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街風 episode.18.4 〜そよ風と猫〜

 「ほら、あの人だよ。」

 タマは私に撫でられて喉をゴロゴロと鳴らしながら、寝転がったまま声を出した。全く、本当に私の友は呑気なんだから。自分から私に願い事をしたのに、依頼主はお気に入りの場所でゴロゴロと寛いでいるだけ。猫が飼い主を自分の下僕だと思っていると人間達は言っているが、それはあながち間違っていないのかもしれないな。私は、タマを撫でていた手を止めて斜め後ろを振り返った。

 やっぱりダイスケくんだった。タマにお願いされた時から分かっていたけれど、改めて自分でも実際に確かめたいと思って、人の姿になって偵察しにきた。私はダイスケくんの頭の先からつま先まで観察し終えると再びタマを撫でてあげた。

 ダイスケくんは不思議そうに私を眺めながらお寺を出ていった。あまりにも凝視しすぎたかな、それともやっぱりこの姿が変だったかな。人の姿になる時は顔や体型が普段の私よりも劣る。普段のままで人間の姿になれたら、もっと恥ずかしがらずに堂々といられるのに、やっぱり神様でも周りの目は気になるものだ。いや、今はそんな話はどうでもいい。

 「おい、タマ。全く君はなんてお願い事をしてくれたんだ。あれはなかなか手強いぞ。」

 「んー?」

 タマは目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしているだけだった。このマイペースすぎるところが好きでもあるのだから憎めないのが困る。タマはぐうぅーっと伸びをしたと思ったら今度は毛繕いを始めた。ご丁寧に私が撫でている箇所を避けながら。

 「んー、どうしようか。」

 私はタマを撫でる手を止めずに考え込んだ。

 「やっぱり、ダメですか。」

 後ろから若い女性の声がした。驚いて振り返ると見覚えのある1人の女性が立っていた。それはカナエちゃんだった。

 「あ、カナエちゃんだ。」

 タマはカナエちゃんの姿を見るとスクッと立ち上がってカナエちゃんに身体を擦り付けながらカナエちゃんの足元をぐるぐると歩き回った。そして、カナエちゃんの揃った両足の甲へとゴロリと寝転がった。カナエちゃんは笑顔でタマを撫で始めながら、こちらに顔を向けて不安そうに見つめてきた。

 「ダイスケくんはやっぱりあのままなんですか。」

 心配と不安が入り混じった瞳には涙が溜まっているように見えた。足元にはそれを知らずにカナエちゃんに撫でられて上機嫌のタマが私の時よりも大きな音で喉をゴロゴロと鳴らしている。

 「いや、友人のタマの願いだから必ず何とかしてみせるわ。任せて、カナエちゃん。」

 「どうして私の名前を知っているんですか。」

カナエちゃんはタマを撫でていた手を止めて驚いたように私に聞いてきた。

 「あー、そっか。私はカナエちゃんを何度も見てるけれど、カナエちゃんは私の姿を見たことは一度もないもんね。」

 カナエちゃんは私の言動を不審に思っているみたいだ。

 「私の元を何度も訪れてくれてありがとうね。カナエちゃんとダイスケくんの願いをさいごまで叶える事ができずにごめんなさい。あんな古びた祠に訪れてくれるのはカナエちゃんくらいだったよ。」

 「えっ、えっ?」

 カナエちゃんは驚きが口から溢れていた。先程からタマを撫でていた手がずっと止まっていたので、タマは不満そうにカナエちゃんの手をペシペシと叩いた。もっと撫でろと命令しているみたいだ。

 「ああ、ごめんね、タマ。」

 カナエちゃんがタマを再び撫で始めると、タマはまたご機嫌そうに目を細めながら寛いでいた。

 「あなたがあそこの女神様なんですか。」

 タマを撫でる手を止めずにカナエちゃんは私に尋ねてきた。

 「そうよ。人の姿だとこんなんだけど。本当はもっと美人なのよ。」

 私は冗談半分でカナエちゃんの緊張をほぐそうとした。

 「いやいや、もう十分にお美しいです。」

 まだまだカナエちゃんはカチコチに固まっている。

 「もー。今は人の姿をしているんだし、女神様はしばらくお休み。だから、気さくに話しかけてよ。タメ口?って言うんだっけ?私の言葉遣いも今風でしょ。」

 私がそう言うとカナエちゃんはクスッと笑ってくれた。

 「わかりました。じゃあ、これからよろしく。」

 こうして、2人と1匹の秘密の作戦会議が始まった。1匹は私とカナエちゃんに交互に撫でられてゴロゴロとしていただけだったけれど。

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