科学仏教(9)菩提樹の下でブッダは何を覚ったのか?
◆ まとめ ◆
本書では、科学技術と仏教を融合する形で釈迦仏教に対するあらたな解釈を提示し、さらに菩提樹の下で開いたとされる「釈迦の覚り」についても新たな説を示しました。
もちろん本文中でも述べたように、このような覚りの内容が歴史的事実だ、などと主張する趣旨はありません。あくまでこれは科学仏教という立場から見た釈迦の覚りに対する解釈です。
しかし、一方で私たちは、「釈迦は何を覚ったか?」という何処を探しても答えの見つからない問いに対し、「謎」という言葉で美化しながら2500年にわたり幻を追い求めてきました。今後もこのような状態を続け、仏教を未完成のままに放置するよりも、一度明確なピリオドを打った方がよいと考え、本書を執筆しました。
このように仏教を一度完成させることが、これからの仏教、特に技術的特異点を迎えつつある現代の仏教にとってはとても重要なことだと、私は考えています。なぜかというと、前著「人類の一生」で述べたように特異点を超えると科学技術によって人の欲望はほぼ全てがかなえられ、病気や老い、さらには死までもが克服できるようになると予想されています。ということはつまり、釈迦が説いた生、老、病、死の苦しみを取り除くための十二縁起、四諦、八正道に頼る必要はなくなり、ひいては仏教そのものが不必要になるかもしれないということです。
「仏教というのは病める人や迷える人にとって心の救いとなるのが目的だから、そのような人がいなくなれば仏教はその役割を終えてもかまわない」という見方もあるでしょう。しかし私は、仏教は単にそれだけの存在では終わらないと思っています。
なぜなら仏教は人々の救済という目的以外に「世界と人間の真理を探究する」という哲学的、科学的な側面を多分に持ち合わせているからです。また釈迦仏教、大乗仏教ともに言えることですが、それらの真理を探究する過程において生み出された様々な思想、人生観、世界観というものは今後を生きる私たちにとって有用なものになってくると思います。
そもそも釈迦は29歳のときに、なぜ家族を捨ててまで出家したのでしょうか? 日々の生活の苦しさから逃れたかったわけではありません。釈迦は一国の王子として何不自由ない裕福な環境で生まれ育っており、一般にいうところの生きる苦しみとは縁遠い存在です。
では別の理由として、例えばマザーテレサのように貧困にあえぐ人達を直接的に助けたかったでしょうか? いえ、それもまた違うでしょう。
釈迦は「この世界の真理とは何か? 人間とは何か?」また「この世に苦しみがあるのはなぜか? それを消し去る方法はあるのか?」といった根本的な問いに対する答えを求めて修行の道へと踏み出したのです。
その意味ではむしろ「救済」よりも、哲学的側面の方が釈迦仏教の重要なテーマと言えるでしょう。
科学技術が進み様々な制約が解除されると、何の苦労もなく生きていける時代がやってきます。そうなると「どうすべきか」よりも「どうしたいのか」が問われるようになります。前著でも述べましたが、これは各々の価値観、世界観、人生観に基づいて各人の進む方向、および人類全体の進む方向を決めていかなければならないということです。残念ながら科学技術はこの問題に答えてはくれないのです。そのときに仏教を初めとする宗教や哲学の役割があらためて見直されることになるでしょう。そのときに備えて仏教は今、生まれ変わる必要がある、と私は思うのです。
先ほど「科学仏教によって仏教にとりあえずのピリオドを打つ」といいましたが、ここで終わりというわけではありません。これは「救済を主目的とする仏教」から、「人類の生き方を探究するための仏教」へと、さらなる進化を遂げるためのスタート地点ともいえます。
アントニ・ガウディが設計し、没後90年経った現在も建築が進められている寺院サグラダ・ファミリアのように、釈迦は自分の一生では描ききれないほど壮大な絵を、私たちに描いて見せたのかもしれません。私たちは仏教のさらなる完成に向けて今後もバトンを引き継ぎ、次の世代に渡していくことが必要ではないでしょうか。
釈迦は入滅の直前、弟子達に次のような言葉を残しました。
「すべてのものは無常である。怠ることなく修行に励み、それを完成させなさい」
もし釈迦が本当に人類の未来を覚っていたならば、この言葉は釈迦の弟子達だけに向けた言葉ではなく、私たちを含む後世の人類すべてに向けたメッセージのように感じます。
2015年7月 台場 時生
科学仏教
著者 台場 時生
未来人類学的な研究をライフワークとしている.趣味は音楽鑑賞,映画鑑賞,散歩.
写真提供:PIXTA
2015年7月15日 第一版発行
2015年9月30日 第二版発行
2016年7月31日 第三版発行
Copyright (C) Tokio Daiba 2015
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