをビデオつきでアップロードしている。そのビデオは1980年代のビデオデッキCM や、当時最先端であったコンピューター・グラフィックスの旧式映像を単調にループしただけの映像に、音楽はTOTOの楽曲をサンプリングし変速させながらも単調に、陳列といっても過言ではないほどにループさせる、ジャンクとしか言いようがない異質のサンプリング・ミュージック。これらYouTube上でアップロードされていた楽曲がアルバムとしてリリースされたのが2010年8月8日発表の『Chuck Person’s Eccojams Vol.1』だった。そのジャケットを模しているのはSEGAのMegaDriveを模したような鮫のCGとデカデカと掲げられる“ECCO”と“MEGA-”の文字。ジャンクの極致のようなヴィジュアルと音楽。それがVaporwaveという言葉が発生する前に、その様式の素養が揃っていたことに気づかされるはずだ。
OPNはこの『Angel』制作時に「新作の制作中にさまざまな実験を行なっていた」と語っている。その言葉の通り、1年後に発表された『Replica』でもEccojamsと同じ手法――「ジャンクを蒐集して異形のように陳列する」手法を聴くことができる。この手法を取り入れながらも、自身の楽曲に取り入れBandcamp上で発表するアーティストが登場し始め、James FerraroやVektroid、骨架的なども本作品以降にアルバムを発表している。2017年に骨架的へインタビューを行った際、Vaporwaveを決定づけるモチーフについてなぜそれを採用するのかという問いに対して「インターネットにはそういう雰囲気があった」と回答があった。2009年時点での音楽産業や、音楽自体の発展、その批評とも取れるVaporwaveの雰囲気を作り上げたのは間違いなくOPNだったのだろうなと思った。
私はVaporwaveを俎上に載せるのではなく、ただ音楽として聴いて楽しんでいた人間である。しかし、この音楽がなぜこのようなアプローチになったのかがとても気になったことで、今もVaporwaveを聴き続けている。Vaporwaveという言葉を知って、多くを知りたいと思っている人にどうしても聴いて欲しいアルバム。 (ΔKTR)

情報デスクVIRTUAL  札幌コンテンポラリー

札幌コンテンポラリー
情報デスクVIRTUAL
BEER ON THE RUG
2012/07/26

過剰な宣伝や広告に代表される消費社会、情報社会、そしてそれらを加速させるインターネット社会に対するぼんやりとした反抗心は、Vaporwaveの重要なマインドであった。が、反抗と言っても血気盛んなアジテートやバンクシーのグラフィティのような具体性は志向しない。それは、灯りを消した寝室で、眠りにつく寸前までスマートフォンを操作している恋人の、液晶にライティングされた顔に抱く、ややうんざりとした気持ち程度のものだ。大体、顎を引いた顔に下から光を当てればどんな顔もマイナス20点。故に若者は天高く頭上にスマートフォンを掲げ自撮りし、ギャルは他者のカメラにつむじを見せるように俯いて他撮りし…いやそんなことはどうでもいい、一体、俺も君も、四六時中液晶を見つめてなにをしているのか。
こう言った「状況」をテーマにした作品はジャンルを問わず、今日珍しいものではない。ゾンビのように虚ろな現代人の群れが、皆ガックリと首を90度うなだれて、手元のスマートフォンを見つめながら、切り立った崖に向かって行進していく…というような風刺マンガは月イチで誰かしらがシェアしてタイムライン上に流れてくる。が、皮肉ならもう少し気の利いた作品が良
くないですか?
情報デスクVIRTUAL(正体はVektroidの変名)による『札幌コンテンポラリー』は〈BEER ON THE RUG〉より2012年にリリースされた。David SanbornやBob Jamesと言ったソフトなフュージョン/スムースジャズをぶつ切りにカット& ループ、トロリとスクリューしたトラック集。サンプリング元からしてニュース番組や1980年代のカフェ・バーにぴったりの「衛生的」なミューザック・サウンドは、蒸気の洗礼を浴び、Kirk Whalumのサックスもみるみる内にコデイン・パープルに変色す。
雑然と構成なく並べられた30近い楽曲数、不自然に切られたループと展開の唐突さは、これ以降展開されていくVaporwaveの作家性→作品化(いわゆる「名盤」としてカタログされるような)&Future Funkに代表されるダンス化とはまるで無関係に、そのフレッシュな退屈さを未だに保証している。耳で触れる虚無。スマートフォンの安っぽい光に照らされた恋人の寝顔に捧げるブルース、あるいはインターネットというソフト・ドラッグに供えるトリップミュージック。 (小鉄)

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Hit Vibes
SAINT PEPSI
KEATS//COLLECTIVE
2013/05/31

