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田中一村終焉の家 @4

田中一村の絵は僕にはよくわからない。ただ、一村記念美術館にあったあの写真だけがなぜか心に残っている。

その一村の終焉の家は有屋の端の山の麓にあった。屋敷はそうとう古いが広い庭はきれいに手入れがされていて、小ぶりだが見事なガジュマルと、蘇鉄やバッシャやタンカンの木が立ち並んでいた。

屋敷の入口の戸が・・なぜか開いていたのでおそるおそる入っていった。戸が開いているので中は真っ暗ではない。薄暗い部屋のなかはなんかカビの匂いがする。畳はホコリをかぶり、天井はむき出しのままの梁や木材が見える。

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しばしそこに佇む。

田中一村は孤高の画家と言われていた。幼いころから神童とよばれその絵は評判が良かったが、なぜか画壇からは評価されることはなかった。彼は旅人だった。紀州、四国、九州とスケッチの放浪の旅を続け、そして南国の風景に惹かれて1958年に奄美大島にたどり着いた。

もう一度「あの写真」が見たくなり、僕は奄美パークの一村記念美術館に行ってきた。

この美術館、一村の栃木時代と千葉時代と奄美時代、年代ごとに3つのブースに分かれている。ただ綺麗なだけの絵を素通りして、3つ目の奄美時代のブースに行くと、その入口にあの写真があった。

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上半身が裸の一村は痩せこけて鎖骨が浮き出している。しゃがんだままうつ向いている一村、君はなんて悲しい目をしてるんだ。一村、君は奄美に来て幸せだったのかい、絵だけを描き続けて幸せだったのかい。

ブースに入った。そしたら・・そこには田中一村の全ての感情があった。ガジュマルを観察する一村。ルリカケスを追いかける一村。潮の匂いを嗅ぐ一村。村人と酒を飲み酔っぱらう一村。台風に怯え部屋に閉じこもる 一村。台風が過ぎ海にでてティダを眩しそうに見上げる一村。島っちゅとなかなか馴染めず悩む一村。紬染色工をしながらある程度お金がたまったら絵だけを描いていた一村。貧しかった一村。痩せこけた一村。

1年前に見たときは、この絵たちも「ただ綺麗なだけの絵」だったのに、今は田中一村の息遣いまでもが聞こえてくる。

一村、君はあの暗い部屋で、この絵たちを描いていたんだね。

一村、君は奄美に来て幸せでしたか。絵だけを描き続けて幸せでしたか。君はさいごまで島っちゅと馴染めなかったんだね。でも君は一生懸命馴染もうと努力したんだね。島っちゅと酒を酌み交わしてもみんなが「えかき」の君を奇異の目で見ていたことを感じ取っていたんだね。それでも君は努力したんだね。でも君は「えかき」として割りきって絵だけを描き続けていたんだね。そのふたつの感情で悩んでたんだね。でもね、それは君の気のせいなんだよ。島っちゅは照れ屋さんだからうまく愛情表現できないだけなんだよ。島っちゅはみんな君のことを愛してたんだよ。君が奄美大島を愛してたようにね。君の絵を見たらわかるよ。君は奄美をとても愛してたんだね。島っちゅも奄美を愛する君のことをとても愛してたんだよ。君は奄美に来て幸せでしたね。奄美大島で絵を描き続けて幸せでしたね。

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もう一度ブースの入口に戻り一村に会いに行った。痩せこけてうつ向いた一村の目はなんだか微笑んでいるように見えた。

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