見出し画像

(大阪の)サムハラ神社を再訪したい? ならばするのみ!

 森永のラムネが、今や、「ブドウ糖補充食品」として、アッピル、認知、そして売り出されていることに関する、隔世の感について(挨拶)。

 と、いうわけで、不二川です。

 僕は今のところ、寺院よりも神社派なのですが、ふとYouTubeで目にした、浅草寺の子院であり、なんかスピ界隈では有名らしい、浅草の「待乳山聖天」に、ハタと行ってみたくなった今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 今回の記事は、「好きな神様に会いに行って悪いか!?」とかいった話です。

前回までのあらすじ

 さて。昨日は、

 「まだまだ神社を巡るぜ!」などと書かせて頂きました。

 箱根旅行の疲れも、さすがにもう抜けるだろう……とは思っていたのですが、そういうときに限って、夜の眠りがバチクソに浅くて、非常に困る。結果、なんだか今日も、イマイチピリッとしない一日でした。

 と、申しますか、今日は、先週「ココナラ」で購入したサービスであるところの、拙作の、純文学(私小説)作品の、講評が納品される予定の日です。

 それはそれで気にはなるものの、結論から申し上げると、納品されたのが夜だったので、昼間は、特にやることがなかったのですよ。

最近の欲求

 実は、ここしばらく、ある欲求がありました。それこそ、箱根旅行へ行く前からのことです。

 それは、大阪のサムハラ神社を再訪したいという思い。そこ自体には、去年の11月に、一度参拝しています。でも、無性にもう一度行きたい。根拠なんてものは、まるっきりないのです。ただ、行きたくてたまらない。

 神々に関して、この表現は適切ではないのかも知れませんが、完全に僕の好みの問題です。自分の「推し」の神様は、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)。造化三神のうちの、高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)一柱だけなら、家から歩いて行ける距離にも、お社があります。

 余談ですが、そこのお社、当然、地域の氏神様なのですが、境内の末社に、大梵天(ブラフマー)を祀っています。メインの神様が、天地開闢に関わる神であることもそうですが、(ヒンドゥー教での)万物の根源の神も祀っているんですから、個人的には、「どんな氏神のお社だ!?」とは思います。

 話を戻して、(造化三神を祀る)サムハラ神社です。行きたい。実に行きたい。ずっと思っていました。じゃあ、箱根旅行という一大イベントも終わって、疲れも抜けた今、行くべきじゃね? 家からは、電車で一時間ちょっとの距離です。要は、そこまで気負わずに行ける。

タイミングを逸する

 本来は、今日行く予定でした。ただ、先述の、拙作への講評が来るかも? と思うと、動けそうで動けなかった。昼までに納品がされれば、それだけ確認して、さあ、と思って待っていたのですが、空振りでした。

 明日は、定例の精神科通院日です。そして、明後日は、親の付き添いで、近所の大病院へ行かねばなりません。予定が空くのは、木曜日以降になるのですが、なんだか、可及的速やかに行かねばならない気がする。

 そこで考えたのですが、明日の精神科受診は、午後3時頃に、クリニックへ到着すればいいので、午前中に行くのはどうだろう? と。

旅と言うほどではまったくないが

 ヴッちゃけ、気持ちがはやりますね。ってか、下手をすれば、箱根旅行へ行く前以上ですよ。

 去年授与して頂いたお守りは、まだ1年経っていないので、新調する必要はないとは思います。御朱印も、前回の参拝で頂いていますし。

(交換時期に関しては、「年が明けたら」という意見もあるようですが、じゃあ、ほんの2ヶ月ほどしか、お守りの効力はないのか? と思うので)

 崇敬神社として、お神札も欲しいかな……とも思います。箱根の九頭龍神社で、祈祷をして頂いた折に頂いたそれがありますが、その上にさらにお神札を重ねるのは、なんだか、龍神様に失礼な気がするのですが、多分大丈夫、な、はず。

そして、講評が来る

 ここまで書いて、人がメシのために離脱して、後片付けも終えて戻ってきたら、講評が着弾していました。

 ざっと目を通して、別に理不尽な感想をもらったわけでもなく、まあ、多分直せるだろう、という感触です。

 文學界新人賞の締め切りは、今月末。猶予は、2週間を切っているわけですが、初稿を上げるのに3日間でしたから、まあまあ、なんとかなるよね? ってか、しないとね? といったところ。

 さあ、明日は、神前で気持ちを入れ替え、スイッチを切り替えましょうか。

 んじゃまた。

サポートして頂けると、泣いて喜びます。『打てど響かず』というのが、創作者にとって一番哀しいことでございますので。人助けと思って、よろしくお願いいたします。