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ストーリーテリングの罠

こんにちは、Dr FJです。

今日は、今読んでいる本でこれは日々の生活の中でもよく目にする事象だなぁと思ったので紹介させていただきます。

 その本はフランスHEC経営大学院教授のオリヴィエ・シボニー先生の行動経済学に関する本、『賢い人がなぜ決断を誤るのか?』です。


 本書は経営戦略が専門のシボニー先生が行動経済学について書いた本で大企業のCEOの話なんかがたくさん出てきますが、内容としては我々の身近な場所で起こる様々な場面にも十分応用できるような内容です。今日は、本書の中で紹介されているありがちな心理的バイアスのひとつ、ストーリテリングの罠についてお話したいと思います。


 まず、人には物事をそのままとらえるのではなく、持論を支持する情報に注目し、反証となる情報は無視しようとする『確証バイアス』と呼ばれる心理があります。マイサイドバイアスとも呼ばれますが、これはよく聞きますね。コップに半分ジュースが入っているのを見て『もう半分しかない』ととらえるのか、『まだ半分もある』ととらえるかみたいな話です。大事に飲みたいと思っている子供から見たら『あと半分しかない…』と悲しむかもしれませんし、お腹いっぱいで何も食べたくないし飲みたくないけど、残すのは良くないと考えている人から見れば『まだ半分もある』となります。


 そして、人は目の前に起こる事実の一つ一つを個別に判断するのではなく、複数の事実をつないで一貫したストーリーを作り上げるという傾向があります。例えば以前民主党が政権を取った時の話。当時は『自民党が官僚を癒着して税金の無駄遣いをしているから必要な財源が作れないんだ!!』という(頭の悪い人にも)わかりやすいストーリーをぶち上げた結果、あれもこれもというように公共事業や科学研究費など多くの必要な予算を削っていきました。『事業仕分け』というパフォーマンスで最初から無駄遣い扱いをされ、素人同然の知識しかない国会議員が専門家を詰める様子はまさにプロレスで、当時から見ていて気持ちの良いものではありませんでした。『2位じゃダメなんですか』『スーパー堤防はスーパー無駄遣い』などの迷言も生まれましたね。


 このように、ストーリーに沿って物事を判断すること自体は、実は悪いことではありません。いちいち個別の事象を独立して考えていると意思決定に膨大な労力と時間がかかりますので、情報処理能力が限られている我々のアタマを有効に使うためには必要な能力です。ただ…時々この能力がバグを起こすことがあるのです。そして、これを利用(悪用?)してマーケティング戦略に使うこともあります。


 例えばApple社の囲い込み戦略。iphoneやMacBook、Apple Watchなど、Apple社はデザイン性と機能性に優れた製品を出すことで世界でも屈指の大企業であり多くのApple信者を生んでいますが、個別の商品を見ると、必ずしもそれが最適解ではないことがわかります。なんせ値段が高い。PCで言えば、同スペックでより安価なもの、同じでより高性能なものはいくらでもありますが、それでも信者の方々は高いお金を払ってApple社の商品を買います。これは、Apple社の製品で統一することで利便性が上がること、独自の操作性に慣れていることなどの理由もありますが、やはり一番の理由は『Apple社の打ち出すストーリーに沿って物事を判断している』という、ストーリーテリングの罠にはまっているということでしょう。同様のことは、『安い値段で即日配達で提供する』というストーリーを信じて他社の価格を調べずに必ずしも最安値ではないAmazonでポチったり、『携帯電話、クレジットカード、証券会社、ネット銀行などを統一して買い物すればお買い得』という楽天経済圏の住人になったりすることの説明にもなります。いちいち判断していると非常に脳のリソースを食うのでこういう思考停止をするのですが、これらの企業はこの心理を逆手に取っていると言えます。


 また、テレビやSNSの世界であるストーリーをぶち上げて有名人/インフルエンサーになるということもよく見られますね。ワーママはるさんの世界観や聖丁radioのサウザーさん、ちきりんさんなど、独自のストーリー(=世界観)を打ち出していて、これがリスナーさんたちの支持を得ていると思いますが、一方でファンの中にはストーリーテリングの罠にはまり、この人たちが言うことはほぼなんでも正しいと思考停止してついて行っているような人も少なからずいるように思います。別に悪いことだとは思いませんが、こういう人たちを見ると確証バイアスが働いているんだろうなとは思います。


