見出し画像

街風 episode.24 〜フィルター越しの一瞬を〜

 「行くよー!」

 ショウコさんは、すでに取材準備万端で俺の席の横に立っていた。デジカメのフォルダー整理をしていた俺は慌てて時計を見た。まだ出発予定の20分前じゃないか。全く、ショウコさんは元彼とヨリを戻して以来、公私共に充実しすぎている。

 この地元に根ざした小さな出版社では、1人で色々なジャンルの記事を書かなければいけないし、カメラマンである俺もほぼ毎日駆り出されて現場を走り回っている。

 普段は地元の美味しいグルメやスポーツチームの取材をしているが、たまに地元出身のアーティストも紹介している。

 まだ10代にも関わらず動画配信サイトで人気沸騰中のHIPHOPユニットが今回の取材対象だ。

 「ショウコさん張り切りすぎ。」

 俺は寝癖のついたボサボサの髪を掻きながら欠伸をした。

 「また昨日も遅かったの?身体壊しちゃうよ。ちゃんと規則正しい生活送らないと。」

 カメラマンが不足しているから、早朝から深夜まで色々な記者に付き合わされて現場を駆けずり回っているせいですよ、とは言わずに仕事用鞄にカメラや機材を押し込んで準備を始めた。

 PCの電源をシャットダウンして大きく伸びをして立ち上がった。社内に残っているメンバーに行ってきますと言って会社を出た。外に出ると冬が来ているのを感じる。ショウコさんは真っ白のマフラーに顔を埋めて歩き始めた。

 俺もショウコさんもここが地元で、お互いの出身中学校や高校も知っているくらいだった。まあ、地元に根ざした地方のローカル誌で働く人はそういう人が多いのだろうか。

 取材へ向かう電車の中で、今回取材する2人組のデモテープを聴いた。ほんの数曲だけだったが、これは久しぶりに凄いのが来たな、と思った。それから、ショウコさんが事前に勉強して考えてきた質問を共有された。

 きちんと勉強してきた事が分かる質問内容に感心した。だが、このデモテープを聴くとこのくらいの事前勉強が必要なくらいに造詣が深い事も分かった。

 一体、どんな二人組なんだろうか。

 今回の取材場所は、相手先の自宅だ。デモテープの数曲を聴く限りだと、どんな家に住んでいるのか全く想像もつかなかった。

 取材場所の最寄駅に着き、ショウコさんは地図アプリを開いた。住所を入力して歩き始めたショウコさんの隣に並んで、平坦な幹線道路をのんびりと歩いた。

 「ショウコさん。」

 「どうかしたの。」

 「今日の取材、俺も気になったところがあれば2人に質問していいですか。」

 「もちろん。そのためにも詳しい人に来てほしかったんだもん。それに、貴方の過去を知っていれば、良くも悪くも身体が疼くと思ったからね。」

 ショウコさんの思惑通り、すでに俺の身体の中は熱く滾っていた。悔しいけれど。

 「うーん、この辺なんだけどなあ。」

 ショウコさんは、スマホの地図と睨めっこしていた。どうやら目的地のすぐ近くに来たものの、道が分からなくなったらしい。

 「ここを入るんじゃないですか。」

 俺は立ち止まっていたショウコさんの周りを歩いていて、小さな路地を見つけた。2人が並んで歩けないほどの細い路地。

 「そうかも!行ってみよう!」

 そうして、2人で狭い路地に入った。狭い一本道は静かで、先程までの幹線道路沿いの賑やかさとは対照的だった。

 「今日の取材の人ですか?」

 狭い路地の向こうからガタイの良い青年が出てきた。口調は穏やかなのに身体中から放たれる威圧感というかオーラがすごい。まるで、生前のTOKONA-Xを彷彿とさせる。

 「はい、そうです。あの…。」

 ショウコさんもすっかり圧倒されて怖気付いたように声を絞り出していた。まあ、こんな狭い路地でこんな威圧感持った人に出くわしたら怖いよな、と他人事のようにショウコさんを観察していた。

