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関孫六の気持ちを考えろ

28歳の女。一人暮らしを始めて約8年、

初めて包丁を手入れしてみた。

ニトリで買った、関孫六。売り場で一番安いやつだったと思う。

今まで使ったら洗うだけで、研いだりしたことはなかった。切れ味とかどうでもいい。むしろ切れすぎたら危なくない?ネギは気を付けないと下のほう繋がっちゃうけど、回しながら切ればいいしそれは別に。全然使える。

でもある日。洗ったまま吸水マットの上に置いていたら、マットに関孫六から出たサビがついていた。

そこで初めて孫六の状態に目をやると、ちいちゃい刃こぼれがぽつぽつとあった。サビが出るくらいだから、茶色くなっている所もある。

まあ、8年使ってるしなぁ。

当然だと思った。でも、買い替えるという考えにはならなかった。捨てるのとかよく分かんない。面倒だし、持って歩くの怖いし、何よりまだ全然使えてる。

ちょっと手入れしてみるか。

そう思って近所のホームセンターで使えそうなものを探したら「サビ消しゴム」というものがあった。よさそ。


早速購入し、関に使ってみると

くっっろい汁がいっぱい出てきた。

同時に鉄のにおい。消しゴムが削れてザラザラした感触。

5分もしないうちに彼は、見違えるような鋭い銀色になった。そしてその時初めて、今までの彼は黒ずんでいたと分かった。

私は単純だから、テンションが上がった。軽くこするだけでこんなにキレイになるなんて。ならもっと早くやっておけば良かった。こすったことで関孫六の印字は所々剥がれてしまったが、そんなのは全然気にならない。

少ない労力で思ったよりも良い思いをしたので、気分が良かった。そして、少なからず切れ味も回復しているんじゃないかと若干期待した。だって、そしたら最高じゃん。

そこで、試しにちょうど冷蔵庫にあった長ネギを切る。



… 全然、切れ味変わらん。

8年連れ添った仲だ。昨日切った感触もよく覚えてる。そして何よりの証拠として、長ネギはいつも通り、首の皮一枚繋がっていた。

よく考えれば当然。私が買ってきたものはサビを消すためのものであり、切れ味が回復するなんてことは書かれていない。

消しゴムは与えられた役割を立派に果たし、関孫六は私の期待通りキレイになったのに。それ以上の効果を求めて勝手にがっかりした自分が恥ずかしくなった。誰に見られているわけでもないのに。






いいや、見てるね。

関孫六はずっと、私を見てきた。

気まぐれで一瞬優しくしても、関孫六は知っているのだ。私が8年間一緒にいても刃こぼれや汚れに気づかず、孫六に一切無関心であったことを。

孫六が食材を切ってくれることを当たり前とし、孫六の優しさにつけあがっていたことを。

サビという涙を流した時に初めて孫六の傷に気づくような奴が、どの面下げてということだ。もう遅い。

普段の私の振る舞いが、扱いが。関孫六の切れ味という信頼を失う結果にさせたのだ。


誰か俺を叱ってくれ。

誰か俺を叱ってくれよ。もの言えない存在だからといって雑に扱っていいものでは決してない。すべてのものに神が宿る。そんな古の教えを忘れ去り、ものを粗末にする俺を叱ってくれ。大きな声で怒鳴ってくれ。

関孫六の気持ちを考えたことがあるのか と。


おわり



たぶん、切れ味回復させたいなら砥石とかでちゃんとやらないとダメみたいですね~~~何でも都合よく考える自分に腹が立って反省しました。八百万の神に感謝を。

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