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くじら浜のアダン @40

入院してる間は晴天が続いていたが、退院したとたんに雨だ。たぶん明日も雨だろう。1年365日のうち300日雨が降ると言われる奄美大島なのでしかたない。

でも、雨は好きだ。
雨に濡れるのが好きで、雨に濡れたものを見るのが好きで、雨が乾く瞬間が好きだ。雨があがると植物たちはいっせいに白い蒸気を吐く。樹が山が森が大きく息をする。島全体が呼吸をし、奄美大島が鼓動をうつ。樹が山が僕を促してくる。僕は森に合わせて深呼吸をする。奄美大島のすべてのリズムが整い、みんなの蒸気がひとつの意思を持ち、天に上がった。この島がある限り僕は生きていくんだろう。幾度も死にながら僕は生きていくのだろう。
 

というわけで、雨に濡れたアダンを見にくじら浜(の横の浜)に行った。昔は浜沿いを歩いて1時間かかったくじら浜だが、今は海岸沿いに舗装道路ができ、車を走らせわずか10分ほどで行けるようになった。が、より道をしつつ向かっている間に、雨はすっかり上がってしまった。乾いたばかりのアダンの葉がかすかに呼吸をし、その葉の付け根にはまだまだ小さいアダンの実たちが付いていた。

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昔々、ネリヤカナヤの神様はこの島を緑で覆うためにたくさんの木たちを集めたそうだ。ガジュマル、ディゴ、ヒカゲヘゴ、そしてアダン。アダンは海岸を大波から守るために配置され、そして獣に食われないようにと葉には鋭い刺ができた。その刺に守られたアダンの実は、真っ赤に熟すと砂浜に落ちてアマンの餌になる。
 

アダンはこの島の起源であり、アマン(ヤドカリ)は人間の起源だというこんな神話がある。以下、コピー ↓

太陽があまん神(奄美、沖縄の創世神話ではアマミキヨ)に命じて天の下に島をつくらせました。その山が現在の八重山石垣島です。この島にはアダンの木が茂り、実がなっていました。それからしばらく経ってから、あまん神はアダンの木の茂る穴の中でヤドカリをつくりました。ヤドカリはアダンの香りのよい実を食べて生活するようになりました。太陽は、ヤドカリだけでは淋しいと思い、人の種を天の下に下ろしました。すると、ヤドカリが出てきた穴から美しい男女の若者が現れ、赤く熟れているアダンの実を食べました。アダンの木は二人の若者にとって命の木となりました。


奄美の歴史はいくつかの世に分けることができる。
・ナハンユ(那覇世)琉球王朝統治下時代
・ヤマトユ(大和世)薩摩藩支配時代
・アメリカ世 太平洋戦争終戦後のアメリカ軍支配時代

そしてナハンユのずっと以前の8~9世紀ごろをアマンユ(奄美世)というらしい。奄美、天、アマ、アマン、アマンユ、あまん神、アマミキヨ、アダン。
 

すべてのものが繋がっている。



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