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梅雨から産まれた島 @49


奄美でも集団感染が発生し、街は観光客はおろか地元の人もまばらになってきた。タクシーも商売あがったりで、週の半分は休みなのだ。ということで、ここぞとばかりにこの休みを利用して待望の場所へ行きまくってきたわけだ。コロナ様々なのだ。



5月5日 4つの古い橋


大和村の「名音川」へ向かった。車中のラジオでは、奄美大島が本日梅雨入りしたことを告げていた。去年より12日も早い梅雨入りだ。

この名音川沿いの道を上流へと登っていくと、4つの古い橋があるらしい。小雨の降りしきるなか、その橋を目指して車を走らせることにした。それにしてもこんなに早く梅雨入りするとは思わなかった。今はまだ小降りだが午後からは本格的に降りそうだ。このまま上流へ登っていくと、その先はたぶん深い森の中だ。早いとこ橋を探して帰ることにしよう。


しかし、行けど行けど登れど登れど橋は見つからない。雨が強くなる前に帰ろうか、と思って川向こうの山の方を見ると・・・そこに大きな滝が見えたのだ。車を止めて地図を確認した。そうかあれが「カルイギョの滝」か。全長50mほどもあろうかという滝が、水量こそ少ないが山の中腹をくねりながら落ちている。絶景だ。この梅雨で水量が増えたらもっと迫力ある滝になるに違いない。

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しばし、ここで立ち尽くす。

いや、目的はこの滝ではない。
車を進める。

しばらく行くと、ようやくひとつ目の橋(らしき物)が見えてきた。本道から少し外れた場所にあるその橋は、今はもう通行止めになっている。本道の新しい橋と、この古い橋、ふたつ仲良く並んでいるの姿が微笑ましい。川の上流を見てみると、小ぶりなガジュマルとヘゴの木が生い茂った鬱蒼とした繁みになっている。

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更に先に進むと、少しずつ木々に覆われた森の装いになってきた。そして一気に視界が狭まったその先に、ふたつ目の橋があった。コンクリートの束柱はひとつ目の橋と同じように低く、その低い束柱と手摺は緑の苔に覆われている。

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みっつ目の橋もすぐに現れた。束柱は更に低くなり、もうそれは橋という体を成してないかのごとく佇んでいる。苔も更に深く濃く手摺に染み込んでいる。雨はまだ小降りで、その雨粒に濡れた苔たちが、まるで息をしているように森の中に蒸気をあげている。

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よっつ目の橋がなかなか見つからない。森は次第に深くなり、雨は少しずつ激しくなってきた。それにしてもここは藪蚊が多い。写真を撮るため外へ出るたびに、ドアを開ける一瞬の隙をついて藪蚊が車のなかへ入ってくる。そして蚊たちは決まって耳を攻撃してくるのだ。耳が痒くてたまらないのだ。

蚊と格闘してる間に、辺りはまっすぐに伸びた針葉樹林になっていた。杉の木だろうか。こんな見事な針葉樹林を見るのは初めてだ。

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いつの間にか雨は上がっていた。針葉樹の上から木漏れ日が差してきた。

結局、よっつ目の橋は見つからなかった。




5月12~13日 巨大アコウの木


南海日々新聞の正月号に載っていた巨大アコウの木を見るために、加計呂麻島の後ろにある請島に上陸した。

相変わらず雨が降っている。梅雨なので仕方ない。池地港で船をおりると、集落の入り口すぐ近くに墓地があった。けっこう広いその墓地の中に入ると・・・ガジュマルだかアコウだか、もうわけのわからない木が此処彼処に聳えていた。

大地に力強く根を這ったアコウの大木や、岩を抱きこんだガジュマルの木、まだ地にとどかない気根が雨に濡れ茶色の光りを放ちながらぶら下がっている。


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見事に墓と同化している巨木たち。もう何百年もこの樹たちは、此処でご先祖様を守りこの島を守ってきたのだろう。枝を縦横無尽に伸ばし、大きく幹をくねらせ、静かに聳えるアコウとガジュマルの巨木。その葉にその枝にその幹にしっとりと梅雨が落ちる。巨木から大地へと滲みる雨水は、遥かな歴史を潤すように、ゆっくりと地中深く潜っていく。


請島にはふたつの集落がある。このアコウの巨木がある池地集落と、もうひとつが峠を越えた請阿室集落だ。峠の途中からはクンマ海岸が見下ろせた。雨が降っているというのに、そして夕方だというのに、海は青く輝き、真っ白な砂浜が広がっている。とても梅雨の最中とは思えない景色だ。

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海岸へ降りた。足跡ひとつない砂浜が目の前に広がった。落ちる雨の音。寄せる波の音。引く波の音。海の呼吸。雨の匂い。遠くからクッカルの鳴き声が聞こえた。体に浸くこの水分は雨なのか潮なのかそれとも僕自身の汗なのか、それでも頭の上から爪の先までまとわりつくこの湿りが心地良い。見上げると、天から落ちてくる小さな雨粒はスローモーションのようにゆっくりと僕に迫り、目の前ですっかり巨大になったその水滴は意図的に僕に吸い込まれた。この島の全ての水分が僕に入ってくる。水に溶けた僕はそのまま海に流れていった。


峠を越えて請阿室に着いた。テントを張りたいがこの雨だ、そしてハブが怖いのでテントは諦めた。なにしろ、ハブ対策のためのハブ棒があちこちに置いてあるのだ。それほどハブが多いのだろう。ケンムンは大歓迎だがハブはダメだ。ということで、港近くの照明下の明るいところで車中泊することにした。おやすみ。

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5月17日 イシャゴの滝


再度タンギョの滝に挑戦することにした。前回は発電所脇から住用川に入り川の中を歩いて行ったのだが、今回は林道から一気に山を登る。前は見ることのできなかった自称120mの九州一(あくまでも自称である)のこの滝の全景を見るためだ。

まあ、(自称)100m以上もあると滝の上や下の部分が木々に覆われて、ほんとの全景ではなかったが。それにやっぱり前回間近に見たときの迫力には敵わない。
 

それよりも、途中にあったイシャゴの滝の方がはるかに素晴らしかった。手付かずの山中に、流れ落ちる轟音と共にその滝は突如現れた。なだらか岩の斜面に幾層にも重なりながら落ちていく滝水。小さい滝つぼからはまた更に水は岩を滑り落ち、橋の下をくぐり抜けて、そしてゆっくり下流へと流れてゆく。

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苔の生えた橋と滝下の岩にはオオタニワタリが寄生している。ガジュマルやアコウの木に寄生する姿は何回も見てきたが、コンクリートや岩に寄生するオオタニワタリを見るのは初めてだ。

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咲いたばかりのアオノクマタケランの花には蟻や昆虫が群がり、道にせり出した名も知らぬ草には野いちごに似た真っ赤な実が熟している。
 
石屋川(イシャゴ)の滝。この山道も世界自然遺産に登録が決まったら入山規制されるのだろうか。その前に来てよかった。



5月20日


相変わらず雨が降っている。
梅雨に入るとこの島は一斉に呼吸を始める。雨は静かに息を吹きながらこの島を濡らす。雨が木をつくり森をつくり山をつくる。雨が海をつくりこの島を創る。島が鼓動を打ち僕を創る。雨が滝をつくり川をつくり道をつくり橋をつくる。そして僕を創り村を創り墓地を創る。この島がゆっくりと呼吸する。ひとつの雨はひとつの村を産み、ひとつの雨粒はひとつの僕を産み、ひとつの梅雨はひとつの島を産む。梅雨から産まれた島は今日も静かに呼吸をしている。

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