れいか

Noteでは、エッセイや写真を投稿していきたいです。 トランスジェンダーMtF。

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マガジン

  • とおくのまち 女装回顧録

    女装。性同一性障害。トランスジェンダー。 私小説。回顧録。

最近の記事

女装回顧録 続・とおくのまち3

わたし史上で、もっとも光り輝いていた時代。レイカちゃん、女装スナックにデビューのお話~☆ まいるーむから歩いて数分、近所の美容院へ行って、髪をすこしカットしてもらった。 来週の木曜日にも来たいので髪のセットを予約しておく。 この日もヘアスタイルをセットしてもらって華やかになった。 いったん、まいるーむに戻ると、着ていく服をあれこれと迷い、 気になっていた女装スナックへ思い切って行ってみました。 この界隈では人気急上昇中のカラオケを主体としたスナックである。ふつうのカラオケ店

    • 女装トランスジェンダー回顧録   続・とおくのまち 2

      自分が自分でいられるといのは、ほんとに素敵なこと。 友達もたくさんできました。 ボーリング、カラオケ、水族館、遊園地、みんなで行けばこわくない……とばかりに、女装した仲間でいろんなところへ遊びに行ったなぁ。 すぐく楽しかった~♪ 古都……。奈良、京都にも行ったなぁ、ちょっした旅行気分が味わえた。 写真を撮るのがすぎたったから、カメラにも興味がわきました。 まだ、「自撮り」なんていう言葉もない時代だったけれど、自分で自分の写真を撮る研究をしていました。 ポートレート(人物写真)

      • 女装トランスジェンダー回顧録 続・とおくのまち 1

        わたしに帰れる日 やっぱり、わたしは、わたしである。 戻りたい、還りたい。『レイカ』に。 何処にいたとしても、わたしのこころはそこにしかない。 なにもかも、引き換えにしたって、きっと。 わたしは、そこへ還るだろう。 たとえ、どんな批難が浴びせられようとも、 茨の道が待ち受けているとしても……。 行きたい方向にしか道はない、 行くべき先にしか歩き出せない。 わたしがわたしになるために、 自分が自分でいるために。 まいるーむ、それがわたしの拠点となりました。 新しくはじめたバ

        • 番外編 『暗黒時代のトランスジェンダー』

          それは、まだ暗黒時代だった。 いまや数回クリックすれば翌日にでも洋服や靴が届く便利な時代、電車を乗り継いで出かけることもなく、お店に行って店員さんと顔を合わせて会話をする必要もない。 そんな昔のことを考えれば、今の男の娘たちの状況はチートともいえるだろう。 1980年代の終わり頃だっか、私がはじめてブラジャーを身に着けたりスカートを履いたりしたのはその頃でした。 ふつうの田舎の少年としかいいようがない。容姿もふつう、勉強も中くらい、家庭環境もそこそこの中流。 ややほっ

        女装回顧録 続・とおくのまち3

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        • とおくのまち 女装回顧録
          17本

        記事

          10/17より、連載再開します。

          『とおくのまち』、ながらく中断してしまいすみません。 近日、連載再開いたします。よろしくお願いいたします。 予告編 まいるーむ、そう呼んでいた。駅前のタワーマンションの一室、わたしの小さなお城。 念願の一人暮らし。 まいるーむで暮らすことになった。つまり、「フルタイム」で女とし暮らせるようになった。 お気に入りのお姫様みたいなベッドでゆっくりと眠れるようになったし、素敵な鏡台に向かっていつでもメイクができる。 お買物にも、あたりまえのように女の格好で出掛けました。 さ

          10/17より、連載再開します。

          とおくのまち外伝 ~ あの街の後日談

          じつは、あの連れ戻し事件には、後日談が二つあります。 ひとつは、仕事が早く終わったある日、父は愛車に乗せて私をあの街へ 飲みに連れて行ってくれた。店の並びのうどん屋さんで軽く夕食をとり、 花屋さんで大きな花束を買って、あの店へ向かいました。 ママと、親切にしてくれていたお姉さんが、父と私のテーブルに来て飲んだり、話したりした。 父は、ボトルキープを入れてあげました。 次にここに飲みに来る予定なんて永遠にないというのに。失踪中に私が世話になったことへのお礼だったのかな。 粋

          とおくのまち外伝 ~ あの街の後日談

          おしらせ 連載再開

          ごぶさたしています。 『とおくのまち』は第26話でいったん終了します。 第27話からは、『続・とおくのまち』の一話として連載を続けていきたいと思います。 また、時系列から外れるエピソードにつきましては、『とおくのまち外伝』として書いていきます。 どうぞ、よろしくお願います。

          おしらせ 連載再開

          とおくのまち 26 沈黙の夏

          苦し紛れに、ピアスをあけた。 レーザー脱毛に通っていた皮膚科の病院では、ピアスも取り扱っていたので、両耳にひとつずつ開けてもらった。 小さな穴をあけるだけのことでも、かんたんなようで、なかなか大変。 傷口が膿んだりしてなかなか治らなくって不安になるし辛かったなぁ。 それと、男性でピアスをしているとなにかと悪目立ちした。 男のふりをしておきたい時は外したかったけれど、ピアスの穴が安定するまでは刺したままにしておかないといけなくて、ホールが完成してから付けないでいると穴が小さくな

          とおくのまち 26 沈黙の夏

          女性として暮らすために とおくのまち25

          すぐにでもSRS(性別再判定手術)したかったわけではありません。 SRSをすれば、戸籍も変えられるし、温泉にだって行けるけれど、そんなことではない。 ちゃんとした「女性」になりたい。それはなりたい。 でも、、、遠い夢。叶うのかなぁ。 わたしがまず手に入れたかったものは、女装のままで眠ってしまったとしても、 次の朝、シャワーを浴びたときに、長い髪と、乳房と、そしてヒゲの生えていない素顔がほしかったのだから。 レーザー脱毛に踏み切った。ヒゲをなくしたかった。 レーザー脱

          女性として暮らすために とおくのまち25

          とおくのまち 24 女の子になれる魔法?