 「ああ、すみません。G.Kです。もう1人は既に俺の家に上がっているので、どうぞ来てください。」

 そう言ってニカっと笑ってみせたその表情は、こちらの緊張を一瞬にして解いてみせた。

 案内されて狭い路地を進むと古い家の勝手口が現れた。古き良き日本家屋だということが塀越しでも分かった。

 「さあ、どうぞ。」

 家の敷地に入り、玄関ではなく庭先に通された。そこには、縁側で寛いでいる1人と1匹がいた。少し肌寒いが、日向である庭先と縁側はポカポカと冬の陽射しが差し込んで暖かかった。

 「初めまして。DJ YOSHIです。今日は宜しくお願いします。」

 太ももの上で気持ち良く寝ている猫を撫でながら、こちらに向かって一礼いた。礼儀正しくて好青年という感じだ。ネットに上げた動画には2人の姿は一切出ていなかったので、こうして2人の姿を見たのは俺たちが初めてかもしれない。

 「2人とも今日は宜しくお願いします。私の事は、ショウコって呼んでね。こっちはカメラマンのヨウイチ。」

 そう言って、ショウコは差し入れのお菓子を渡した。俺も軽く一礼して、縁側に荷物を置かせてもらった。

 今日はこのままこの縁側でのんびりと取材しようというショウコさんの提案で、4人と1匹で縁側でゆったりと取材がスタートした。MCであるG.KことカズマとDJ YOSHIことヨシノリ、どんな2人なのだろうか。

====

ショウコ
「じゃあ、早速質問するね。2人のユニット名である“J.W.A”はどういう意味なのかな。」

カズマ
「“Japanese Wit Attitude”です。アメリカの伝説的なHIPHOPグループのN.W.Aをもじって作りました。まあ、いずれ改名する予定ですけどね。」

ショウコ
「なるほどー。ちなみに、2人の名前の由来はなんですか?」

カズマ
「Ganxta  Kを省略して、G.Kにしました。本当は本名のカズマでも良かったんですけど、すでにkZmでカズマって読むMCがYen Townにいたので、とりあえず今はこの名前でやってます。」

ヨシノリ
「俺は本名から取っているだけなので面白み無いですよ。ヨシを取ってきただけですから。」

ショウコ
「では、今度はお二人の曲について質問していきますね。“SOS”というのが一番最初の曲だと思いますが、この曲はタイトルに反して攻撃的な内容ですよね。」

カズマ
「ああ、それもN.W.Aの“Straight Outta Compton”をサンプリングしているんです。S.O.Sは“Straight  Outta  Street”の略です。」

ショウコ
「なるほどー…」

 ショウコさんは、最初の質問で既に自分が勉強してきた守備範囲を軽く越されたみたいだ。助け舟を出すというよりかは興味本位で俺が質問を出すことにした。

ヨウイチ
「N.W.Aは当時の黒人差別や警察への批判などをHIPHOPを通して主張していたけれど、2人もそういったメッセージ性を持ってやっていきたいのかな。」

カズマ
「そんな大それた事するつもりは無いですよ。Easy-Eが自分達の環境をありのままにラップしたように、俺もありのままの自分をラップで表現してみようと思っているだけです。」

ヨウイチ
「なるほどね。リリックの内容も色濃いストリートが反映されているけれど、これはICE CUBEみたいにストーリーテラーとして書いているの?」

カズマ
「実は、8割が本当で2割が創作です。SOSのリリックにある事も過去の自分たちがやってきた事です。だから、2人とも顔を出さずに動画を上げたんです。」

ヨウイチ
「なるほど。じゃあ、2人は筋金入りのワルって事だね。」

ヨシノリ
「もう卒業しましたけどね。やっぱり漢さんみたいに新宿の裏で生きているわけでもないし、鬼さんみたいな過酷な環境ってわけでもないし。自分たちがやってきた事なんて、そこら辺の不良の延長線上みたいなもんですよ。」

