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手招きする「秘密」の誘惑:江戸川乱歩について

こんばんは。月に一度の別冊夢想ハウス.にこにこです。
今月はついに、江戸川乱歩の「日記帳」を読みました!このnoteを始めてから初挑戦の乱歩作品。雑誌「新青年」にふれる度、日本探偵小説界の黒幕のようにちらちらと見え隠れしていた乱歩先生です。

👆ここで毎月朗読してる📚ぜひ聴きに来てね🍻

⚠ 今回はネタバレしかないので、未見の方はぜひ先に読んでください!



あらすじ、そして湧きおこる疑念

兄である語り手が、弟の初七日の夜にひとり、遺された日記帳を捲りながら、内気で臆病であった弟の思い出に浸っている…。
兄は弟を「恋も知らないでこの世を去った」と言うのだが、日記帳には「雪枝さん」という女性との文通の記録があり…。

江戸川乱歩「日記帳」あらすじ

初めて読んだ時は、「若くして死んでしまった弟の初恋が、暗号の細工なんてしてしまったためにすれちがい、死病のせいもあってついに成就しなかった」という切ない話、そしてラスト一文で「弟は気付かなかった雪枝さんの思いを、現在の婚約者である兄が知ってしまった」という戦慄を余韻として、底冷えのする夜の雰囲気のままに幕を閉じるという、そんな話だと思っていた。
しかし読み返してみると、「待てよ…この兄、読者をごまかしているのではないか?」という違和感がそこここに散らばっている。

まず違和感を覚えるのが、日記に雪枝さんの記述を発見したときの、異様な動揺具合。

そうして、三月九日のところまで読んで行った時に、感慨に沈んでいた私が、思わず軽い叫声を発した程も、私の目をひいたものがありました。(中略)そこで私は、一種の淡い戦慄を覚えながら、なおもその先を、ひもといて見ましたけれど、私の意気込んだ予期に反して、日記の本文には、少しも雪枝さんは現われて来ないのでした。(中略)私は安心とも失望ともつかぬ感じで、日記帳をとじました。

江戸川乱歩「日記帳」より

ラストから考えると自分の婚約者の名前なわけだから動揺もするだろうとか、「弟にも恋の思い出のひとつくらいあればいいな」と思う兄心がとか、色々説明はできなくはないが、恋の記述がない日記帳を「安心とも失望ともつかぬ感じ」で閉じるというのに説明できない違和感。なぜ安心するのか?
また、序盤から弟のことをやたら「内気」「臆病」と表現する。あくまでも「愛ゆえですよ、そんな弟が愛しいんですよ。」というトーンにしたいようだけど、どうも含みを感じる…。

そしてわざわざ手文庫の底から、宝物のように白紙に包まれていた雪枝さんの葉書を見つけ出し、通信の日付までつぶさに考察。弟そして雪枝さんの思いを探っていく。
正直、常軌を逸しているよね…。逸しているから面白いわけだけど。

違和感の正体を整理してみた。

さて、兄はあくまでも「弟と雪枝さんは互いの暗号に気付けなかった」「臆病で可哀想な弟の、叶わなかった恋」と言っているみたいだけど、私にはそうは思えないな…。
というわけで、考えを整理してみた。

文通の日付。
Excelそのまま貼れるやん!便利~。

通信欄には「北川雪枝」と書いているのに、5/25の日記ではなぜか突然「Y」と書いている。
→雪枝さんは弟の「I LOVE YOU」に対し、「Y」…例えば「YES」など、返事をしようとしていた?
この時以外は、雪枝さんからの返信はだいたい翌日、遅くても翌々日であり筆まめな印象。わずかではあるけど少し空いているため、わざと25日を待ったのではないか。(ほかの雪枝さんの返信日に関してはでたらめなアルファベットとなっていた。)
そして弟もそれがわかったので、あえて「Y」と記載した。

切手を斜めに貼る意味を弟が知らないわけがない。
→昔流行ったものならともかく、「文通をしていた頃」にまさに流行っていて、「私たちの間でも話題になった」のであれば、わからない方が不自然。

