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街風 episode.7.1 〜ゴキゲンナナメの女神〜

 「ケンジくーん!聞いてよー!」

 ”土曜日の女神”は不機嫌な顔をしながら、僕に声を掛けてきた。今日はツイているんだか、ツイていないんだか、よく分からない1日だなあ。

 ゼミが休講になったと思ったら、ノリさんから珍しく連絡があって、今日の昼過ぎからシフトに入れないかの相談だった。やっぱり、ノリさんはテレパシーを使えるんだな。ノリさんは、少し用事ができたからお店を留守にしたいと言ってきた。幸いにもランチの混んでいる時間帯ではなかったので、僕はノリさんのカフェへ向かうことにした。

 そして今、お客さんはマナミさんだけ。こんなに不機嫌なマナミさんは初めて見た。僕に接する時は、いつもの優しい口調で笑顔を添えてくれたと思ったら、サンドウィッチを食べ終えてコーヒーを飲んでいると、いきなり僕に愚痴っぽい口調で話しかけてきた。少し頬を膨らませている姿は、美しいというよりかは可愛らしい。僕は、マナミさんも人間だったんだなあって思うと、クスッと笑ってしまった。すると、マナミさんは僕に詰め寄るように聞いてきた。

 「ケンジくん、今笑ったでしょ?」

 「いや、なんでもないです!」

 「わー、ケンジくんもそうやって私に隠し事をするんだー!もう、みんな私にだけ何も教えてくれないんだもん。嫌になっちゃうな。」

 こんな子供っぽい一面もあるんだなあって思いつつ、僕は正直にクスッと笑った理由をマナミさんに説明した。

 「いや、すみません。マナミさんも不機嫌になったりするんだなあって思うと、なんだかホッとしちゃって笑っちゃいました。」

 何それー、と言いながら、マナミさんは笑ってくれた。やっぱり、マナミさんは笑顔が一番似合う。

 「ねーねー、聞いてよ。うちの店主がね、ダイスケさんっていうんだけど、そのダイスケさんと働いて半年くらい経つし色々な話もするくらいには仲良くなったと私は思っているんだけど、ダイスケさんの過去の話とか恋愛話をすると、いつもはぐらかして何も教えてくれないの。それでね、今日もダイスケさんとすごい仲良さそうな人が、お客さんとして来てくれたんだけど、やっぱりその人もダイスケさんの過去については何も教えてくれなかったの。花束を作ってくれたお礼にって私にアドバイスをしてくれたんだけど、よく分からなかったし私がダイスケさんのことが好きだってバレちゃっただけだった。」

 マナミさんのマシンガントークが炸裂した。僕は、必死になってマナミさんの言葉の一つ一つを聞き取って心の中で反芻した。

 「なるほど。マナミさんは、ダイスケさんに言いたくない過去の話とかってありますか?」

 僕は、サンドウィッチのお皿を下げながら、マナミさんに質問した。マナミさんは、”うーん。”と悩んでから呟いた。

 「過去の恋愛話は...まだ話したくないな。」

 そう言うと、マナミさんは1人で納得したようにコーヒーを一口飲んだ後に窓の外を眺めた。

 「そういうことか。ケンジくん聞いてくれてありがとうね。なんか久しぶりに誰かに愚痴っぽくなっちゃった!ごめんね!」

 「いえいえ。いつでも言ってください。」

 「ねーねー、弟くんは元気してる?」

 弟くんとは、もちろんワタルの事だ。ワタルは、僕の代わりにサンドウィッチをノリさんからもらおうと来た時に、たまたま偶然やって来たマナミさんのおかげでカオリちゃんという美人な子と付き合う事になった。マナミさんは、ワタルとカオリちゃんのキューピットみたいなもんだ。

 「元気にやってますよ。カオリちゃんがノリさんのサンドウィッチをとても気に入っているみたいで、2人でちょくちょく来てサンドウィッチ食べながら、ノリさんと楽しく話しているみたいですよ。」

 「そうなんだ!久しぶりに会いたいなあ。」

 僕は、マナミさんがワタルに会いたいという言葉に嫉妬しそうになった。

 「そういえば、あの日は本当はケンジくんが取りに来る予定だったんだよね?ワタルくんが、”ケンジくんのおかげで、カオリさんとも付き合える事になったし、美味しいサンドウィッチを食べることができた”って言ってたし、カオリちゃんも”ワタルくんのお兄さんのおかげです”って言ってたよ。」

 ワタルはともかくとして、カオリちゃんは本当によくできた良い子だ。どうしてワタルと付き合っているのか不思議でならない。こんな小さな嫉妬をしているところが僕の悪いところだな。

 「私もあんな良い子たちに出会えて良かったよ。ありがとうね、ケンジくん。」

 僕は、ワタルにも感謝して、女神の言葉を心のポケットに大切にしまった。

 「ケンジくんに愚痴ってスッキリしたし、そろそろお店戻るかなー!」

 そう言って、マナミさんは笑顔でお店に帰っていった。家に帰ったら、マナミさんがワタルとカオリちゃんに会いたがっている事を伝えてあげようかな。

 「ただいまー。」

 ノリさんが帰ってきた。僕は、女神と2人きりで過ごした時間をどこから話そうか考えていた。

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