 そして、この手の話は投資の世界にもたくさんあります。最近話題になっている『築古戸建てでFIREを目指す』なんて話も、典型的なそれですね。収入が少なくても、日々の生活を質素にして自分の労働力を物件に投入すれば資産が築けて資本家側に行けてFIREを達成できるというストーリー。本当にそれが正しいのかどうかはさておき、このストーリーに沿って物事を判断していくと、確証バイアスが多く発生しそうです。『収入が低い人のほうが実はFIREしやすいんだ!!』なんてことまで言う人が現れたりしてますが、普通に考えれば収入が高くても日々の生活は質素にはできますし、収入はもちろん多いほうが貯金もたくさんできます。休日を返上して自分の労働力を物件に投入するのは『意識の高い行為』というよりは『肉体労働のアルバイト』であり、どちらが効率よく稼げるのかを個別の事象として考える必要があります。そもそも、一定の能力/資格があって本業に従事している人であれば、その能力/資格を生かした仕事をした方が効率が良くなるでしょう。世の中には築古戸建てにセルフリフォームをする医者なんて人もいるようですが、私なら医師免許を利用して割の良いアルバイトをして、そこで稼いだお金でプロにリフォームをお願いするでしょう。それが適材適所というものです。


 ただ、興味深いのは上記の話を『そんなの違うんじゃないの?』という側にも、ストーリーテリングの罠は発生しているということです。『築古戸建てをセルフリフォームするなんて不動産投資が何たるかをわかっていない!!』というストーリーをいったん受け入れてしまうと、それをしている人のやることなすことがすべて危険で怪しく見えてきて、つい過剰な批判をしがちになります。個別具体的な事例においては、築古戸建てのセルフリフォームが最適解であることも往々にしてあり得ます。自戒の念を込めていえば、実際に私自身の中にもそういうバイアスが発生しているなと感じたことは何度もありましたし、Twitterでの発言を見ているとそのバイアスを感じることは多々あります。すべての選択をいちいちゼロベースで判断するなんてことができない以上、世の中のいたるところにこの罠は発生しうるのです。


 そして、この本が面白いのは題名を見てもわかるように『賢い人であっても個人ではこのバイアスからは逃れられない』と言っている点です。どうやらこの手のバイアスは、『人にはこんなバイアスが発生しがちだという知識を得て気を付ける』ことでは回避できないそうです。私たちは確証バイアスによって間違った判断をしている人を見ると『頭が悪い人は…』と考えがちですが、本書で例として出てくるのは一流企業のCEOたちの話で、決して能力的に劣っている人の話ではありません。こうしたバイアス回避のキモは組織として、プロセスを重視することのようですが、その話はまたいつか。とりあえず、一個人として考える最適解は、世の中には一つのストーリーですべてが説明できるような万能のストーリーは存在しないことを肝に銘じ、投資行動や仕事での重要な意思決定の際にはこういうバイアスが自分に働いていないか謙虚にチェックすることなのかなと思います。


まとめ

  • フランスHEC経営大学院教授のオリヴィエ・シボニー先生の行動経済学に関する本、『賢い人がなぜ決断を誤るのか?』を読んだ。

  • 人には物事をそのままとらえるのではなく、持論を支持する情報に注目し、反証となる情報は無視しようとする『確証バイアス』と呼ばれる心理があり、自分の中にあるストーリーに沿うよう物事を判断するストーリーテリングの罠が発生する。

  • ストーリーテリングの罠はマーケティング戦略などに利用されることもあり、注意が必要。

  • 個人がストーリーテリングの罠を回避することは基本的には不可能。頭が悪いから引っかかるわけではないことに注意。

  • 一個人として考える最適解は、世の中には一つのストーリーですべてが説明できるような万能のストーリーは存在しないことを肝に銘じ、投資行動や仕事での重要な意思決定の際にはこういうバイアスが自分に働いていないか謙虚にチェックすること。

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