とおくのまち 24 女の子になれる魔法?

ついに念願の『診断書』が手渡された。
しかし、K大病院では第二療法(ホルモン療法)を行っていなくて、婦人科や泌尿器科の病院への紹介状もなく、ホルモン投与をしてくれる病院は自分で探さなければならなかった。情報も少なく、性同一性障害へ理解のある医療機関もわずかしかない時代だったから、呆然とした日を過ごすこととなった。
 
インターネットで手当たり次第に産婦人科を探す。メールで連絡して引き受けてもらえる先生を探し出す。初老の先生が応えてくれた。
歴戦の老兵のような、とても信頼できる方だと思いました。
やっと見つけた街の婦人科は、大阪市内にあった。通えない距離ではない。
大学病院の出した診断書は、たしかに効果があるようで、とくに何か問題になることもなく、すぐに対応してもらえた。
注射にするか、飲み薬にするか聞かれて、注射だと頻繁に通院しなければならず、その都度、会社を抜けるわけにもいかないので飲み薬にしてもらう。
 
女性ホルモン。
喉から手が出るほどほしかったそれを手に入れるや否や、部屋へ戻ると、
早速、それを掌の上にのせて眺めた。
憧れと恐怖。これを飲むともう引き返せないと、そう思っていた。
そして、男性であった自分に別れを告げると覚悟を決めて服用した。
帰り道、デパートのアクセサリー売り場へ寄った。
投薬からの日付を覚えておきたいということと、女性への移行を始めた記念という意味も込めて指輪を買うことにした。
ちゃんとした女性用の指輪を買うのは初めてだった。
その日付けと、自分の女性名を刻印してもらった。わたしがいつも薬指にはめていた銀色のリングがそれである。
今でも大切にしている三つの指輪のうちのひとつ。あとのふたつは、お気に入りのディオールのお洒落な指輪と、結婚式(写真だけの……だけれど)のときに彼が薬指にはめてくれたスタージュエリーのペアリング。
 
 
婦人科で血液検査、肝臓もだいじょうぶみたいでほっとする。
薬を飲み始めて1月目。へんな副作用も感じられないけど、効果もわからない。
先生に相談して量を増やしてもらった。
 

2003年 1月。お薬を飲み始めて三か月目になる。
血糖値なども正常と聞いて、ついつい御菓子やケーキをたくさん食べてしまった。
そのせいだからなのか、体重がウナギのぼりに増加している。薬のせいなのか、
水分をよく飲むようにしたからか、それとも気の弛み、冬で寒いから?
理由はわからない。でも、4k近くも太ったし、顔も丸々して2倍くらいの
大きさになったような気がする。肩のあたりの筋肉がかなり落ちたせいで、
余計にそうみえるのかもしれない
 
女性ホルモンのお薬、プレマリン、プロペラ、ドールトン。
微妙な体の変化に一喜一憂した。
でも、その後は、大した変化はなかった。
ちょっと胸がふっくらしたり、筋肉の付き方が変わったりした程度で、
男から女に変身したなんていうことにはならなかった、残念。
謎の湿疹に怯えたり、街を歩いていて目眩のような不安感に襲われたり、
原因のわからない耳鳴りに何日か見まわれたりといろいろと大変だったけれど、
なんとか、今も無事に生きていられるだけで、ありがたいと思っている。
 

それから、半年が経った。
ふつう、女性ホルモンを半年以上投与するともう後戻りはできないと聞く。
それでいい、あとは行くだけだから。迷いはなかった。
 

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