見出し画像

画一的「個性」の時代:山川方夫「お守り」について

こんばんは。月に一度の別冊夢想ハウス.にこにこです。
今月は初挑戦!山川方夫先生の「お守り」を読みました。

👆ここで毎月朗読してる📚ぜひ聴きに来てね🍻



出会えてうれしい、山川方夫先生の世界

趣味と実益を兼ねた青空文庫の散策で出会った今作。
山川方夫作品、恥ずかしながら読んだことなかったんですよね…
『夏の葬列』はタイトルだけ知ってたから、夏だし読んでみよう、と思ったらすごく良くて…

引き続き探検してたらこんな素晴らしい怪奇小説(?)にも出会えたわけです。運命に感謝…。『箱の中のあなた』も良かった。また夏に読みたい。

noteを見ていたら、すてきな読書案内の記事を見かけたので共有👍
たまたま本屋さんで見かけた『長くて短い一年 山川方夫ショートショート集成』(ちくま文庫)を購入して今読んでるところなんだけどどの作品も面白い!
『箱の中のあなた』のほうの作品集も欲しいな~。

時代の雰囲気

今作が書かれたのは1960年。
作中でも描かれるように団地がブームで、古い日本家屋から先進的な団地へ移り住むことがステータスだった。
頑張って働けば理想の暮らしができる。新しい間取りの家や3種の神器を手に入れて豊かな生活ができる…

当時は、ちゃぶ台を使って食事をし、食事が終わったらちゃぶ台を片づけて布団を敷く、という寝食同室の生活スタイルが一般的な時代でしたから、ダイニングキッチンという寝食分離の考え方は先進的だったでしょう。

高度経済成長期、憧れの的だった「団地住まい」ってどんな暮らし?
https://suumo.jp/journal/2013/06/11/45643/

高度成長期の勢いや、テレビの普及も後押ししたのかもしれない。こんな生活が理想、こんな人生が理想、と皆が一斉に同じ方向を向いて進んでいく時代。
物質的には急速に豊かになるけれど、その影でなにかを見落としていないか?その憬れは一体どこからきたのか?ひとりひとりが心から願っているのか…?

画一的な「個性」の時代

時は流れ、テレビに加えてインターネット、SNSが当たり前のものとなった現在。
一億総中流社会を経た今、みんなで同じ理想の方向へ、というより今度は声高に「個性の大切さ」が謳われるようになり、頭一つ抜ける独自性への欲求がある。
あなたはどうしたいの?あなたはどんな人なの?
その答えがどういうものであれ許容されるならいいのだけど、「個性」によってジャッジされている感覚に息が詰まることもある。
大切なのは自分で考え感じながら選び取る態度であり、そこに個性的・没個性的という他者と比較した視線って必要なのかな?

余談ですが私は自己紹介・自己PRが大の苦手で、就職活動中は気が狂いそうだった。いやほとんど狂ってた。
自己分析つらい…鏡に向かって「お前は誰だ?」と言い続けるアレやん…狂気やろ…。そこには虚無しか見出せなかった…。


個性なんてないさ…個性なんて嘘さ…と斜にかまえてしまった私とは違い、作中で関口は、自分の独自性を担保する「お守り」が必要だと考えはじめる。
「お守り」という言葉のチョイス面白い。自分の存在意義を守るお守り。アイデンティティの崩壊を食い止めるお守り。自分は他の誰でもない、替えがきかないただ一人の「ぼく」だと、証明するお守り。
それが、ダイナマイトだった。

ラストでは、団地の夫たち代表・黒瀬二郎もまたダイナマイトを持っていたことが発覚し、関口にとってダイナマイトはお守りとしての効力を失ってしまう。
それは同時刻、団地中の夫たちが感じている失望かもしれない。
きっと翌日には一斉に、もっと効力のある、もっと確からしいお守りを探しに行くだろう。そしておなじものを準備して家に帰っていく…。

他人と比較しながら独自性を追い求めることのナンセンス。
同時に、自分で考えているつもりでもいつの間にか他人と同じになっている恐怖。自分は家族にとってすら替えのきく存在なのではないかという恐怖…。
個性を探させられ、自己分析させられ、自分について発言させられる現代社会のムードの中でも、いまだに。ずっと。自分だけが自分であると証明できないドッペルゲンゲルの恐怖はずっと付きまとうのかもしれない。

個人的には、替えがきかない証拠なんて存在しないと思う。独自性を担保するものも。
ただ、ここで生き、他者と関わっているというその事実があるだけであり、過去が書き換えられないのと同様、自分という人間が生まれてから今日まで生きてきた、それだけのことだ。
だからこそ、この話のタイトルは「お守り」なのだ、とも。


次回予告:9/20(金)21:00~蘭郁二郎『鉄路』

次回は大好き蘭郁二郎先生!残暑厳しかろう9月も一緒にゾッとしよう!
9/2にお誕生日の蘭郁二郎作品、『鉄路』を読みます。
すごく好きになった作家なのでぼちぼちと読んでいるけれど、去年朗読した『蝕眠譜』に引き続き、ラストの熱量に爆笑してしまった。最高…。
狂気にあてられて笑っちゃう作品、共にじっくり楽しみましょう~。
ダイナマイトなんてなくたって、おなじ物語を共有して笑う時間はかけがえのない永遠だぜ~!替えなんてきかないぜ。よろしくねっ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?