ヨウイチ
「そこら辺の不良ねえ。(なかなか過激な事をやっているけどなあ…)でも、SOSのような曲は数曲しかなくて、あとは日常を切り取ったような曲が多いよね。」

カズマ
「そうですね。元々、ヒップホップにハマったキッカケはZEEBRAだったんですけど、色々と聴いていくうちに、LIBROやZORN、NORIKIYOとかいいなあって思って。等身大の自分を落とし込もうとしてます。

ヨウイチ
「渋いね。でも、カズマ君がそういうスタンスに対して、ヨシノリ君の作るトラックは多岐に渡っているよね。」

ヨシノリ
「それは、カズマから無理やりヒップホップを聞かされ始めて、自分も次第にハマっていったんですけど、最初はオールドスクールばかり参考にしていたんです。でも、だんだんと物足りなくなってDr.Dreのウェストコーストを取り入れてみたり、ユーロビートをアクセントに加えてみたり、色々と試行錯誤中です。日本だとEVIS BEATSとかtofu beatsの日本らしさも参考にしつつ、Back Logicのような折重ねるようなチューンも作ってみようと試行錯誤中です。」

ヨウイチ
「そんなに多岐に渡って参考にしているんだね。耳が良いんだろうね。」

ヨシノリ
「多分、ハマっちゃうとどんどんのめり込んでいく性格と相性がいいんですよね。ヒップホップだけじゃなくてブラックミュージック全般もPOP系もよく聴いていますし。」

ヨウイチ
「これからもどんな音源を出してくれるか楽しみだなあ。では、ここから何曲かピックアップして質問をしていきたいと思います。まずは、『Escape』から。」

制服着て鬼ごっこ 
現実からの逃避行
赤い回転灯 響くサイレンを
背中で聴いて走り続けた
間違った自由への疾走
高くつく その代償

ヨウイチ
「この制服着て鬼ごっこは、警察官と自分たちの2人ともが来ている制服を指しているのかな。そして、どうして追われているのかはこの前の小節に詳細が綴られているね。流石に、ここでは紹介できないけれど。」

カズマ
「その通りです。詳しく知りたい方は、ネットに流れている曲を聴いてください(笑)。この曲は、さっきも言った通り、ヤンチャしていた時の事を書いてみた曲です。」

ヨシノリ
「トラックもNORIKIYOさんのLearn 2  Learnをサンプリングしています。」

ヨウイチ
「だから、カズマ君のリリックもZORNのリリックをサンプリングしているのか。面白い。」

ヨシノリ
「ヨウイチさん詳しいですね。今日は地元の雑誌の取材って聞いていたから、ここまで深掘りされるなんて思っても無かったですよ。」

ヨウイチ
「俺も好きなんだよね、ヒップホップ。じゃあ、続いては、『Escape』とは全然毛色が違う『文(ふみ)』について」

ショウコ
「この曲は、私も大好きです。」

ヨウイチ
「シンプルなハイハットにピアノ調のトラックで、リリックもすごい分かりやすい。」

さよならも言えずに別れ
あの日から離れ離れ
君の運命の赤い糸は
きっと俺の知らない人と
この同じ広い空の下
違う世界で生きる今日も


ショウコ
「この曲は、3つのバースで別々の3人へ想いを綴った曲になっていますが、この小節は好きだった人へ送っているんですか。

カズマ
「そうです。今までお世話になった人達への手紙代わりになればいいなと思って書きました。この小節は、片想いだったけれど転校してしまった片想いの子へ送りました。でも、こんな自分を好きになるわけもないし、住む世界も違っていたんで、きっと実らない恋だったと思いますけど。」

ヨウイチ
「本当に等身大の思いを書き綴っているのが聴いている人にも沁みるんだよね。そういえば、HIPHOPを自分達でもやろうと思ったキッカケは何だったの?」

カズマ
「ああ、それは…ちょっと待っててください。実際にキッカケになった曲を持ってきます。」

ヨシノリ
「ショウコさんとヨウイチさんは、この街出身のヒップホップユニットがいた事はご存知ですか。“陰陽師”っていう名前なんですけど、1MC1DJで発表曲も少ないし、顔出しも殆どしていなかったらしいんです。僕達が生まれる前に活動していて、今はどこで過ごしているかも分からないんです。」