          ついに念願の『診断書』が手渡された。 しかし、K大病院では第二療法(ホルモン療法)を行っていなくて、婦人科や泌尿器科の病院への紹介状もなく、ホルモン投与をしてくれる病院は自分で探さなければならなかった。情報も少なく、性同一性障害へ理解のある医療機関もわずかしかない時代だったから、呆然とした日を過ごすこととなった。 インターネットで手当たり次第に産婦人科を探す。メールで連絡して引き受けてもらえる先生を探し出す。初老の先生が応えてくれた。 歴戦の老兵のような、とても信頼できる

          とおくのまち 24 女の子になれる魔法?

          とおくのまち 23 性同一性障害 治す

          2001年 秋 大阪市内の比較的大きい総合病院へ診てもらいに行く。 「女性ホルモン」の薬を希望したのに、 精神安定剤のようなものを処方された。 まったく納得がいかない。 まだ、ジェンダークリニックなど全国に数か所しかない時代だった。 やっぱり、ふつうの病院じゃだめだった。 翌月、 この前の病院で薦められた「心の相談所」へ。 いろいろと話を聞いてもらって少し楽になったような気はしたけれど、 気休めでしかなく、目標には少しも近づかない。 結局、根本的な解決にはなっていないと気

          とおくのまち 23 性同一性障害 治す

          とおくのまち 22 復活の蜃気楼

           そして、私はもう『れいか』を名乗ることはなくなった。 以前から、インターネットのハンドルネーム(通り名)や小説や詩を書くときに使っていたペンネームである『しずか』を名乗ることにした。  前にインターネットを通して知合った彼氏にも前から『しずか』と名乗っていたので、いつも、しずちゃんと呼んでくれていた。 ちゃんとしたニューハーフになったら、また、連絡をとろうと思っていたのだけど、あれから、時間だけが過ぎ去ってしまったね。 会社が、わりと自由が利いたので、早く終わった時や暇な

          とおくのまち 22 復活の蜃気楼

          とおくのまち 21 廃墟の女装者

          とおくのまち 第二部 21 廃墟の女装者  男性の恰好は世を忍ぶ仮の姿、 とにかく、自分ののぞむ姿を手に入れたかった。 そして、いつかほんとうの自分の姿で暮らしていきたかった。  時は、二十世紀も終わろうとしていたころの話。  しばらくホテルやウィークリーマンションを転々と滞在した後、 実家へ留まることになった。  梅雨の季節だったか、雨の日だった・・・。悪天候にもかかわらず、 妻は、予告していた日にいっさいの荷物を撤去したようだ。 「まるで、廃墟だ」そう思えた。

          とおくのまち 21 廃墟の女装者

          とおくのまち 1-20 Epilogue (第一部終章)

           翌朝、父は仕事に行くため、早くに京都をあとにし、残った私と母は、ゆっくりと朝食をして、せっかく京都に来たのだからと近辺を散策して気分転換をしました。  母を先に帰すと、私は夕方に店が開くのを待ちながら、カラオケボックスで時間をつぶしていた。荷物を引き上げないといけないことと、お世話になったママとみんなに、お菓子を買っていって挨拶するためだ。荷物といっても女装用具なので、持って帰ったとしても処分される運命にあることは明白だった。ママは「荷物をお店に置いておいてあげてもいいよ」

          とおくのまち 1-20 Epilogue (第一部終章)

          さよならニューハーフの夢 とおくのまち 20

          なぜ、ここがわかったのか。答えは、意外と簡単でした。 私は家を出てくる時、携帯電話を置いてきました。それは、もう連絡を絶つという意思からです。 しかし、妻がそのリダイアルから、この店の電話番号を知って父に告げ、そして見つけ出したというだけのことです。 前のロッカーの件といい、妻は道を間違えたのだ、探偵にでもなればよかったのではないだろうか。 半信半疑で追ってきた父は、確認のためか、昨日から、この店を張っていたと聞きました。 そして、今日は見張っていたけれど見なかったので心配し

          さよならニューハーフの夢 とおくのまち 20

          とおくのまち19

          市役所に行ったついでに、そのまま大阪へ向かいました。洋服や靴の補充が必要だったのです。  なつかしいようなセンチメンタルと、考えたくない現実世界へとひきもどされてしまうジレンマを感じつつ駅へと向かいます。  その日は、朝から小雨が降っていました。ママに傘をお借りしました。 とても、きれいで上品な雨傘でした。たぶん高級品です。私もいつか、こんなきれいな傘を買いに行こうと思いました。  衣装の補給をするため、大阪にあった女装会館へ寄ります。 ついでにここで化粧していこ

          とおくのまち19