つまり、最初から弟は雪枝さんの心をわかったうえで、二人は相思相愛の暗号通信ごっこを楽しんでいたのではないか?と思えてならないのです。

それではなぜ、5/25以降の文通が途絶えたのか?
→「ちょうど、弟が医者からあのいまわしい病を宣告せられた時分」だったから。

つまり、この暗号ごっこを楽しんでいる間に死病の影が忍び寄っていたがゆえに、雪枝さんとは相思相愛であることがわかったものの結ばれることはできないが故の「失望」なのではないか?「遅かった」という意味での「取り返しがつかぬ」なのではないか?
弟は5/25の手紙の返事としてなんの意味も成さない日に、本当の最後の手紙を送り、2人の文通は終わったのではないか。

弟の思惑、兄の秘匿

当然兄も全てに気が付いたのではないか。だから木立の間をグルグル廻り歩くことしかできなかった。
何かを誤魔化そうとするとき人は多弁になる。雪枝さんの切手が斜めに貼ってあることに気付いてから、執拗に「弟のやり方は臆病だったので彼の恋は実らなかった、悲劇だ、残念だ、臆病すぎたのだ、むしろ卑怯といっていい」といった描写が続いていく。
しかし、弟の死病が宣告されたのはこのころなのだ。兄がそれに思い至らないわけがない。

婚約者がたった半年前に弟と相思相愛で、しかも弟の病のためにその恋は成就せず、兄である自分と婚約し、そして弟は黙ったまま先週この世を去った…。そんな状況、辛いわな。
しかし私はこの兄、はじめからなにかの疑いを持って弟の書斎に行ったのでは?と思うんよね。どうも「何かあるはず」と思いながら、日記も葉書も見ている気がする。
そして弟のほうも、自分の死後、兄が見つけ出すと思って全てを残した気がするんよね。意地悪かな?

だって相思相愛の雪枝さんをあきらめるほどの重い病になり、そう遠くない未来に自分の命は終わると思っている弟なわけで。
そんな中、兄と雪枝さんの婚約が決まったら…もし2人を祝い身を引くのであれば、私だったら日記帳は処分してしまうな。兄が見たら当然全てを察すと思うから。
それをわざわざ残していた。もしかして弟が病気になる前から、なんとなく互いに雪枝さんが好きと気付いていたのではないか?そして、疑念をそのままにしておけない兄の性癖ももちろんわかっている。解くべくして残されていた謎、暴かれることを期待された秘密のように思えてならない。

そしてこの語りすべてが「語り手である兄自身が暴いてほしくない秘密」を含んでいるという構造になっているところが、この作品のすごく面白いところだなあと思うわけです。なんだか弟の手文庫が、開けてはいけない玉手箱みたいで…。

暗号解読たのしすぎ

ちなみに江戸川乱歩著「黒手組」という作品にも類似の暗号が登場しているので、ぜひチャレンジしてみてね(こちらは明智小五郎シリーズ)。

貪欲にも「暗号たのしい♬もっと解いてみたい♬」となった私は、「暗号 ゲーム 問題」等で検索し、こんなサイトに辿り着いたのだが…む、難しい。
これ全部解けたら…君も名探偵だよ…。同志諸君、お試しあれ…。

ちなみに数年前から流行ってる謎解きゲームも大好きで、今もたまにキットを買って挑戦したりしている。難しいやつは半年寝かせたりもした。
街歩き型のものも楽しいんだけど、都会の人込みが苦手すぎて最近全然やってないなあ…。暖かくなったらぶらりやってみるのもいいなあ…。


次回予告:4/12(金)21:00~久生十蘭「春雪」

果たして泣かずに読めるのでしょうか…何度読んでもあまりに美しくて心が震える、大好きな久生十蘭の名作「春雪」。
「日記帳」も「春雪」も、私の「いつか朗読したいリスト」に長い間書かれていた作品であり、「日記」が登場する作品でもあります。
ぜひまた来月、お会いしましょう🎵またねっ!


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