KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、51回目の連載となる。では、講義をはじめよう。
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昨日、ついにJoe Dart III Bassが発表、発売された。
こちらはVulfpeck(ヴォルフペック)のベーシスト、Joe Dart(ジョー・ダート)がミュージックマンからリリースする、シグネチャーベースの新作だ。
Joeの過去のシグネチャーベースはそれぞれがベースの有名なモデルをモチーフに作られており、今回もその流れを汲んだ作品となっている。
今回は50本限定で生産、すでに完売してしまっているが、以前の流れを考えるとまた再販があるかもしれない。
今回の記事では、あまりに情報が少なく、ベーシスト以外には伝わりにくいこの素晴らしいベースのこだわり、また今回のベースの元ネタとなっているチャック・レイニーのベースについて、解説を行っていきたいと思う。
それでは、始めよう。
過去のJoe Dartシグネチャー
Joe Dart III Bassの話をする前に、まず、過去の作品について語っておきたい。これまで、Joeは3本のシグネチャーベースをミュージックマンからリリースしている。
Joe Dart Bass
これが2020年にリリースされた最初のJoe Dartシグネチャー。当時も50本限定で発売、即完売した。(この記事を公開している現在は再販され、👆のサイトで購入可能)
バンドリーダーのJack Strratton(ジャック・ストラットン)とJoeの2人、そしてミュージックマンによって企画・設計されている。Joeのシグネチャーベースではあるが、Joe Dart Bassはすべて、Jackもその内容にかなり関わっているのが興味深い。
これはJoeがVulfpeckで使ってきたスティングレイの廉価版のクローン・ベースがモデルになっており、そのクローンを本物にするというコンセプトがあった。
そして彼らはシグネチャーを作るにあたって、通常であれば音を変化させるためについているノブやピックアップを排除。1ノブ、1ピックアップ、ボリューム以外は変化できないというミニマルなベースを作り出した。
ミニマルファンクであるVulfpeckの精神性に合わせたようなこのJoe Dart Bassが大きな話題となったことで、彼らのシグネチャーベースはその後もシリーズ化していくことになる。
Joe Dart Jr. Bass
※👆の動画については、そこでのJackとJoeの会話を訳した動画を作成してあるので併せてご覧いただきたい。👇
Joe Dart Jr. Bassは2021年に50本限定で発売、即完売した。(こちらは再販されていない)
初代Joe Dart Bassの弟分という立ち位置で、サイズの小さいコンパクト・ベースというカテゴリーのベース。だが、恐ろしいことに一切のノブが付いておらず、ボリュームさえも変更できないという究極にミニマルなベースになっている。
Joeによれば、初代Joe Dart Bassのノブを取り除く方法はないのか、という多くの声を貰ったため、ノブが付いていないバージョンを作った、とのこと。
サイズがコンパクトではあるが、サウンドは全く劣ることない。こちらも「Joe Dart」の名を冠するに十分な一本だ。
またコンパクトであることで、長身のベーシストがベースを持ったときの状態を疑似的にシュミレートできている、とのこと。これは背の低い方にとっては大きなメリットとなるだろう。
Joe Dart II Bass
2022年、Joe Dart Bassの2代目がリリース。こちらは最初は100本限定発売、もちろん即完売した。(この記事を公開している現在は再販され、👆のサイトで購入可能)
初代Joe Dart Bassと違い、2ピックアップ、2ノブになったが、洗練されたデザインは変わっていない。また、2ノブのどちらもボリュームノブであるため、音(トーン)が変化できないというミニマルさ(シングル・スピード)も引き継がれている。
Joe Dart II Bassはちょうど『The Fearless Flyers III』のレコーディングのタイミングで製造されたため、そのアルバムで弾いている姿を観ることができる。
そしてこのJoe Dart II Bassは、フェンダーのジャズベース、通称「ジャズベ」がモチーフになっていると言われている。フェンダーのジャズベと言えば、Joeがもっとも愛し続けてきたベースだ。
「Dean Town」、「Animal Spitirs」、「Cory Wong」、「1 for 1, DiMaggio」、「Adrienne & Adrianne」、「Soft Parade」、「Outro」、「Figue State」、「Hero Town」、「Newsbeat」、「Mr. Finish Line」、「It Gets Funkier Ⅱ」、「Barbara」、「Mean Girls」、「Lost My Treble Long Ago」、「Captain Hook」、「Half The Way」など、使用曲を挙げればきりがない。
長年のJoeを代表するようなベースをついに自身のシグネチャーベースとしてリリースしたことで、このJoe Dart Bassのプロジェクトは終了したのかと思われた……。
ところが、まだ、その先があったのである。
Joe Dart III Bass
というわけで、満を持して紹介しよう。Joe Dart III Bassだ。
基本的な木目調のデザインはこれまでと同じになっており、ノブも1個に戻った。非常にシンプルな外見で、パッと見、これまでのシグネチャーと大きな違いは見受けられない。
では、最初のJoe Dart Bassとどこが違うのだろうか?