本作についてはすでに竹内正太郎氏による優れたレビューがある。冒頭の「タツロー・ヤマシタが…、踊っている。いや、踊らされている。なにかの亡霊のような姿で」という掴みは強烈だ。
リリースから4年…亡霊となったのは青山純氏だった。
靄がかった「Skylar Spence」を聴く行為、丁寧なリマスターが施された「LOVE TALKIN’」での青山純氏のドラムを聴く行為、どちらが亡霊的なリスニングなのかと考えてしまう。
その後の相次ぐミュージシャンたちの訃報、商業施設の閉店(ジャスコ者の筆者としては見逃せない)およびそれに伴う景観の変化…現実世界がVaporwave、Future Funkが提示した世界よりも亡霊だらけとなってしまった。
とくにテレビ。『笑っていいとも!』『ごきげんよう』東海テレビ・昼ドラが立て続けに終了し、平日のお昼から明るさがほぼなくなるという特異な状況…音楽の話に戻ると靄がかった音響で四和音(+テンション)を聴くと人は亡霊を連想するようで、細野晴臣氏はかつて1950年代の音楽を『あの世の音楽』と称した。2017年現在における“あの世”は分厚いテレビ越しの1970年代後半~1990年代前半辺りだろうか(非情に大雑把な区切りだが)。
1985年(まさにドンピシャの“あの世”)発表のRockie Robbins「We Belong Together」が減速されCmaj7(9,13)が4小節、Cmaj7(9,13)/Dが4小節のループ構成となった「Together」はもはや初期のモードジャズのようにも聴こえる。
「ジャンキーのテンポだよ。モーダルな曲は特別なムードを醸し出すんだ」
Ashley Kahn著『Miles Davis「Kind of Blue」創作術』に収録されているQuincy Jonesの発言だがそのまま本作ひいてはVaporwave、Future Funk 全体に当てはめても不自然ではない気がする。
サンプリングがなん巡もしてトマソンを発見する喜びから「かつてこの更地にトマソンがあった」レベルの喜びにまで来てしまった気がするが喜びには変わりない。決してネガティブなものではない。
唐突な話だが本作をBGMにした『警視-K』のMADを見たい。あの温かい画面にとてもあうと思う。「Outro」でまどろむキャンピングカーのなかの賀津親子を見たい。 (ブギー・アイドル)

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Blank Banshee 1
Blank Banshee
Hologram Bay
2013/10/20

Blank Bansheeの功績は、もとより蒸気(Vapor)のごとく掴みどころに欠くVaporwaveの概念を、的確に抽象化し拡張したことにある。ダンサブルなサウンドはこの難解なジャンルに足を踏み入れる導き手ともなった(Blank Bansheeに対する個人的な思い入れはまさにここにある)。ということを考えると、のちにFuture Funkあたりが本格化することとなる「Vaporwaveのポップ化」と言うべき状況に至る礎を築いた、と言っても過言ではない。
さて、『Blank Banshee 0』に続く本作でも、アトモスフェリックなパッドと短いサンプルの乱れ打ちが、トラップの影響を受けたビートのうえで展開する、という作風はそのままだ。大きな変化としては、サブベースの量感がぐっと増し、ヴォーカルや生楽器、サンプリングがやや控えられていることだろう。いわゆるトラップらしさは前作よりも明確に増している。その分ビートのバリエーションは抑えられているが。こうした変化に加え、あからさまなフレーズの引用(前作で言えば808stateとか、Grandmaster Flashとか、あるいはThe Beach Boysとか…)も減ったことで、Vaporwave的なサウンドのテクスチャなるものがより鮮明になっている。個々のサウンド自体には「深さ」、つまり生々しさとか微細なニュアンスを求めず、むしろ記号的な領域にとどめておく。重要になってくるのは、リバーブを含めた空間的な配置、あるいはカットアップという方法、といったところか。
このように本作に至って洗練されはじめたサウンドデザインはある種アンビエントに通じ、ニューエイジリヴァイヴァルを経てこそ興味深く響くのではないか。
アナログ的な深みや味わいとは切り離された、デジタルシンセ全盛の時代に録音されたニューエイジの音楽とBlank Bansheeの手触りはよく似ている。
ミューザック的な過剰なチープさともチョップ&スクリューの陶酔とも異なるVaporwave像の提示は、Hardvaporなど後続の可能性も切り開いているわけだから、時代を経てなお参照される価値のある仕事だった。
こののち3年の空白期間を経てリリースした『Mega』は『0』『1』と積み上げてきたキャリアを総括する出来でこちらも素晴らしい。Blank Bansheeは偉大。 (imdkm)

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Mantra
VHS Logos
Self Released
2014/05/26

