見出し画像

2次元と3次元を自由に行き来する2.5次元プロデューサー・上野崇の越境の記録。

 「撮影現場にある箱馬を見て、なんだかシンパシーを感じたんですよね」と、上野崇は語る。箱馬が積み上げられたオフィスは、石川県金沢市の21世紀美術館からほど近い竪町商店街の中程にある。その名はDRAWING KANAZAWA。東京を拠点に映像クリエイティブやデザインを行うDRAWING AND MANUALが2012年に立ち上げた初の地方拠点だ。

 上野は2010年にDRAWING AND MANUALに入社。プロデューサーとして数々の映像制作に携わっていた。NHK大河ドラマ「八重の桜」のタイトルバックや、ELTTOB TEP ISSEY MIYAKEやUNIQLOのウインドウディスプレイ 、短編映画「すず」などのプロデュースをする傍ら、JR北陸新幹線開通のタイミングと前後して、故郷である新潟県の隣の隣、石川県を拠点とした活動を始めた。しいのき迎賓館(旧・石川県庁)や金沢城を舞台にしたプロジェクションマッピングは約6万人の動員を記録し、かつてはかの黒沢明率いる黒澤組のチームが手掛けたとされる金沢の老舗酒蔵・福光屋のブランドムービーのリニューアルをプロデュースした。そんな上野がいま夢中になっているのは箱馬だ。「なんかね、椅子にもなるし、机の土台にもなるし、とっても自由な佇まいが気になったんですよね。本来は何に使うのかわからないけど」。そう語る上野崇は、いかにして金沢へ移住し、いかにして箱馬に辿り着いたのか、その半生を追う。

DRAWING KANAZAWA
DRAWING KANAZAWA / wai 

プロフィール
上野崇 / Takashi Ueno
新潟県上越市生まれ。武蔵野美術大学卒。パブリックアートの会社を経て DRAWING AND MANUALに参加。空間やアート関係の経験から映像領域以外のプロジェクトも多く手掛ける。ELTTOB TEP ISSEY MIYAKEやUNIQLOのウインドウディスプレイ、金沢城プロジェクションマッピングなど。2016年に金沢へ移住。2022年よりギャラリーショップ 歪/waiを運営する。
受賞歴:D&AD2013、iF communication design award 2014


クリエイティブ至上主義と、最初の転機

 「元々は武蔵野美術大学の空間演出デザイン学科というところで、インテリアを学んでいました」。なるほど、それで箱馬を……と短絡的に思考をつなげようとするが、一筋縄ではいかない。
「でも、作っていたのは映像で」。上野は映像作家を目指していた。上野が在学していた90年代後半から2000年代前半は、Hi-STANDARDが鳴り響き、ビースティ・ボーイズが『ハローナスティ』でグラミー賞を獲るなどしており、それに呼応するように、スケートボードやBMXなど、ストリート系の映像が作られ始めた頃だった。上野もまた、オフロードバイクで街中や野山を駆け巡りながら映像を作っていた。「いま思うと、教授に恵まれていました。教授が言ってくださったのは、『映像は映すところは二次元だけど、映像の中には三次元の空間がある。だからそれをデザインしなさい』ということで、それはいまでも覚えています。本当に自由にやらせてもらいました」。

 でも、自由だからこそクリエイティブは厳しい。
 「自分はアーティストを目指していたので、大学四年の頃から美術予備校で講師をしながら、制作活動をしていました。映像だけじゃなく、グラフィックデザインなんかもやっていて、丸井の絨毯のデザインとか、店舗内のグラフィックとかやってましたね」。予備校講師をしながら、クリエイティブへ、特に現代美術へと傾倒していく。「杉本博司さんや、村上隆さん、大竹伸朗さんなんかの作品を見に、現代美術のギャラリーに通い、ギャラリーでアルバイトもするようになりました。そこではアーティストが自分の作品で、自分の表現で稼いでいる。それがすごく憧れで。とにかくクリエイティブ至上主義というか、クリエイティブがかっこいいやつが偉い、すごい、という風に思っていて。そう信じながら3年間フリーランスでクリエイティブをやっていたんだけど、自分には無理だなって」

 そして上野は、アーティストとしてではなく、アーティストを支える仕事をしようと、新しい進路を模索した。

アート界隈の空気を吸おうとアーティストやギャラリーのアルバイトをしていた学生時代。


映像的視点で空間をデザインするプロデューサーへ

 2010年にDRAWING AND MANUALに入社。すぐにプロデューサーとして様々な映像制作に携わった。先述したNHK大河ドラマ『八重の桜』をプロデュース。しかし、上野の得意なところは別のところにあった。