まず、画像中央の「ネック」と呼ばれる部分の長さが違う。Joe Dart III Bassのほうが若干ではあるが短くなっている。
そして、画像左側、「ピックアップ」と呼ばれる白い四角のパーツの形が異なっているのが分かるだろうか。
たったこれだけだが――この違いが非常に重要なのである。
このJoe Dart IIIのピックアップの形は、「スプリットコイルピックアップ」と呼ばれている。(詳しくはこちら👇)
「スプリットコイルピックアップ」が付いているということは――つまり今回のJoe Dart IIIは、フェンダーのプレシジョンベース、通称「プレベ」をモチーフにしたモデルであるということなのだ。
実はフェンダーの「ジャズベ」と「プレベ」と言えば、現在エレキベース界のツートップ。
先ほどのJoe Dart II Bassがフェンダーのジャズベをモチーフにしていたということなので、今回のJoe Dart III Bassがフェンダーのプレベをモチーフにしていたということは――Joe Dart Bassシリーズに、ついにベース界のツートップ・モデルが揃ったということなのである。
ちなみに先ほどベースの写真で比べたように、今回のJoe Dart III Bassは「ネック」が少し短い。これはプレベのジュニア・コレクション(Fender P bass Junior)という、通常よりも小さいサイズのベースがモデルになっているからである。
こういった話は、👇の動画でJoeが語ってくれている。それでは、その動画の全訳を紹介していこう。
いかがだったであろうか。この語りの中にいくつか面白い点はあったと思うが、やはり見逃せないのが、Jackが60年代後半から70年代前半のチャック・レイニーのようなプレベ・サウンドを求めた、という話である。その時期は、確かにチャック・レイニーが好んでプレベを使用していたのだ。
それではここから、そんなチャック・レイニーについて語っていこう。Vulfpeckを聴くうえでも、チャック・レイニーを知ることは非常に重要なファクターである。
Chuck Rainey
チャック・レイニーはオハイオ州クリーブランド生まれ(これはなんとJackと同じ)。
彼はアメリカを代表するベーシストの一人、特にソウル、ファンク界では神のような扱いを受けているプレイヤーである。
この1960~70年代が彼がレコーディングに参加した全盛期となり、特にクインシー・ジョーンズ、スティーリー・ダン、またアトランティック、モータウンの作品などに数多く参加した。80年代以降は教則などの活動も行う一方で、SMAP、渡辺貞夫など日本人のレコーディング・ツアーにも参加している。
非常に多くのベーシストに影響を与え、細野晴臣が「先生」と呼ぶなど、その影響力は計り知れない。
もちろんJackもJoeも、チャック・レイニーのベースの虜である。Jackは折に触れてチャック・レイニーとバーナード・パーディーが参加しているレコーディング作品の素晴らしさを語っているし、Joeも最近ベースマガジンで彼の魅力を語ったばかりだ。
チャック・レイニーの魅力は数多くあるが、やはり特筆すべきはそのグルーヴ、歌心、そして今回Joe Dart III Bassのモデルにもなっているサウンドだろう。それらについて、彼が参加した有名曲を紹介しながら解説していきたい。
まずはマリーナ・ショウの「Street Walkin' Woman」(1975)。(最初数分間は曲が始まらないので注意)
高速16ビートのファンクベースから、4ビートへ華麗に転身していくこのベースライン、なんとすべて指1本で弾かれたものなのだ。普通のベーシストであれば指2本で弾くところ、チャック・レイニーの真骨頂だと言わざるを得ない。
そしてその1本の指から導き出される極上のグルーヴ。チャック・レイニーを語る際には必ずと言っていいほど話題にあがる1曲であり、また彼の優れたグルーヴ感がとてもよく分かるレコーディングだと言えるだろう。
そしてアレサ・フランクリンの「Rock Steady」(1972)。バーナード・パーディーとチャック・レイニーの共演を代表する1曲であり、またチャック・レイニーのファンク・ベースを堪能するうえでも極上のナンバーだ。
キレの良い16ビート、思わず身体が動いてしまうグルーヴもさることながら、特筆すべきはこの「歌心」だ。この曲ではベースがアレサの歌の次に耳に入ってくる、カウンター・メロディーのような立ち位置で常に大きな存在感を示している。そして、それはそのベースのメロディーが、まるで歌っているかのように優れたメロディーを常に奏でているからなのである。
こういった歌心あるプレイはJoe Dartも得意としているが、その祖であるところのチャック・レイニーの歌心も、やはり常人のものではないと言えるだろう。
そしてロバータ・フラック&ダニーハサウェイの「You've Got a Friend」(1972)。ソウルの必聴ナンバーとして君臨するこのレコーディングにも、チャック・レイニーが参加していた。
先ほどまで紹介してきたグルーヴ、歌心もこの曲では披露されているが、ここではやはりその豊かで丸く、ファットなプレベのサウンドに耳を傾けてみよう。プレベは中音域が豊かだと言われるが、まさにその魅力が遺憾なく発揮されたレコーディングである。
このファットなサウンドが耳を打ち、また心に響くのだ。もちろん、それは彼がプレベを弾いているというだけでなく、彼の指のニュアンスがなくては成立しない。それらを含めた「チャック・レイニー・サウンド」の素晴らしさを、是非この曲で体感していただきたい。
ここまで紹介してきた3曲で、チャック・レイニーはフェンダーのプレベを使用している(と思われる)。この時代、プレベはチャック・レイニーの愛用機材であった。
それが、JackがJoe Dart III Bassに求めたサウンドだったのである。
それを知ったうえで、再度この動画を観ていただきたい。Joeが弾いているJoe Dart III Bassのサウンドが、まるでチャック・レイニーのように感じられないだろうか?
――以上が、Joe Dart Bassの歴史、そして今回のJoe Dart III Bassと、モデルとなったチャック・レイニーのベースについての解説となる。
今回のJoe Dart III Bassのリリースは、ベーシスト以外には関係のないトピックだったのだろうか?――いや、私はそうは思わない。
ここまで書いてきたように、このベースにも、JackとJoeの音楽への愛情、そしてチャック・レイニー、また往年のファンク・ソウルのレコードへの愛情が詰まっているのだ。それは例えベーシストでなくても、Vulfpeckを愛する者としては見逃せない話である。
今回の記事が、私のようにVulfを愛する誰かへ届くことを願って、筆を置くことにしよう。
◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー
宇宙からやってきたファンク博士。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。「KINZTO」と並行して、音楽ライターとしても活動しています。
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