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握り返す手はだれのもの:久生十蘭「黄泉から」について

こんばんは。月に一度の別冊夢想ハウス.にこにこです。
今月はだいすき久生十蘭先生の「黄泉から」を読みました。

👆ここで毎月朗読してる📚ぜひ聴きに来てね🍻


ネタバレのないあらすじ

終戦後初の7/13、お盆入りの1日の話。
ヨーロッパで敏腕仲買人となり、「抜け目なく立ち廻ることだけが人生の味」となっていた魚返光太郎。敗戦すら逆手にとって金を稼ぐ彼にとって、今日もただ商談で忙しい1日でしかなかった。
しかし偶然再会した恩師をきっかけに、唯一の肉親・従妹おけいについて追憶するはこびとなる…。

※以下ネタバレしますので、まだの方はぜひ先に読んでね!

十蘭の魔法にかけられて

舞台は4月に読んだ久生十蘭「春雪」と同じ終戦後、いや敗戦後。
「春雪」の池田は、喪った柚子のことを思い出しては口惜しさを噛みしめていたが、こちらの光太郎はなんと薄情なことか、おけいのことをすっかり忘れて暮らしている。思い出すこともなかったなんて、かなりひどくないか?

👆こちらもよろしく🌸

しかし、駅のホームで偶然再会した恩師・ルダンの厳しい眼差し、そしておけいがルダンに語っていた思いがけない自分への好意。
大騒ぎの市場の雑踏のなか、光太郎は突然人間の心を取り戻したかのように内省をはじめる。

久生十蘭もパリへ行き演劇の研究をしているから、「死者の日」のパリのしめやかな様子は彼自身の感じたものなんだろう。戦後日本の喧騒の中で思い出して着想を得たのかもしれない。
そう、演劇をやっていたからか、どこか芝居のような場面転換が多いなと思う。
今作も3部に分かれているが、どちらの場面転換も鋭利で美しく、ひんやりした劇場の客席で眺めているようだ。ラストシーンなんて、暗溶していくサスが見える気がする。
完成した芸術は、あるべきものが完璧に収まっているからなのか。いつも大理石のような、ある種のつめたさを感じる。さすが小説の魔術師、隙がない。

今回もたった1日で世界がぐるりと変わってしまう、魔術的演出が施されていたけれど、みなさんは読後どんな感情を抱いただろうか。
私は「黄泉から」というタイトルからしてきっとホラーに違いないと思っていた。でも読みすすめていくうちに、おけいさんのいじらしい切ない心にぎゅっと胸が詰まり、光太郎が手を延べるラストの1行に、やっと思いが届いたんだといった、美しい感動があった。
…しかし余韻がさめると、どうも都合のいい光太郎視点で物事を見ているような気がしてくる。なんだか虫がよすぎるよね?

謡曲「松虫」という鍵🔑

死を前にしたおけいが、友人である千代に謡曲「松虫」が好き、と語るシーンがある。「松虫」のあらすじは下記のとおり。

摂津国・阿倍野の市で酒を売る市人のところに、若い男たちが集まって酒宴を開きます。男たちが白楽天の詩を吟じたりしながら楽しく酒を飲んでいると、一人の男が「松虫(今の鈴虫をさすという)の音に友をしのぶ」と言ったので、市人がそのいわれについて尋ね、男が語りはじめます。昔、阿倍野の原で仲のよい二人の男が歩いていた時、その一人が松虫の鳴く声に心が引かれて、草むらに入っていったまま帰ってきません。心配したもう一人の男が探しに行くと、草の上に臥して亡くなっている友の姿を見つけます。友を土中に埋めた後も、男は松虫の音を聞きながら友をしのび続けているのでした。そのように語ると、男は自分がその友を亡くした男の幽霊であることを明かして消えてしまいます。

市人は所の者に二人の男についてのいわれを聞くと、一晩かけて男を弔います。すると男の幽霊が姿を現し、故事を引きながら友への思いを語って舞を舞います。やがて朝を迎えると幽霊は姿を消し、野原には虫の鳴く声だけが残っているのでした。

https://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_124.html
「あらすじ」

草の上に臥して亡くなっている友の姿を見つけた、というところまで話すとおけいは一時茫然となり、その間パリに行って光太郎の姿を見てきたのだと言う。
いよいよ危篤だという時刻になってもなお、松虫のくだりを暗唱する。先に亡くなった友人に自分を重ね、自分の死を知った光太郎は自分を偲んでくれるだろうかと考えているのか。
とても切なく、そして恐ろしい。だんだん、どろどろとしてきた。

たったいままでおけいのことを忘れて暮らしていた光太郎。
なぜかこの盆入りの日に偶然おけいの思いを知り、最期を知る。
この小説、ついにおけいは姿を見せない。灯りが消えるとか椅子が濡れてるとか、ありきたりな印もない。ただ、気配だけがある。
日が暮れ、千代が帰って、おけいの気配はいよいよ濃厚になってくるように思われる。そしてついに、光太郎は提灯をつける。盆の提灯は、死者が帰ってくる目印だ。おけいを偲び、暗がりに手を延べる...。

謡曲「松虫」。
「松虫の音に友をしのぶ」と発言した男は、友人を亡くした幽霊だった…ってことは、①二人のうち一人が死ぬ。②残った一人もその友を偲んで死ぬ。…ってことだよね?

間狂言では、友を亡くした男が後を追って自害したことが語られて、秋の虫が鳴く情趣的な雰囲気の中で、その情念の深さが感じ取れます。

https://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_124.html
「みどころ」より抜粋

序盤のルダンさんの冷たい眼差しを思い出す。光太郎のような冷たい人間…おけいが本当にパリに意識をとばしたならば、光太郎の生き様が伝わらないことがあるだろうか。
最期に見たがった雪。内地を発つ晩に降っていた雪。おけいが真っ青になって、ルダンさんに光太郎への思いを話したあの夜の雪…。
光太郎の好みにぴったりな千代。そんな都合のいい人物、ほんとうに存在したのだろうか。

黄泉から...なにが帰ってきたんだと思います?

7月ってお盆なん?

ところで盆って8月やと思ってたんですが、色々あって東京らへんの都会では7月が盆のようです。知らなかった。

な、ナルホド~…
新暦・旧暦がややこしすぎていまだにわかったようなわからんような。当時ちょうど変わり目に生きた人たちはそりゃもう大混乱だっただろうな。
めっちゃわかりやすい記事をみつけたから↓置いておく!

国立天文台HP「旧暦ってなに?」https://www.nao.ac.jp/faq/a0304.html

たとえば旧暦の7/7が七夕だったのに無理やり新暦の7/7を七夕としたのは、人間の都合はわかるけども、なんだか残念…。
恵方巻の方角みたいに毎年日付が変わってもいいから旧暦で楽しみたい気がする。2024年は8月10日らしいよ。晴れたらいいね!


次回予告:8/23(金)21:00~山川方夫『お守り』

さあ、8月は怖い話。いや今回も蓋をあけてみたら怖い話だったんですけど。
次回は初挑戦!山川方夫作品、『お守り』を読みます。
『夏の葬列』が有名なので純文学の方だと思っていたら、けっこう怖い話も書いていて最近ちょこちょこ読んでる。
ぜひ来月も聴きに来てね!


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