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小さな漁村を支える赤い箱 (徳島宿プロジェクト)

宿の予定地である倉庫前には、もともと自販機が1台設置されていた。
いろんな飲料メーカーの商品が雑多に入ったもので、ほとんどが100円。見た目は赤くて遠目にはコカコーラ風だが、実はよく正体がわからない。正直あまり良い印象を持っていなかったので、不動産契約をするときに、今後宿をやるのに自販機はいらないので撤去して欲しいとお願いした。

すると、それを聞いた自販機の営業マンがわざわざ大阪から訪ねてきて、何とか宿がオープンするまでの間だけでもいいので置かせてほしいと懇願された。一応話を聞いてみると、月の電気代2000円〜3000円(季節によって変動)を私が負担する、その代わり売上の約10%が利益として振り込まれるというもの。こんな田舎の人も居ない場所では、電気代さえ稼げないんじゃないかと訴えたのだが、この辺りは他に店もないので、月平均4万円以上は売上があるとのこと。わざわざこんな田舎まで訪ねてきてくれた営業マンの顔を立てて、宿のオープンまでだったらという条件付きで引き受けることにした。

それから数週間後、久しぶりに鳴門にやってくると、どういう訳か自販機が姿を消していた。隣に住むおじさんが私の顔を見るなり、朝のコーヒーが飲めなくて困ると訴えてきた。毎朝、ここで海を見ながら缶コーヒーを飲むのが日課らしいのだ。

そういえば、契約更新の際には自販機を入れ替えると聞いていたような・・・
またすぐ新しいのが設置されるはずだとおじさんに伝えたのだが、どうも納得していない様子で、困る、困ると何度も繰り返していた。

今まで、ほとんど気にしたことも無かった自販機。
新しい機械が無事設置されてからというもの、ガチャガチャというジュースを吐き出す音がすると、どんな人が買っているのか、無性に気になるようになった。

鳴門といえば大塚製薬のお膝元、きっちりオロナミンCも入っている

この自販機には、決まった時間に毎日やってくる人たちがいることを知った。
例えば、毎朝6時過ぎに決まって2本の缶コーヒーを買いに来る近所のお婆さん。
足が不自由で、歩く音に特徴があるのですぐに分かる。自販機まで歩いてくるのがやっとという感じなのだが、必ず空のコンビニ袋を持参して、買った缶コーヒーを大切そうに入れて持ち帰る。きっと家ではご主人がコーヒーを待ちかねているんだろうな・・・そんな風景まで見えてくるような気がする。

宿予定地の土佐泊遠景

よく考えてみると、徒歩圏内には、コンビニはおろか、店らしきものは何も無い。
一番近い店は、倉庫前から無料の渡船に乗って渡った対岸すぐにあるスーパー。
夜や早朝には船が出ていないし、近いと言っても船を待つ時間が掛かる。
私自身、普段車に乗っているので不自由を感じないが、この小さな漁村に暮らすお年寄りにとって、この自販機は家から一番近い、便利なお店なんだと知った。

そして夜になると、この自販機は暗い田舎の夜道を照らす電灯にもなる。
自販機のことを知れば知る程、もはや私だけの都合で撤去するという訳にはいかないような気がしてきた。

無機質なただの赤い箱だけど、それがあるだけでそこが憩いの場所になる。

日本全国には今、飲料自販機が240万台もあるという・・・ということは、
240万通りの物語がそこに生まれていると言えるのかも知れないな。

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