カズマ
「お待たせしました。これを聴いてみてください。」

イントロから韻と陽 散りばめて韻と陽
磨いても石ころならば まずは今日も生きとこう
ビート上の踊り子 新時代のヒーロー
ほんの少しのつもりも 気づけば長い道のり
俺なりのやり方 俺なりの勝ち方
俺なりの在り方で 変わる何かが
人生が一か八なら これが有りか無しなら
この寂れた街から 俺は言う、有りだな
これが俺の生き様 どんな俺の死に様
俺なりの見方で 創り上げる一から
それかゼロから だって夢はまだ絵の中
希望はずっと手の中 起きたまま夢の中

ヨシノリ
「この曲は、たまたまネットに上がっていて、聴けば聴くほどにハマっていったんですよね。こんなカッコいい曲を、日本のヒップホップが黎明期の頃に作っていたなんて驚きました。」

カズマ
「それに、同じ街からこんなカッコいい人達がいたなら、俺たちもやってみたいって思い立って活動を始めました。」

ショウコ
「じゃあ、2人はこの“陰陽師”がどんな人達か知らないんだ。」

カズマ
「そうです。年齢も不詳なので推測ですが、ショウコさん世代の人かなって思ってますけど。」

ヨシノリ
「このDJ Shadowさんのトラックもカッコよくて、もしも会えるなら色々と聞いてみたい事も沢山あるんですよ。」

ショウコ
「そうね。ヨウイチもそう思う?」

ヨウイチ
「………。」

ショウコ
「よし、取材は一時中断しましょ。ここからはオフレコで」

====

 「久しぶりに若かりし自分の声を聴いた気持ちはどう?」

 ショウコさんは、こちらを優しく見つめた。

 「え?どういう事ですか?まさか、陰陽師のMCがヨウイチさんなんですか。」

 ヨシノリは少し動揺していた。カズマも何も言わなかったが、驚いた顔でこちらを凝視していた。

 「ああ、そうだ。俺の親友である影山と俺で組んだユニットが陰陽師だ。影山と陽一、陰と陽で陰陽師と名付けた。」

 俺は、昔の自分のリリックとフロウを聞くのが恥ずかしかった。

 「どうして、最初に名乗らなかったんですか。それに、どうして活動休止しちゃったんですか。」

 畳みかけるようにカズマが質問してきた。

 「リュウイチが、影山が死んじゃったんだ。」

 そう、ユニットを組んで活動していた相方であり俺の親友だった影山は、若くして病魔に侵されて亡くなった。

 ちょうど俺たちが学生時代に“さんピンCAMP”が始まった。今は亡き、ECDが主催した日本のヒップホップを語る上で避けては通れないイベントだ。当時のヘッズ達の中にはKREVAをはじめとした錚々たる顔ぶれが映像に残っている。

 そして、俺たちもブッダブランドや雷家族にシャカゾンビ、キングギドラを聴き漁っていた。周りには、ヒップホップを聴いている友達なんて1人もいなかったから、いつも2人だけでヒップホップ談義に花を咲かせていた。休日になると、バイトで貯めたお金を持って、東京のレコードショップでレコードをディグっていた。もはや、ディグるって言葉も死語か。

 買ったレコードをそのまま俺の家に持ち込んで、親父の使っていたオーディオを借りて2人でずっと音楽を聴いていた。

 いつからか、俺は曲に合わせたリリックをノートに書き始めて、あいつは自分の気に入った曲をノートにメモしまくっていた。

 まだこの街にも小さなクラブが一軒だけあって、月一くらいで2人で年齢を偽って通い始めた。フロアーの客は、アディダスのジャージにカンゴールハットを被り首からはメダリオンをぶら下げていた人達ばかりだった。まだ、オーバーサイズのダボダボの服がファッションのトレンドだった時代だ。