ブラジル在住のプロデューサーとして知られるJarrier Modrowによるサウンド/ビジュアルアートプロジェクトがVHS LOGOSだ。象徴的な髑髏をアイコンに(彼はこれについて普遍的なシンボルだと述べる)、Vaporwaveシーンの成熟当初からSoundCloudやYouTubeといったサイトを中心に様々な表現活動を展開している。日本のガールズグループ、Especiaに楽曲を提供したことでもご存知の方は多いのではないだろうか。そんな彼による唯一のセルフリリース作品が『Mantra』だ。そもそもマントラとは、サンスクリット語を語源とした短い言葉を指すそうで、短なフレーズから成り立つマントラの思想に影響を受けているのか、『Mantra』を構成するのは1〜2分ほどの短いトラック群。カットアップ&チョップドスクリュードを駆使したオールドスクールスタイルなヴェイパースタイルな楽曲はもちろん、Lo-fi Hip Hopなビートトラック「Golden Era」、Vaporboogieを通過しFuture Funkへの過渡期を思わせるダンサブルな「Sunshine」、 エレピの旋律がJazzyなローファイハウスチューン「Magic」など、Vaporwaveを起点にダンスフロアへと接続できるような楽曲も多く詰め込まれている。実際、彼は別の名義で地元のヒップホップクルーにビートを提供したり、ハウスミュージックやファンクなどのトラックも製作しており、VHS Logos名義でも徐々にそちらの活動へシフトしている。往年のレトロゲームの効果音が楽曲の随所に挿入された「Dial 89,3」「Acapulco」、アブストラクトなサウンドと森を流れる小川のせせらぎが連なりあう「Metaverse」など、趣向を凝らしたサウンドエフェクトが散りばめられているのも本作の魅力のひとつだ。1980年代のファンクの愛好家としても知られる彼は、過去の音楽を敬愛する一方で「今が最高で、現代の音楽技術やテクノロジーを愛している」とも語る。過去のノスタルジアや元来のVaporwave的なサンプリング手法だけに囚われることなく、愛聴するファンク、ソウル、R&B、ヒップホップ、ディスコなどのブラックミュージック起因なビートやグルーヴなどモダンな要素を巧みにブレンドすることで、独創性に富んだトラックを創造することに成功している。 (捨てアカウント)

※転載にあたり、音源・動画を加えています。

新蒸気波要点ガイド(帯あり)

〈書誌情報〉
『新蒸気波要点ガイド ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2009-2019』
佐藤秀彦著、New Masterpiece編
A5・並製・オールカラー192ページ
本体2,500円+税
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK237

〈目次〉
・はじめに
・Vaporwave Girls Illustration(イラスト:ぼーぶら(ピンクネオン東京)、西尾雄太)
・作品レビュー
part 1 2009-2013 - New Deluxe Life
part 2 2013-2014 - Hit Vibes
part 3 2014-2015 - Birth of a New Day
part 4 2015-2017 - Vaporwave is Dead?
part 5 2017-2019 - Vaporwave Now
part 0 1980-2009 - Proto-Vaporwave
・蒸気波のルーツを求めて~Pre-Vaporwave対談
・インタビュー
骨架的
Robin Burnett (INTERNET CLUB)
Neon City Records
豊平区民
Seikomart
Equip
・めくるめく蒸気波ジャケミュージアム
・Vaporwave Dictionary 蒸気波大辞典(文:ばるぼら)
・蒸気波フィジカルリリースの世界(文:捨てアカウント)
・インターネットのPlastic Love(文:動物豆知識bot)
・クラウド・ラップ/ローファイ・ヒップホップについて(文:小鉄)
・蒸気波分布図(文:赤帯)
・Vaporwaveからゲームへ(文:さやわか)
・Vaporwaveはアニメを必要とするか?(文:動物豆知識bot)
・ミームと大義なき聖戦(文:銭清弘)
・Vaporwave年表(文:ばるぼら)
・Vaporwaveの未来~Pre-Vaporwave対談

〈レビュー・特集執筆陣〉
ばるぼら / さやわか / 捨てアカウント(Local Visions)/ sen kiyohiro / 小鉄昇一郎 / ブギー・アイドル / imdkm / 糸田屯 / 動物豆知識bot / ESC TRAX(ebi1000 / suesett / Ca5)/ 庄野祐輔(MASSAGE MAGAZINE)/ 赤帯 / フミ  ΔKTR / hitachtronics(New Masterpiece)

編集:New Masterpiece
Tumblr: https://newmasterpiece.tumblr.com/
Bandcamp: https://newmasterpiece.bandcamp.com/
Twitter: https://twitter.com/nmpDATA

装画:Andreas Gaschka
Blog: https://www.andreasgaschka.com/



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