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街風 episode 13.2 〜お散歩日和〜

ここ最近なかなか元気が出ない。理由は分かっている、ダイスケさんとの事だ。ケンカをしたとか何かあったわけではない、むしろ何も無いから問題なのだ。ダイスケさんは、いつも優しいし私の事を気にかけてくれる。そんなダイスケさんに惹かれていったのは当然だと思っている。でも、ダイスケさんは恋愛が絡む話をのらりくらりと躱して別の話題に移ろうとする。そして、たまに自分の過去について話をする時には何処か遠くを見つめて懐かしむような目をする。きっと過去に何かあったはずなのに、まだ私には何も言ってくれない。この間お店に来たカズさんだったら何か知ってるのだろうか。でも、連絡するほどの事なのかどうかずっと迷っている。傍から見たら、ただの片想いを拗らせたアラサー女子と思われるだけじゃないだろうか、そう考えると何もしないで悶々としている方が良い気がしている。

「マナミさん、今度の休み空いてる?」

仕事中に何気無くダイスケさんが聞いてきた。こんな事は初めてだ。

「空いてますよ。何も無いお休みです。」

私は平静を装うために手を止めずにダイスケさんに返事をした。

「じゃあ、2人で出掛けない?」

驚いた。あのダイスケさんからデートのお誘いを受けるなんて。私は二つ返事で快諾すると心の中ではウキウキしている気持ちを抑えられず、ついつい仕事中にも関わらずニヤケてしまいそうだった。

そして、あっという間に当日。ダイスケさんが朝早く集合したいと言ったので、苦手な早起きを頑張って仕事に行く時よりも1時間も早く準備を済ませて家を出た。家を出てすぐは少し肌寒いと感じたが、歩いているうちに身体が温かくなってきた。こういうデートもありだな、と思いながら待ち合わせの場所へ着いた。

すでにダイスケさんは到着しており、吐く息はうっすらと白かった。少し駆け足でダイスケさんの元へ行き、待たせてごめんなさいと言った。ダイスケさんは、今来たところだよ、と笑顔を見せてくれたが、随分と早くから来てくれていたようだ。こういう何気無い優しさも惹かれていく理由だった。

今日はダイスケさんのお任せデートプラン。行く先も何も聞いておらず、集合時間と解散予定時間だけを聞かされていた。朝早くのデートという事もあって、他の人は殆どいなかった。

2人で歩き始めると、ダイスケさんが歩調を合わせてくれるのが分かった。ダイスケさんの隣にいると優しく温かい気持ちになっている自分がいた。誰にでも分かりやすいエスコートではないけれども、一緒に歩いているだけで心地良いのは素敵な事だった。周りからは私たちはどのように見られているのだろうか、恋人同士?仲の良い友達?それとも兄妹?色々な設定が頭の中をぐるぐるするが、やっぱり恋人に見られたいと思ってしまう。そして、急にふと“もしもダイスケさんの隣に本当は誰かがいたらどうしよう”と不安がよぎった。私は急に悲しくなってしまい、俯きがちになってしまった。

「今日はどうして私を誘ってくれたんですか?彼女さんとかに嫉妬されないですか?」

私は一か八かの賭けに出た。もしもここでダイスケさんに彼女がいると分かったら私はこれからも今までと同じように笑顔を保てるだろうか。そんな不安を必死に隠して、冗談めいた口調でダイスケさんに尋ねた。

「マナミさんが最近ずっと元気無さそうだったから、ちょっと心配になっちゃってね。お客さんの前では気付かれてないだろうけど、2人でいる時とか1人で作業してる時のマナミさんは疲れきってるように見えたから。あと、僕には彼女いないから大丈夫だよ。」

ダイスケさんはいつもの穏やかな口調で答えてくれた。

「気を遣わせてしまってごめんなさい。でも、今日はお誘いありがとうございます。こうやって朝の散歩していると気持ち良いですね。でも、ダイスケさんみたいに素敵な人に彼女いないなんて不思議ですね。」

 私は、ついつい調子に乗って口走ってしまった。

 「素敵かどうかは分からないけれど、もう2年くらいは彼女はいないねー。」

 ダイスケさんは、いつもの口調でそう言ってきた。しかし、いつもの優しい雰囲気と言葉の奥に“これ以上は踏み込むな”と警告されている気がした。ダイスケさんが話題を変えてきたので、私もそれに乗っかった。これ以上迂闊に踏み込んでしまったら、もう二度と元通りにならないと本能的に察知してしまった。暫く2人で幹線道路沿いを歩いていると、街の外れ近くまでやって来た。道の脇には年季の入った小さな祠があった。

 「ここだよ。」

 ダイスケさんが祠の前で立ち止まった。よく見てみると、小さいけれども装飾は立派なものだった。ダイスケさん曰く、恋愛の女神様が祀られているらしい。ずっとここに住んでいる神様ではないらしいが、もしもまだここにいるならばと、ダイスケさんと結ばれますように、と願った。もう私の力だけではどうしようもないから、藁にもすがる思いで女神様に頼みこんだ。ダイスケさんはお願いをせずに、ただ祠を見つめているだけだった。願い事をしないのか尋ねてみたら、神様でも叶えられないから別にいいとの事だ。

 ダイスケさんの提案で、この近くにあるカフェで朝食を取ることにした。そういえば、泊まり以外のデートで朝食を一緒に食べる機会って今までの男性とも殆ど無かった、いや殆どというより全く無かった気がする。こうやって少し早めに散歩をして、一緒に朝食を取るのも案外良いかもしれない。朝陽をたっぷりと浴びることのできるテラス席は、朝の肌寒さと朝陽の暖かさで丁度良かった。時折吹いてくる潮風と絶え間ない波の音が心地良い。