 「DRAWING AND MANUALに入る前に、数年間だけ別の会社に入っていて、そこではアートをパブリックスペースに提案するという仕事をしていました。例えば、ある地域の病院のエントランスに、その地域にゆかりのあるアーティストの作品を展示するとか。日本の玄関口にあたる成田国際空港の到着コンコースに、日本の伝統工芸や手技を並べて外国人に向けて展示するとか。なので、そういう『空間』をどう演出するか、という点では慣れていたのかもしれません」。

 2012年に上野が辻哲郎(旧DRAWING AND MANUAL/現Sony)と手がけた、ISSEY MIYAKEのコンセプトショップ”ELTTOB TEP”でのウインドウディスプレイは大きな反響を呼んだ。電子回路を駆使してオブジェクトを動かし、空港の案内板のような演出で、現実世界でモーショングラフィックを作り出していくインスタレーションは、メイキング映像を公開するや否や問合せが殺到。世界中から質問やオファーが舞い込んだ。

 「映像的な視点で、空間を演出していく。元々は空間デザインを学びながら映像を作っていて、映像を作りながら空間を演出して……そういう経験が役に立ったのかもしれませんね。しかしこれは辻さんというタレントがいたからできた表現ですし、僕は彼やスタッフを支えただけでの裏方です。」。このインスタレーションは後に、NYの五番街にあるUNIQLOでも採用され、世界で一番ファッション感度の高いニューヨーカーを驚かせた。

ELTTOB TEP ISSEY MIYAKE GINZA WINDOW DISPLAY Behind the Scene

ELTTOB TEP ISSEY MIYAKE / GINZA
UNIQLO 5th Ave


東京と金沢、その違い

 「僕も新潟生まれで、学生の頃は東京に憧れていて。東京での仕事は刺激的だし、それこそニューヨークに行ったり、大きな仕事もできて面白いんですけど、どこか決まった工程を単調にこなしていくというような感覚がありました。。一方で金沢で仕事をしていると、時期によって移り変わる自然に触れる機会も多くてリフレッシュしたり、生活のリズムが安定したり、良い影響があるように思います。
2013年にしいのき迎賓館でやったプロジェクションマッピングのプロデュースのために、犀川沿いの一軒家を借りてDRAWING KANAZAWAの前身となる作業場所を作って(外観がピンク色だったので、ピンクハウスと呼ばれていた)、DRAWING AND MANUALのスタッフを呼んで合宿所みたいに生活しながらクリエイティブしていて、あれは楽しかったなあ。結局そのまま、金沢に移住することになって」


 2012年ごろから上野はDRAWING AND MANUALのプロデューサーとして、金沢での仕事を担当していた。2012年には『eat KANAZAWA』での菱川勢一氏の写真展示、2013年から2015年まではプロジェクション・マッピングや石川県の海外向け観光PR映像をプロデュース。翌2016年には金沢に移住し、福光屋『酒蔵物語』を手掛け、酒造りに向かう職人の姿を二年かけて撮影していった。

 「金沢にはいいところがたくさんあるんですけど、刺激的な出来事が少ないと感じてしまうことがあって…」。そう語った上野を刺激したのは、KAMU kanazawaだった。DRAWING KANAZAWAの数件隣に設立された私設美術館「KAMU kanazawa」の館長・林田堅太郎は、上野よりも10歳ほど下の世代だった。KAMU BlackBlackのドキュメンタリー映像を作る傍ら、彼の考え方に触れ、もはや自分が刺激を受ける立場ではなく、刺激を与える立場だと感じたのかもしれない。

 「5年も金沢で暮らすと会う人もだいたい固定されて、新しいこともそんなになくて、生活リズムは整うんですけど、その反面、毎日が同じようなものになってしまって。だから、自分がもしギャラリーを作ったらどうなるんだろうと。『場』が作りたかったのかもしれません。自分が好きなものを集めて、発信することで、同じようなものが好きな人とか、金沢で活躍している人と会える場になるかもなと思って。それは新潟で過ごした学生時代に夢見ていたことだったなと思いました」。