 あいつはいつもフロアーDJの最前列にいて、スクラッチとかのDJの手の動きを食い入るように見て勉強していた。俺はその間ずっとフロアーのギャルをナンパしたり、他のお客さんと馬鹿話をして楽しんでいただけだったけど。

 ある日、そこで有名なラップグループのライブがあった。ライブパフォーマンスに圧倒されて、俺たちは棒立ちの状態だった。そして、当時はライブが終わると観客もステージに上がって、フリースタイルをし合うサイファーが行われるのが鉄板だった。

 あいつは、俺の腕をぐいっと掴んでステージに上げようとした。

 「ヨウイチ行っちゃえよ。」

 「俺はいいよ。リュウイチが行ってくればいいじゃんか。」

 「俺はDJの方にしか興味ないから。」

俺は抵抗していたが、最終的にはステージ上にいたラッパーの1人も無理やり俺をステージに引き上げた。

 ビートが流れてサイファーが始まった。周りの人たちが変わるがわる音に乗りながら自分の言葉でラップをする。俺の番になった、俺は真っ白になっていた頭の中から、無理やり書き溜めた自分の言葉を探し出して音に乗せた。その時は、無我夢中で周りも全く見えていなかった。でも、全員がラップをし終えて音が止まると、みんなが一斉に湧き出した。

 そして、俺をステージに引き上げたラッパーが歩み寄って、力強いハグをしてくれた。

 「お前のラップが一番良かったよ。」

 そう言って、大きく笑ってくれた。

 「ありがとうございます!」

 「君は1人でやってるの?」

 「いえ、こいつとやってます。」

 いつの間にかステージに上がっていたリュウイチを紹介した。

 「ほほう、1MC1DJか。ていうか、2人とも若いな、まあヒップホップに年齢は関係無いからどうでもいいけれど。サツが来たら逃げ遅れるなよ。」

 笑いながら俺たちの肩を叩くと、その人は立ち去っていった。そして、リュウイチはDJの元に駆け寄ってしつこいくらいに色々と質問していた。

 帰り道、どちらから言ったか覚えていないが、2人でこの道に進もうと決めた。ユニット名もその時に陰陽師と決めた。

 それからは、クラブのオーナーに頼み込んで週末にステージに立たせてもらった。高校を卒業してからは、アルバイトをしつつ週末はライブをするという二足の草鞋で陰陽師の活動を続けていた。

 次第に、他の街からも来てくれる人たちが増えて、陰陽師の認知度は少しずつ広まっていった。

 フライヤーを配っていると、握手を求められたり一緒に写真を撮るなんて機会もあった。

 交友関係も広がっていき、ある時に知り合ったアパレルブランドの社長からCDを作ってみないかと提案された。その社長は、ヒップホップが大好きで自身のスタジオを持っており、近々レーベルも立ち上げるとの事だった。

 俺たちは喜んでその提案に乗った。初めてスタジオに足を運んだ時、とてもテンションが上がった。初めてみるレコーディング風景や機材にリュウイチもテンションが上がっていた。

 2人でレコーディング制作をすること1ヶ月。やっと初めてのミニアルバムが完成した。自分で言うのもあれだが、あの当時にしてはレベルが高かったと自負している。

 完成したミニアルバム500枚は、地元のCDショップに持ち込んで店長に直談判して置かせてもらったり、自分たちで駅前やクラブ前で手売りした。おかげで 1週間で完売し、いつも通りのクラブでのライブも大盛況が続いた。

 東京一強だった時代、俺たちは自分たちの地元に誇りを持っていたし、この街の代表を自負したいと考えていたので、東京に出て行くことはせずにひたすら同じクラブでライブを続けていた。

 ある日、俺たちの曲がヒップホップ情報を中心としたラジオで取り上げられた。そこで大御所のラッパー達から太鼓判を押された時には鳥肌が立った。雑誌からの取材も増えて、バイトをしなくても食べていける生活がスタートした。

