とおくのまち 5 変身旅行

 それは、シンデレラの魔法のようなものなのかもしれない。

時間が来るとすぐに消えてしまった。そして、わたしがどこかの階段で落としたガラスの靴は、拾われることはなかったらしい。

ホテルには宿泊以外にも昼間に使えるデイタイムプランというものがあることを知る。まずは電話で予約をしておく。大きなカバンに化粧道具や洋服、靴などを詰めて持っていく。

ホテルに着くとすぐに着替えて、化粧をはじめる。姿見で出来映えを確認してみる。カメラのセルフタイマーをセットして写真を撮ったり、冷蔵庫のジュースを飲んだりして、

自分だけの小さな自由な世界のなかで過ごすのは、ちょっとした幸せな時間。

 やがて、閉ざされた空間には飽き足らず、外を歩いてみたいと思う。ドアを開けて一歩を踏み出すことをためらいながらも意を決して飛び出す。女装も外出も初心者マークだった。心臓が飛び出そうなほど、ドキドキしながら歩いて行く。

休日だと観光地は人が多そうでしりごみしてしまうかもしれない、だから、休日出勤した後の代休なんかを利用して、平日に出かけるようにしていた。平日の観光地なら、人も少なく、知り合いにも会う危険も少ないと思われた。

行き先は、何度も、観光案内の本で確認しておいて、列車やタクシーを乗り継いで目的地をめざす。いろんなことに一喜一憂した。
いろいろなところへ出かけたなぁ。

 私の好きだったのは、景色がよく、ドレス等の衣装を着て変身写真を撮れるという条件を満たす場所だった。

 明治村、リトルワールド、神戸異人館、そして、長崎ハウステンボス。

人がたくさんいては困るので平日に行くべく、有給を効果的に使ったつもりだ。

 この頃は、ファッションもコーディネートも意識になかった。とにかく、憧れていたいろんな服やドレスを着てみたかった。子供のころに、遊んでみたかったきせかえ人形のように、お姫様のドレス、世界の民族衣装、ウェディング・ドレスなど、着てみたかっただけ。

 普通の女の子なら、子供のころに描く夢の世界かもしれない。自分のなかのまだ幼い女の子がようやく目覚め始めたのだろうか。身体は少年から青年へと変わり始めた男性のもの、しかし、心の中では、目覚めたばかりの少女の心がしだいにとって代わっていったのかもしれない。

 そして、この時期、社会的に男性としての自分は追い詰められていたことがあった。それが重なったのかとも思える。その辛い出来事の前のほんのひと時の幸せな時間がこれらの変身旅行だった。

 こんな変身旅行の総決算のようなものが、長崎のハウステンボスへの旅行だった。
泊りがけで行くはじめての一人旅。何にも邪魔されない自分のためだけに使える二泊三日の自由な時間。特別な列車に乗って、小舟で運河を行ったり、豪華なドレスを着て写真を撮ってもらったり、森やお城や海を眺める。二泊三日の旅、行きと帰りこそ男性の恰好であったとはいえ、現地ではずっと化粧をして長いウィッグを着けてスカートをはいて過ごした。

女の子として眺めた、
高くそびえたつドムトールンの鐘の塔を今もはっきりと覚えている。


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