KAMU documentary

福光屋『酒蔵物語』

NOBODY KNOWS KOMATSU 「うつりゆく季(とき)~花鳥風月~



好きなもの=歪(いびつ)なものを集めて発信する場、歪 / wai。

 そして上野は『自分の好きなものを集め』『自分で発信する』ためにギャラリーショップ歪 / waiを立ち上げる。DRAWING AND MANUALが得意とする映像制作の知見から、箱馬をはじめとした映像に関するオリジナルグッズを作る傍ら、自分の好きなアーティストを招き、ギャラリーとしても活用する。

 販売するのは、箱馬だけではなく、DRAWING AND MANUALのクリエイターが愛用するオールドレンズ、どの地方でも課題になっている林業を題材に、県産木材を使って作る三脚用テーブル、廃品のデニムをパッチワークしてリメイクしたシネサドルなど、DRAWING AND MANUALの撮影の知見と時代性、地域性などを掛け合わせたオリジナルグッズだ。中でも箱馬にはこだわりを見せている。舞台や映像の現場を影で支える道具なのですが、正しい使い方なんてのは特になくて、現場のスツールにもなったり保管庫では踏み台になったり。見立て方で何にでも化ける可能性が魅力です。どう使ったらいいですか?とお店でも聞かれることがよくありますが、作っておいてなんですが使い方に正解はないので、あなたの想像にお任せしますというような答えになっていない答えを返してしまっています。想像力豊かなお子様が素手でも扱えるように丁寧にやすりがけしています。

 そして2022年3月には、wai初となるギャラリー開催を行う。第一弾のエキシビジョンは、アーティストユニット“magma”の宮澤謙一氏を招いた。宮澤氏が得意とする、廃材や樹脂を使った世界観をそのままにオリジナル箱馬をアートワークとして制作するだけではなく、錫の鋳造で有名な富山県高岡市の金物仏具を素材にしたアートワークなど、他所にはない歪な作品も展示販売する。宮澤氏はかつて上野が予備校講師をしていた時の教え子だという。「着実に積み上げ前に進む、というのが浪人時代の宮澤くんの印象でした。フィギュアや音楽など当時彼が好きだったものが今の作品にも垣間見れていて、ブレずにほんとうに凄い。尊敬しています。」

 東京と金沢、二次元と三次元、ショップとギャラリー、プロデューサーとキュレーター。さまざまな境界や役割を自由に行き来する上野崇は、確かに何をする人なのかはよくわからない。


上野崇の仕事

Good Morning ISHIKAWA

日常の風景もここまでドラマチックになるんだと、映像の力を再発見できた仕事です。音楽もミュージシャンが映像を見ながら即興で演奏してくださいました。コンセプトもシンプルで、同じような映像を作れちゃいそうなところも好きです。早寝早起きがとても大変だと思いますが。

ネッツトヨタ富山 ブランドムービー 60秒「幸せってなんだろう。篇」

撮影では社員様にたくさん協力いただきました。皆さんの対応に感動を覚えました。トヨタユーザーではないのですが、仕事を通じてファンになりましたし、学ぶことがとても多かったです。他メーカーのレストアもやっちゃう懐の深さにもシビレました。そんなネッツ富山さんの空気感も映像に現れたのではないかと思っています。

ハイアット セントリック 金沢 アートワーク

金沢とゆかりのある100点以上のアートに触れることができる美術館のようなホテル。その作品らをまとめた本。COVID‑19の影響で調整に次ぐ調整で大変でしたけど、東京と金沢の素晴らしいスタッフのお陰ですてきな本が出来ました。インテリア設計やアート計画は大学の先輩でもある庭田良一さん率いるBOND DESIGN STUDIO。金沢の廃材でつくられた小沢敦志さんの松が、エントランスで光り輝きます。

短篇映画 すず

菱川勢一監督が描く富山県高岡市の伝統産業をテーマにした作品。フィレンツェで開催される日本映画祭への出品が決まり、現地での鋳物作品作りのワークショップも企画しました。当時の高岡伝統産業青年会のメンバーの熱い思いは、歴史的景観の中に異様な盛り上がりをつくっていました。


番外編:上野崇の好きな歪な人たち

中村哲也
尊敬しているアーティスト。浪人中、大学在籍中、そして社会人になった今もたくさん影響を受けています。立体だけでなく写実的な絵もすごい、恐ろしいほどに。

Tom Sachs 
楽しい。ワクワクする。欲しい。

Aqua Car Detailing
光の捉え方や皮膚感覚が尋常じゃない、車を美しくするジーニアス 室田さん
。海外でも活躍されています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?