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The answer is blowing in the wind (徳島宿プロジェクト)

多くの被害をもたらした台風14号。
ここ鳴門も例外ではなかったようだ。勝手口ドアのガラスが割れていると報告を受け1週間ぶりに倉庫に来てみると、厚さ5mmはある鉄線入りのガラスがすっかり姿を消しており、ドア自体が大きくねじれて閉まらなくなっていた。

プラダンで補修した勝手口、ちゃんと閉まらず鍵が掛けれない状態

取り急ぎプラダンで開口部を塞ぎ、床に散らばった細かいガラスを掃除機で吸い込む。ご近所さんのお話では台風発生時、鳴門では竜巻注意報も発令されており、猛烈な風に見舞われていたようで、私の倉庫同様、窓ガラスが割れたり、駐車場の屋根が飛ばされたりといった事がたくさんあったらしい。被害がドアだけで済んだのは、案外ラッキーだったのかも知れないと思った。

渡船に乗って、朝ごはんへ

一夜明け、今朝は台風など無かったかのような秋晴れ。
暑いけれど湿気が無いので、そよ風が心地よい。同じ風なのに一方はドアを壊し、一方は気持ちを和ませる、「風」というのは「人」に似て正体が掴めないな・・・

あまりに気持ちいいので、車ではなく自転車と渡船に乗って朝ごはんへ。
コーヒーとパンの美味しいカフェでゆっくりと地元新聞を隅々まで読む。文字を追うことに弾みがついて、持ってきていた「桜前線開架宣言」という現代短歌選の本を開く。久しぶりの短歌だ。

文字に刺激され、頭の中に広がる風景

その風景の一つ一つが、倉庫のある小さな港町の景色に重なる。

台所から見える裏山

変な言い方かも知れないが、絵葉書のような絶景や壮大なドローン映像なんかより、自分の中にあるそうした映像と繋がることの方が嬉しいし、刺激的だ。次々とシェアされても一瞬にして消化されるような風景ではなく、読み解くように味わい辿り着く風景。そこには、人々の営みがあり、野良猫がおり、等身大の自然がある。うまく言えないけど、それこそがこの小さな漁港を宿の候補地として選んだ最大の理由のような気がしています。

徳島で初めての物件下見(5年前)

そう言えば、Facebookで5年前の思い出と称して、とある写真が映し出された。
2拠点生活の足がかりとして、物件の下見をしていた頃の写真。

ここからの5年と、それまでの数十年は明らかに違っている。

生き延びるために、ただ飯の種を蒔いて生活に追われる日々から、
人間らしく生きたいと、自分と向き合い真実を求める日々へ。

5年前までの自分が、間違っていたなどと言うつもりはまったくない。社会人や夫としての役割や責任、自分が大切だと思う人たちとの関係性、そして映像を作ることが何某らかの社会貢献につながっているんじゃないかという自負があった。

真実を求めることが、豊かな暮らしに繋がるとも限らない。
それは「豊か」とは何を意味するのか、問い直すことでもある。
ただ一つ言えることは、「正しさ」をもう誰にも強要されないということ。

宿ができたら、旗を立てたいと思っている。
宿の標として、風にたなびく旗を誇らしく見上げたい。

風をカタチに、答えはきっとそこにある・・・。

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