【短編小説】恋文

【登場人物】
・葦谷 薫(あしたに かおる)
小説家の卵であり自由を追い求める夢想家。
卑屈で少し不気味。毎日小説を書いたり、出版社に持ち込んだり、特に何も無くとも何かしら忙しそうにふらついている。

・宮水 涼花(みやみず りょうか)
薫の恋人。あだ名は「みやちゃん」。
薫と違って定職に就いている。1人でに自分を追い込んでしまったりドジをするタイプ。


この手紙は薫が涼花に送ろうとした恋文である。


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宮水雅は私が出会った人間の中で最も尊く美しい、100%の女の子である。

それなのに、どうして君はいつもそんな顔をしている。どうして私の居ないところで涙を流す。


私は、みやちゃんが好きだ。
恋人だからそう言ってる訳ではない。ただ1人の生きてる人間として好きなのだ。

笑うと目がきゅっと細くなる色白の美少女。風が吹くと直ぐにセットが崩れるからと嫌っている柔らかい髪の毛も、私からしたら子猫のようで愛らしい。
綾ちゃんのその白い肌に噛み付いてしまいたいと何度考えたことだろうか。
白い肌に血を浮かべてみてたい。そして、それをまるで真珠でも扱うかのように丁寧に丁寧に拭き取ってあげたい。それくらい、私は君にぞっこんなのだ。

小説家の卵として自由と不安定を選んだ私と違って、君は4年前からずっと社会人としての道を正しく歩いているじゃないか。
社会から外れた私からすれば、それは偉大な事だと思うがね。
私が泣く理由を聞いた時、君はいつも「薫くんの前ではしっかりしたいの」と言う。そして話の最後には「こんな私でいいの」と問う。
答えは1つ。
もしも、みやちゃんと全く同じ見た目で仕事もプライベートも何もかもが完璧な、酒もタバコもギャンブルもしない潔白で誠実な人間がいたとしよう。それでも、私は今のみやちゃんを選ぶだろう。
私は、今のみやちゃんの完璧じゃないところが、寧ろ完璧だと思っているのだけれども。

それに、私は、みやちゃん、君となら不幸になっても構わない。
幸せなんて誰かのものさしで計られた価値観の中でしか生きられない窮屈な存在。そんな物に縛られるなら、不幸という名の海で2人溺れ沈み行こう。

私にとっての幸せは、君と不幸に溺れられることだ。

私が君に「月が綺麗だ」と云うた時、君は「私死んでもいいわ」と答えてくれたね。
みやちゃん、君が全てがダメになった時、一緒に心中しまいか。
私は本気だよ。

みやちゃんに出会って私は初めて“人間の温もり”を知ったんだ。
たまに考える。みやちゃんを食べたらどうなるか。
みやちゃんほどの人間なら、死んでしまっても温かさが消えないんじゃないか。
ホットワインの血に内臓のステーキ……。
きっと暖かくて甘ったるい優しい味がする。
食べられている時、みやちゃんは微笑んで私のことを見つめていると思うよ。それか、別に泣きじゃくってもいいけれど。

恐ろしいかい?ごめんよ。
みやちゃんを怖がらせる気も傷つけるつもりも私にはないからね。
“もしも”の例え話だよ。

兎に角、みやちゃんは私の体、いや、私の思想の一部だ。
私の脳に入ってきた以上、逃げられないし逃がす気もないね。
意外と私の頭は住みやすいもんだ。少々堅くて乱雑だが。

私が今日持ち帰る予定の悲報を聞いた時、きっと君は笑って「薫くんの行動力は誰にも負けてないよ」と激励してくれるだろう。
私はそれが幸せだ。
偉大な何かを掴めなくても、みやちゃん、君を掴まえることができるならそれでいい。

だけど、君はどうなんだ。
君は独りでに泣いて、ふらふらとぶらつく私が帰ってこなくても寂しがりもしない。
また笑って「慣れちゃった」なんて言うんだろ。
みやちゃんのそのまゆの下がった作り笑いが、どうしても許せない。
みやちゃんは、私のネガティブをもう少し抑えて欲しいと言うけれど、私にとってはみやちゃんの方がネガティブなんじゃないかと思うんだが。

なぁ、今度、久しぶりに飯でも作ってやるから、2人きりで出かける時間を作るから、また本気で笑ってくれよ。
みやちゃん。

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