皮膚で区切られた宇宙


遼太郎へ。

「なぜ自分はこんなに生きづらいんだろう」と君がつぶやいたときに何も言ってあげれなくてごめんなさい。君が何を言っているのかが忙しすぎて分からなかったのです。余命残りわずかの人生をゆっくり病室で過ごすようになってようやく君の言いたかったことが分かりましたので、君に手紙を書くことにしました。人間というのは皮膚で区切られた宇宙なのです。広大な空間をいったりきたりできるはずの宇宙が人間の皮膚の中に閉じ込められてしまい苦しい苦しいとわめいているのです。そのわめき声があなた自身の思考に影響を与えていたんだと思います。
普通の人間は呼吸をしながらわめき散らかす宇宙を体外へ排出し、大人しく都合のいい宇宙を体内に入れることで生きていくことができます。ご存じの通りあなたは呼吸が下手くそだからわめき散らかす宇宙の言いなりになって苦しい苦しいとわめくようになったのです。このままあなたが死の道を歩み続け自殺するのを止めるほどの言葉をここに残せる自信はありませんが、1つ言いたいことがあります。試しに芸術をはじめてみませんか。あなたの変わった思想はたばこの煙のように吹き出て、そのきつい匂いは他人を咳き込ませていました。芸術はその煙を美しい花に変える可能性を秘めています。人間として生まれてしまっては他人主義をやめて生きていくことは無理なので、誰かにとっての花を生み出せるかもしれないと思うことは生きる希望になるでしょう。生み出されたものはきっと誰かには響くように作られているのですからそんなに難しいことではありません。曲も小説も、そして人間も。
僕らはみんな宇宙なのだから。

自分の命がもうもたないと言われてから急にいろいろなことに敏感になった。急に木の葉が激しく揺れたときに、木の葉が大笑いしているように感じるようになったり、病室に設置された扇風機の風が自分をどこか自由な世界に運んでくれるように感じたりした。いやそんな表現では木の葉や扇風機に失礼かもしれない。確かに木の葉は「あははははは!」と大爆笑しているし、扇風機は「君を自由な場所へ飛ばしてあげる!」と言っている。
ゆっくりと自分の周りを見つめていれば色んな声が聞こえてくる。
みんな忙しすぎで聞こえないだけなんだ。

「急に話変わるんだけどさ。お前は生きてて楽しい?」

「は?何言ってるんだよ。楽しいだろそりゃ。」

「だって人間って生きてるだけで莫大なお金かかるだろ?部屋もどんどん汚れていくし、生きてるだけでマイナスなんだよな。だからみんな働いて遊んで「自分はこんなに社会に貢献しています!!」「人生こんなに楽しんでいます!!」ってアピールしなきゃならないんだろ?なんせ人間なんで地球規模で見たらただの害虫・・」

「あのさ。暗い話しするんだったら他の人当たってよ。俺ら親友だろ?気分悪くさせないでくれ。」

「そっかー。なんでこんなに自分は生きづらいんだろうなー。」

「だからもうやめろって。」

この会話からまもなくして遼太郎は自ら命を絶った。
彼の葬式の三日後にはもうそんなことも忘れて仕事に熱中する私を遼太郎は遠くでどう見ていただろうか。

病院で莫大な時間を考え事に費やすようになってからはじめて遼太郎の気持ちが聞こえるようになった。

それからは何十年も前のことに思いを馳せては許しを請うように手紙を書いている。

「佐藤さん。血圧測りますね。」
看護師の手が私に触れると、私も看護師も同じように熱を持っていることがわかる。2つの体が1つにつながっているような気がしてとても安心感がある。

「やっぱり僕らはみんな皮膚に区切られた宇宙なんだ。」

その瞬間急に強い風が吹いて木の葉を揺らしていた。







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