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book.4 うたたね

何回も何度も繰りかえし読んでしまう小川千紗さんの「うたたね」。この人の言葉の表現が好きだ。

印象に残った言葉たちを列記してみる。

山からすべりおちて田をわたる風
読んでいたはずの言葉がひらひらほどけて流れていって体がゆるんで気がつくと眠りに落ちている
眠りに入る傾斜
たぶん記憶や出来事や時間、昔もこれからも、ありとあらゆるものがあるからそこにいるあいだはぜんぶを知っている感じがする
波打ち際で横になったまま水の引いていく感覚は悲しい
本に挟んだ指


全く知らないはずの光景が夢にでてきて、その知らない光景を懐かしく想ったり、出会うはずのない人と夢の中で語り合う。過去も未来も、そしてもちろん今も、夢の中には全てがあって、でもその全てのものは自分自身なのだと思う。それは水の中の息苦しさとよく似ている。苦しいけれどなんか心地よい。いつまでもこの水の中にこの夢の中にとどまっていたいと思う。

そして夢から醒めると、夢は消え、その生々しい感触だけが残る。水の中の苦しさだけが残る。小川千紗さんの「うたたね」は僕にとってそういうことなのだと思う。もしかすると彼女の中には水の宇宙にいたワン5号の記憶が組み込まれているのかもしれない(笑)

少年の頃、目覚めたらすぐに忘れてしまう夢を再現するために、枕元にノートと鉛筆をおいて夢の残像を書いていた。最初は夢のイメージの図形や走書きやメモ程度でしかなかったが、ある日、その図形や走書きを文章にしてひとつの夢が再現できた。

しかし、夢を文章にしたとたん夢は夢でなくなった。それは夢ではなく夢の残像でもなく、単なるひとつの文章でひとつの言葉でしかなかった。そこにあるのは夢を失くした虚無感と絶望だった。あの時、夢にみた光景、匂い、感触、色、それらは決して文章で綴ることはできない。言葉にすることはできない。しかし、いつも、いつか、文章にして言葉にしたいと思っている。「うたたね」はそんな文章たちなのだと思う。

本ではないが「Books.」に入れておきます。


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