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【小説】 オオカミ様の日常 第7話 「オオカミ様は紹介する」

 「おはようございます!」

 オオカミ様は、まだ戻らないオオカミ姿の自分の毛並みを愛おしそうに毛繕いしていた。相変わらず戻るような気配も無い姿に、半ば諦めのようなものも感じていた。朝陽が差し込む大広間で寛いでいた頃に、その声は社の入り口から聞こえた。

 「入ってきてよいぞ。」

 社の入り口に届くように大きく吠えて声の主がやってくるのを待つ。今日は12月も終わりに近づいていたが、差し込んでくる陽射しが暖かで気持ち良い朝だった。

 「お邪魔します。あ、オオカミ様、おはようございます。先日はありがとうございました。」

 カナエは、広間に入るなり丁寧に挨拶をした。こういうところはミカや他の神様にも見習ってほしい部分でもある。カナエの後ろにひっそりと寄り添うようにタマも入ってきた。

 この元人間と猫の神様ペアは、これからミカの後任として一つの街を担当する。新しい神様の誕生は、オオカミ様の管轄するエリアではとても久しぶりの出来事なので、オオカミ様もどうしようか悩んでいた。勝手に神様として後任に決めたミカに任せたいのは山々だったが、彼女のように自由奔放に好き勝手やられてしまっては、さらに白髪が増えてしまうのではないかと思ったからだ。

 悩んだ挙げ句、他の神様をローテーションで付けて一緒に仕事をしてもらおうと決めた。しかし、それについても少しだけ懸念があったので、オオカミ様はとりあえず色々と試してから今後の方針を決めようと思った。

 「とりあえず、そこに掛けてくれ。」

 オオカミ様は、カナエとタマに椅子に座るように促すと自分も近くの上座に置かれている椅子に登って腰を掛けた。

 「今日はお主たちに最初につく神様を紹介する。」

 オオカミ様は、あくびをしそうになった口を抑えながらのんびりとした口調で話し始めた。緊張していたカナエは、そんな様子のオオカミ様を見て肩の力を少し抜いた。初めての仕事ということで、しかも ”神様” の仕事ということもあってカナエはずっと緊張していた。

 「おはよーございます!あれ?オオカミ様ですか?何ですか、その姿は。いつもの自慢の白髭も無くなって、ただの可愛いオオカミじゃないですか!」

 大広間の襖を豪快に開けたと同時にそう言うと大きく笑った。その大柄な男は、出す声も笑い声も全てが豪快でカナエとタマは少しひるんでしまった。その見た目は、長い癖っ毛を後ろで適当に束ねて、もみあげから繋がっている白髪混じりの髭もあまり整えないまま伸ばしているようだった。まさに、昔の山賊という言葉がピッタリだった。

 「相変わらず、うるさいのう。まあ、そこに座ってくれ。」

 オオカミ様は、自分の容姿について説明するのが面倒だったので適当にスルーすることにした。カナエとタマの反対側に置かれた椅子に腰掛けるのを確認すると、その場にいる全員に改めて説明をした。

 「では、改めて。こちらはカナエとタマ。新米の神様だ。そして、こちらは ”ギン” だ。この山の麓にある神社に植えられているイチョウの神様だ。元々は、あれもただのイチョウだったが、長い年月と参拝者の信仰心によって神力が宿って、こうして神様となった。」

 「はじめまして。よろしくお願い致します。」

 カナエとタマは、かしこまって深々と頭を下げた。すると、”ギン” と呼ばれる大男は大きく豪快に笑った。

 「そんなかしこまる必要はない。わしは、ただ偶然で神様になっただけで別に大した神力も持っていない。そこまで怖がる必要などないぞ。」

 ギンは豪快な親分肌気質で、カナエやタマも頼れる雰囲気だった。ガチガチに緊張していたカナエも少し安心した様子だった。すると、先程まで陽気に笑っていたギンは、急に真顔になってカナエとタマをじっと見つめた。

 「なんだその神力は。神様に成りたてとは思えないほどの強さを感じるな。それに、ありとあらゆる神力を満遍なく併せ持っている気がする。」

 たくわえた髭を撫でながら、カナエとタマを吟味するように言った。

 「それがのう、ミカ…”あのじゃじゃ馬娘” は ”ミカ” という名前になったんじゃが、あやつが自分の持っていた神力をこの子らに分け与えたのじゃ。」

 オオカミ様は、ため息をついた。

 「 ”ミカ” !それは何とも可愛い名前を付けたのう。”名前など要らぬ!” とずっと言い張っていたのに、ずいぶんと可愛い少女になったのう。はっはっは、ミカとも久しぶりに会いたいな。」