 普段だったら朝から完食できないであろうボリュームのあるパンケーキも、今日は散歩の後だから美味しく完食できた。こういう時に、ノリさんのサンドウィッチ持って浜辺で食べれたら最高なんだろうなあ。ノリさんのサンドウィッチが少し恋しくなった。

 食後のホットコーヒーを飲みながら、2人でまったりと過ごしていた。時々、会話が途切れてしまうこともあったけれど、お互いに無言の時間があっても気まずい思いはしていなかった。

 太陽もだいぶ高く上がってきており、ダイスケさんが腕時計を確認すると既に11時を回っていた。

 ダイスケさんから昼食のリクエストをされたので、私は迷わずノリさんのサンドウィッチが浮かんだ。

 「朝食にパンケーキだったんですけど、昼食はサンドウィッチでもいいですか?私が普段から行ってる例のお店なんですけど。」

 私はダイスケさんにも是非ともノリさんのサンドウィッチを食べてほしいと思った。ダイスケさんは少し困惑した表情を浮かべていた。

 「やっぱり違うものにしましょうか。ラーメンとか食べたいかも。」

 私が別の料理を考え始めた。

 「いや、マナミさんオススメのお店へ行きたいな。この間のサンドウィッチのお礼も直接言いたいし。」

 慌てるようにダイスケさんは言ってきた。そうと決まれば話しは早い。私はダイスケさんを案内しながら、ノリさんのお店へ向かった。

 「今から行くお店は雰囲気も良いし、店主の方もとても気さくで明るいんです。大学生のバイトの子も良い子で、私そこのお店の大ファンなんです。」

 私は歩きながら、ダイスケさんに熱心に説明をしていた。ダイスケさんは私の話を頷きながら聞いてくれた。お店の前に到着すると、パンの良い香りが扉から漂ってきた。

 「こんにちはー。」

 扉を開けて、店主のノリさんに挨拶をした。私の後に続くようにダイスケさんも入ってきた。

 今日は他にお客さんが誰もいなかった。こんな事もあるんだと驚いた。そこへノリさんが奥から顔を出した。

 「おー、珍しいね。マナミちゃん今日は仕事休みじゃなかったのかい?それに、男の人も一緒だなんて。」

 ノリさんは歩み寄りながらこちらを見た。そして、ダイスケさんと目が合うと、えっ、と大変驚いたような表情を見せた。

 「マナミさんが働いている花屋の店主です。この間のサンドウィッチのお礼を直接言いたかったのと、マナミさんの強いリクエストでやって来ました。」

 ダイスケさんはそう言うと、ノリさんに向かって軽く微笑んだ。

 「あー、あなたがマナミちゃんのお店のね!今日はわざわざ来てくれてありがとうございます。この間のサンドウィッチはただのサービスだから気にしないでくださいね。」

 ノリさんはそう言って、いつもの笑顔を見せてくれた。

 「いつも通りのやつを2つお願いします。」

 ダイスケさんと横並びにカウンターに座って、ノリさんへ注文した。テーブル席にはお皿が片付いていなかったからだ。

 「ごめんね。さっきまでママ友さん達が大人数で来てくれてて、ほぼ貸切みたいな状態だったんだよ。マナミちゃん達はタイミングが良かったね。今日は他の常連さんはみんな違うお店に行っちゃったんだ。」

 ノリさんはテーブル席の片付けをテキパキとこなしながら、私たち以外に誰もいない店内を見渡して言った。

 「じゃあ、ラッキーでしたね。」

 ダイスケさんはそう言って、ノリさんの方を見て笑った。そう思えば、ダイスケさんとノリさんって年も近そうだし、笑うタイミングとかも似てる気がする。私はサンドウィッチを作っている間にお手洗いをお借りしに席を外した。

 「まだ決まってないよ。もう少し考える。」

 お手洗いから戻るとダイスケさんがノリさんと楽しそうに話していた。

 「2人とももう仲良くなったんですか?何の話をしていたんですか?」

 私は席に着くなり2人へ聞いた。2人はお互いを見合わせてから同時にこちらを向いた。

 「男の秘密ってやつだな。」

 ノリさんはそう言って誤魔化した。ダイスケさんもそれをにこりと笑いながら頷いていた。

 「もー、ダイスケさんは私に秘密にしている事が多すぎますよー。」

 私は愚痴まじりについつい口走ってしまった。しまった、と思ったけれどももう後の祭り。ダイスケさんは申し訳なさそうに苦笑いをした。

 「まあまあ。男っていうのは意外と秘密が多い生き物だからな。とりあえず、これでも食べて。」

 2人の気まずい空気を打ち破るかのように、丁度タイミングよくノリさんのサンドウィッチがやってきた。私とダイスケさんは美味しい匂いについつい顔が綻んだ。そして、気持ちを切り替えて2人で楽しみながらサンドウィッチを食べた。食後のコーヒーを飲みながら、ダイスケさんは今まで花屋さんで出会った素敵なお客さんとのエピソードトークをしてくれた。毎年、結婚記念日に必ずバラの花束を買いにくる男性、娘の誕生日に必ず名前と同じ花を一輪だけ購入する女性、ダイスケさんがお店を継ぐ前から見知った顔の常連客の人たちとの色々なエピソードはとても面白かった。こういうのを聞くと、ダイスケさんのお店で働いて良かったと思うし、私もそのような素敵な出会いに沢山恵まれたいと思う。

 「そろそろ行こうか。」

 ダイスケさんは時計を見た。私たちはお会計を済ませてお店の外へ出て、また駅の方へ歩いていった。ダイスケさんがノリさんのサンドウィッチを気に入ってくれて良かった。2人で歩いている間も色々な話をして盛り上がった。

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