 その頃、GAGLEやOZROSAURUSといった自分たちの地元を前面に出すラッパーが増えてきて、俺たちもスポットライトが当たり始めていると実感していた。

 活動も本格的に軌道に乗り始めて、いよいよフルアルバムを作ろうかと2人で話していた。でも、それは叶わなかった。

 リュウイチが体調不良で連日寝込んだ。少し回復したので、2人でスタジオで新曲をレコーディングしている最中にリュウイチが倒れた。

 急いで救急車を呼んで病院に搬送されると、そのまま即入院となった。

 検査結果は、白血病だった。

 病院に運び込まれた時には、すでに手遅れの状態だったらしく余命は 1ヶ月だった。

 俺は、ベッドで横になっているリュウイチを見舞いに毎日病院へ通った。

 「大丈夫か。」

 「大丈夫なわけあるか、馬鹿野郎。」

 リュウイチは、俺の前では元気に振る舞った。こんな人間が本当にあと少しで亡くなるのか。信じられなかった。

 「なあ、ヨウイチ。俺が死んでもお前はラッパー続けろよ。お前のリリックは最高だよ。」

 リュウイチは真剣な眼差しでこちらを見た。

 「何言ってるんだよ。俺はお前無しで活動を続ける気は無いよ。」

 「そっか。残念だけど嬉しくもあるな。せっかくこれからって時にごめんな。」

 そう呟いたリュウイチの寂しそうな顔は未だに頭にこびりついている。

 「何を言ってんだよ。ここまでの道のりだけでも十分すぎるくらいに楽しかった。」

 俺の本心だった。ヒップホップが好きだった以前に親友のリュウイチと活動していたから楽しかった。

 「そうだ、これをもらってくれないか。」

 リュウイチは、ベッドの脇に置いてあった紙袋を持ち上げて中身を漁った。そして、オリンパスの一眼レフカメラを取り出した。

 「DJの機材とかレコードは、後輩が欲しがってたからあげっちゃったんだけど、俺の趣味だったこのカメラだけはお前に渡したくてさ。」

 リュウイチは、そう言って俺にカメラを手渡した。

 その数日後、リュウイチは帰らぬ人となった。

 葬式から家に帰り、自分の部屋でリュウイチから貰った一眼レフを眺めていた。

 2人で作ったミニアルバムを流しながら、今までの2人での活動を回想していた。

 「楽しかったなあ。」

 カメラに呟いても何も返事はない。

  1週間後、俺はクラブのオーナーと相談して最後のライブを開催した。

 DJ  Shadowのいないライブは初めてで、最初は観客も戸惑っていた。でも、ミニアルバムの曲を全てやり切った後には、観客は大きな拍手とコールで盛り上がってくれた。

 「今日は来てくれて、ありがとうございました。そして、今日で陰陽師は解散します。相方のDJ  Shadowは天国へ旅立って行きました。」

 会場がどよめいたが俺は続けた。

 「俺はあいつがいたからここまで二人三脚でやってきました、だから、あいつ以外と組むことはないし1人でやりたいとも思いません。ここまで本当にありがとうございました。」

 そう言い終えてそのままステージを後にした。観客からはやめないでほしいとか戻ってきてとか色々と言葉が飛んできたが、俺はそれを最後にステージに立つことは無かった。

 ラッパーを辞めてから、俺は今後の人生をどうするか悩んでいた。情熱を注ぐ場所を完全に見失っていた。

 ある日、リュウイチから貰ったカメラを持って近所を散歩した。街中の景色や人を何気なくフレームに収める。そこには、色々な人のドラマが切り取られていた。

 だんだんとカメラの魅力にハマっていき、俺は時間を見つけては街に繰り出してシャッターを切った。

 昼下がりにぐっすり眠った赤ん坊をベビーカーに乗せて歩くお母さん、ぎこちなく繋いだ手と自然と息がぴったりな歩調で歩く若いカップル、それとすれ違うゆっくりとした歩調で会話を楽しむ老夫婦、様々な人たちの日常を撮った。