 ギンは豪快に笑って膝を叩いた。カナエとタマは、”ミカ” が自分が名づけるまでは名無しだったことを初めて知った。”神” を逆さに読んで ”ミカ” と安直すぎるネーミングを少し後悔したが、ミカも気に入ってくれているみたいなのでこのままでいい気もした。

 「ミカの神力はお主も知っての通り。それを授かる程の器があったという点でも、あやつの見る目は間違っていなかったと思っておる。この件については、クチナワとタツミにも了承を得ているので問題無い。」

 「クチナワ様とタツミ様も出てきているんじゃ、俺が何か文句を言える筋合いは無いな。まあ、俺の見立てでも問題は無いと思っているがな。」

 「やっぱり、私たちも神力が強すぎるのでしょうか。」

 カナエは心配そうな目をしながら、オオカミ様とギンに尋ねた。タマも少し不安そうにカナエにピッタリとくっついている。

 「はっはっは。心配いらぬ。”神力” については説明を少しだけ受けているようだな。”神力” にはそれぞれの特性があって、それを受け入れる神様や大神様の器の大きさも影響する。」

 カナエは、タツミがオオカミ様に ”人型” に戻れない原因を説明した時に話していた ”器” の話を思い出した。たしか、神様それぞれに神力を受け入れられる器の大きさが決まっていて、それを超えてしまうと形を保てなくなってしまうらしい。そして、それは生前の姿をしている時が、神力を最大限まで保つことができるということも言っていた。ギンは、説明を続けた。

 「でな、例えば、俺は神力を保つ器というかこの身体に、まだまだ神力を蓄えることはできる。だから、司っている ”商い” については簡単に神力を強くすることはできる。ただ、俺は ”恋愛” についてはからっきしダメだから、”恋愛” についての神力を蓄えるためには修行をしなければならない。」

 ”恋愛はからっきしダメだ。” と言ったギンに、カナエとタマは失礼ながらもすんなり納得してしまった。この風貌で恋愛成就の神様だとしたら、それはそれで面白いかもしれない。

 「カナエとタマと言ったか、お主らは全ての分野の神力に於いて必要最低限は持っていると見受けられる。今はまだ決して強くはないが、2人で協力して鍛錬を積んでいけば、ミカのように一つの街を見守ることなど容易になるだろう。それに、その神力も様々な大神様の神力を分け与えてもらったようだな。」

 いまいちピンときていないカナエの表情を見て、ギンは上手い例え話がないか考えながら話を続けた。

 「おぬしは生前に ”寺子屋” 、今だと ”学校” と呼べばいいのか。そこで、そろばんや読み書きを習ったと思うが、今のお主は誰にも習わなくても一通りのことができる状態だ。どれが一番得意かはこれから先に自ずと分かってくる。」

 なるほど、今の私は学校に通ってなくても教科書レベルの知識があるようなものか。その中でどれが一番の得意分野かをこれから学びながら理解していくのだろうな。カナエは、ギンの説明を自分なりに咀嚼して理解した。タマは、最初こそ真剣に聞いていたが、ギンの言っている意味が分からずにぼーっと欠伸をしていた。

 「ということで、お主には教育係としてカナエとタマを立派な神様として独り立ちできるようにしてほしいのじゃ。」

 オオカミ様はギンに改めてお願いをした。

 「承知した。このギンの教えられる限りの全てを教えようぞ。」

 ギンは自分の胸をドンと叩き、任せろと言った。

 「そうそう、あと他の者にもカナエとタマの教育係として見守ってもらおうと考えておるから、1人で抱え込みすぎずとも大丈夫じゃ。」

 「改めて、よろしくお願いします。」

 「よろしく〜。」

 カナエとタマは、ギンに頭を下げた。

 「はっはっは。そう、かしこまらずともよいと申したのに。さて、では、話も終わったことだし、早速、神様としての初めての仕事をしてみるか。」

 ギンは両膝をポンと叩き勢いをつけて立ち上がると、カナエの腕をガシッと掴んでそのまま連れて行こうとした。

 「あのっ、神様の仕事とか ”神力” のこととか使い方とか何も知らないのですけれど、それを教えてもらいたいのですが…」

 「そんなもの、実際に使ってみれば覚えられるから安心せい。」

 ギンは、はっはっは、と豪快に笑いながら、不安そうなカナエをズリズリと引っ張っていった。タマは、カナエを引きずるギンの肩に飛び乗った。

 「オオカミ様〜、助けて〜。」

 「はっはっは。」

 「カナエちゃん、諦めなよ。」

 こうして2人と1匹はオオカミ様の社を後にした。

 騒がしい一向がいなくなった社は静まり返った。オオカミ様は、連日の疲れが溜まっていたのか、そのまま座っていた椅子の上で横になるとそのままうたた寝をしてしまった。

 

 

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