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感情と身体感覚のリンク:からだことばを使った演技トレーニング

「あのデアゴスティーニが喉から手が出るほど欲しい。」、「店員は鼻息を荒くして期間限定商品を勧めてきた。」、「彼の指摘を聞くのは耳が痛い。」などの文章は、実際には体は動かしてないけれど、感覚や内的な動きを通して意味を生んでいます。私たちはそれを頭だけでなく、身体感覚を通して直接的に知ることができます。
 こうした身体と心がつなげ意味を作り出している慣用句をからだことばと言います。こうした慣用句で私たちは身体感覚に根付いた微細な感情的な表現をすることができます。たとえば、「彼は推しと会って照れた。」というより「頬を赤らめる。」という方が、情報というより気恥ずかしさや恥じらいが伝わってきます。
 そうしたからだことばを通して、俳優は身体感覚と感情のつながりを考えるきっかけになります。

からだを使って感情を呼び起こす

 兎角、演技は感情や気持ちからと考えられがちです。もちろん適切な感情が見つかれば、自然と表情が変わったり涙が出たりします。しかしそうした適切な感情が見つからないと大変です。何とか悲しく涙を流そうと必死になったり、怒ろうと叫び過緊張になったりします。感情は水のように捉えどころがなく、思うように使うことができません。 
 こうした捉えどころのない感情をどう扱うのか?そこで身体感覚の登場です。私が教えるチェーホフテクニックでは、基本「サイコフィジカル”psych-physical"(心身のつながっている)」ということがベースになっており、簡単に言えば「体を動かせば、内面が動くよね。で、心が動けば、体動くよね。」ということです。つまり体を動かして感情をコントロールするということにもなります。
 たとえば相撲で力士が勝負前に顔をたたくのは自分を鼓舞するためですし、人がスピーチの前に深呼吸をするのは気持ちを落ち着けるためです。こうした心身のつながりを使ったアプローチは無意識に生活に溶け込んでいます。このからだことばは、演技の基本であるサイコフィジカルアプローチ考えを表していると思います。

⑴エクササイズ「からだことば」

目的:身体感覚・運動感覚を繊細にする
   表現の幅を広げる
   感情に働きかけ方を学ぶ

所要時間:15分

指示:ペアまたはソロで行います。自己紹介(名前、年齢、職業など)を言います。内容はとても簡単で構いません。内容に困って、エクササイズ中考えてしまうようであれば、決めてしまって構いません。
 下記のからだことばに合わせて自己紹介を行います。その際体の状態を変えたくなったら変えましょう。(話し方、声のトーン、声量、仕草、姿勢など)

■からだことば一覧
・頬を染める
・舌が回る
・首を長くする
・腹を決める
・血が騒ぐ
・息を合わせて

身体感覚を使い台本を読む

 俳優が台本を読むことは、ただストーリーを楽しんで読めばいいというわけではありません。役の内面や視点や感覚を読み解かねばなりません。どんな風に怒ったり、悲しんだりしているのか感じ取る必要があります。そのためにも俳優は、自分の身体感覚を伸ばしていく必要があるのです。自分の体が敏感で柔軟で豊かであればあるほど、役の感情の機微を感じ取れるようになります。
 からだことばというのは、俳優である私たちの体に直接的に働きかけてくれ、様々な気付きを与えてくれるのです。

⑵エクササイズ「からだことば」

 では、エクササイズです。下記のセリフはアントンチェーホフ著作「熊」からの抜粋です。スミルノフという粗野な大男が借金の返済を求め屋敷に訪れましたが、家主に会うことを拒否され、その上借金の返済まで断られました。これはその家主の女性の態度に憤慨している場面です。

「ぼくは執事に会いに来たんじゃない、あなたに会いに来たんですよ!こちらの執事なんか、こう言っちゃなんだが、犬にでも食われやがれだ!」

「熊」著者:アントンチェーホフ 訳者:浦雄春 出版社:光文社古典新訳文

⑴ 上記のセリフを「怒って」読んでみましょう。
⑵ 今度は「頭にきて」読んでみましょう。
⑶ 今度は「腹が立てて」読んでみましょう。

 どんな違いがありましたか?
 おそらく色々な感想があると思います。例えば「⑴だと考えすぎてうまく出来なかった。」、「⑵だと、先生みたいな感じがした。」、「⑶は、少し時間がかかったけど、怒った感じがした」など様々だと思います。
 私の経験だと、⑴だと怒った感じだが嘘くさく、⑵だとヤンキーや幼い感じがして、⑶だと本当に怒った感じがしました。
 おそらく共通して言えることは、内的な身体感覚や運動感覚を通して、感情が誘発されたということだと思います。ただ漠然と怒るという表現にも⑵・⑶では、大きく異なります。
 怒っていることを示したからだことばには「腹が立つ」、「むかつく」、「頭にくる」、「キレる」、「堪忍袋の緒が切れる」、「頭に血がのぼる」、「逆上する」、「怒髪天を衝く」、「腹に据えかねる」、「はらわたが煮え繰り返る」、「目くじらを立てる」、「目を吊り上げる」など様々です。これだけ様々に怒るを表現ができるわけです。
 また英語でも「tear one's hair out/髪を引きちぎる(直訳)」「lose one's temper/神経を失う(直訳)」「makes my blood boil/血が沸き立つ(直訳)」などがあります。日本語にも似たような表現があるので、英語圏の人も日本人も同様の感覚で怒りを捉えているのかもしれません。身体感覚に寝ずいた表現というのは普遍性のあるものなのかもしれません。

【参考資料】
・“On the Technique of Acting“ 著者:Michael Chekhov出版社:Harper Perennial 発売日:1993/11/1
・「演技の基礎のキソ」著者:藤崎 周平  出版社:春日出版 出版日:2008/7/1

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