 フィルムが無くなったので、近所にある写真屋に現像を頼んだ。後日、現像された写真とネガを受け取って帰宅した。

 そこには、生前のリュウイチが撮った写真も沢山あった。クラブでリハ後に入口でみんなでタバコを吸いながら談笑している俺とスタッフ達、ライブ後にフロアーで楽しそうに盛り上がっている女の子達、俺と肩を組んでピースサインで写ってるファン、そして、スタッフがリュウイチからカメラを借りて撮ったのであろうリュウイチのDJ姿、写真を一枚一枚眺めていると数々の思い出が蘇る。気づいた時には俺の目からは一筋の涙が頬を伝っていた。

 ああ、ここにはリュウイチが生きている。

 そう思った。例え、死んで灰になったとしても写真とネガの中には存在し続ける。リュウイチを記憶する人が滅んだとしても俺たちはCDやレコード、写真の中で生き続ける事ができる。

 それから俺は昔の知り合いのツテで今の会社にカメラマンとして雇ってもらうことになった。

 地元の有名店の店主や街並みをシャッターで切り取る日々はとても楽しい。人や街のその一瞬を切り取り、それを多くの人が見てくれる。

 今の仕事は楽しいし誇りに思っている。だから、俺はマイクを置いてカメラを手に取っている。

 ハッと我に帰った。

 「自分語りをしすぎたようだ。ごめんね。ま、そんな感じで俺は今はカメラマンとして細々と生きているよ。」

 俺は笑って誤魔化しながらまじまじと話を聞いていた3人に向かっておどけた。

 「そんな過去があったんですね。」

 ヨシノリは感慨深いといった様子で呟いた。隣で話を聞いていたカズマも同じだった。

 俺はカメラを手に取って、2人に笑うように催促した。2人は照れ臭そうにしながらも笑顔でフレームに収まった。

 それからも少しだけインタビューを再開してから今日の取材を終えた。

 「今日はありがとうございました。俺たち必ずヨウイチさんや天国のリュウイチさんにまで届くくらい有名なアーティストになります。同じ街の先輩にはもっとすごい2人組がいたって事を言い続けます。」

 カズマは俺たちを見送る際にそう言ってくれた。

 ありがとう、と返してショウコさんと2人で路地裏の道を再び歩き始めた。

 「今日、来て良かったでしょ?」

 ショウコさんは、微笑みながら尋ねてきた。

 「ええ、ありがとうございました。」

 「ヒップホップはサンプリングの文化でしょ。もしかしたら、あの2人は陰陽師をサンプリングした曲とかも作ってくれるかもね。」

 「そうですね。でも、サンプリングって別に曲だけじゃないんですよね。俺とリュウイチの思いとか考えとかをほんの少しでも継承していって、いつか彼らのファンが俺たちの事も知ってくれたらそれでいいんですよ。」

 「素敵ね。私もヒップホップについてもっと知りたくなったわ。ねえ、私にもっと色々と教えてよ。」

 「俺はヒップホップオタクなんで、話し始めたら夜が明けちゃいますよ。じゃあ、オススメの曲でも今度かき集めてプレイリスト作ってあげますね。」

 ショウコさんと一緒に会社に戻って、今日撮った写真の確認作業を始めた。若くて未来がある2人と気持ち良さそうに眠っている猫、曲からは想像できない穏やかで和やかな日常がそこにはあった。

 そのうちの1枚の写真が目に止まった。最後に彼らが2人並んで立ってポージングをした写真だった。まるでジャケット写真や宣材写真に使えるくらいのクオリティだと我ながら思った。

 …そして、この写真が本当に2人のアルバムのジャケット写真になって、武道館ライブのフライヤーにも使われる事になるとはその時は誰も想像がつかなかった。でも、それはまた今度の話。

宜しければ、サポートお願いいたします。