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#7 ケイちゃんとけいさんの物語

2017.11.01

加計呂麻島の旅から帰ってきた次の日、さっそくケイちゃんが乗ってきた。いつもぼくのタクシーに乗るお客様であり親友でもあるケイちゃんは75才の女の子だ。「この前の大浜はもう寒いわよね、ファミリーマートにしようか」 ぼくとケイちゃんはコーヒーとお菓子をたくさん買いこんで、店の隅にあるイートインスペースに陣取った。

「何から見たい?」
「とにかく全部見せて」

ぼくは、古仁屋港を出発するときの写真から、生間港に着いたときの様子、諸鈍の風景やいちばん最初に行った花富の風景、それらの写真を一枚一枚説明しながらケイちゃんに見せていく。ケイちゃんは嘉入の瀧に驚いたり、白い波の泡にうっとりしたり、だいばんディゴの木に見とれたり、浜でのケンムン待ちの話に大笑いしたり、目を輝かせながらぼくの写真を見ていく。75才のケイちゃんはまた乙女に戻っていた。

ファミリーマートを出ると小浜のTSUTAYAに向かった。「あのね、泉さんにプレゼントしたいものがあるの」TSUTAYAから戻ってきたケイちゃんは、ぼくに1冊の本を手渡した。それはぼくがずっと欲しかったけいさんの写真集だった。

ケイちゃんを家まで送った後、ぼくはすぐにいつもの休憩ポイントに車を停め、そしてその写真集を捲っていった。

そしたら
不覚にも涙が溢れてきた


ケイちゃんはぼくの車に乗るたびに、いつもけいさんの話をする。

「けいさんはね、あなたのように名瀬でタクシーに乗ってたのよ。もうだいぶ前に引退して、今はもう山奥に引っ込んで農作業してるんだけどね。あたしはけいさんのタクシーに乗って、それこそ奄美の北の方から南の端まで、たくさんの山や森や海に連れてってもらったの。そしてあの人はそこで植物や動物や苔や蜘蛛、あらゆる物を撮ってたの」

「とにかくけいさんは何でも知っていた。苔の種類から稀少植物の名称からアマミノウサギの年齢までね。そしてそのアマミノクロウサギの巣穴や、トタテグモの生育まで知ってるのよ。泉さんトタテグモって知ってる? 見たら感動もんよ」
もちろん知ってるわけがない。

「あたしが行きたい所じゃなくて、あの人が行きたい所にあたしが付いて行くっていう感じかな。でも勿論タクシー代は全部あたしが払うのよ。いったいあたしはいくら位けいさんの売上に貢献したのかしら、おそらく莫大な金額よ。でもいいの、あたしも色んな場所に連れてってもらったし、あの人も仕事をしながらたくさん写真が撮れたから」

「勘違いしないでね、付き合ってたわけじゃないのよ。あたしはけいさんの知識と写真の才能に惚れ込んでたの。そう、尊敬もしてたかしら」
頬を染めるケイちゃん。たぶん好きだったんだろうね。

「ある日、夜まで写真を撮ってて、さあ帰ろうかと車を出そうとしたら、あなた!なんと車の目の前にカエルの大群がいるのよ!30匹くらいいたかな、もうびっくり。でも笑っちゃうわ、けいさんは冷静にカエルたちを見ながら、あぁこの子たちは4種類のカエルだね。とか言いながらカエルの名前をあたしに教えてくれたの。ほんっと笑っちゃうわ」
そう話すケイちゃんがまた乙女になっていた。


ある日、けいさんから電話があったそうだ。
「『ケイさん、俺タクシー辞めて引っ越すからね』 だってさ。泉さん、けいさん結婚したのよ。あの歳で笑っちゃうわほんと。それならそうとあたしにも話してくれたら喜んで祝福してあげたのにね。べつにあたしたち付き合ってたわけでもないし」
あはは、と笑いながら話すケイちゃん。ぼくは運転しているので後ろのケイちゃんの顔を見ることはできない。たぶんケイちゃんは笑いながら泣いていたんだね。

でも、それでふたりの関係が終わったわけではないようだ。今でもけいさんとケイちゃんはたまに電話で話すみたいだ。

「あたし、けいさんの写真集50冊は買ったわよ。そしてあたしの大好きな人たちにプレゼントしてるの。そのことをけいさんに話したら、あの人なんて言ったと思う? 俺なんか100冊くらい買ったよ、だってさ。そりゃあ、あなたは自分の本だけどさ、なんであたしが赤の他人のあんたの本なんか50冊も買わなくっちゃいけないのよ!って怒鳴ってやったわよ」
そう怒りながら笑いながら話すケイちゃんは、ぼくの後ろでやっぱり泣いていたんだろうね。

「あの人が山に行くたびにあたしにメールで写真が送られてきて、もう機種変更したんだけど、そのケイタイの中にその写真がたくさん保存してあるもんだから、いまだにそのケイタイ捨てられないのよ」

「でも、写真屋さんに持ってったらちゃんと紙の写真に印刷できるんだってね。今度 写真屋さんで印刷してくるから、それ全部あなたにあげるね」
いや・・そんな大切なもの貰えるわけがない。


けいさんの小さな写真集


それはケイちゃんとけいさんのふたりの想いがいっぱい詰まった写真集だった。オキナワウラジロガシに寄生するタカツルラン、親子で駆けるアマミノクロウサギ。そして、自分で建てた戸を開けて巣から出ていくトタテグモ。乙女から少女になったケイちゃんと少年のけいさんの笑い声が奄美大島の森に木霊している。

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そして、最後のページの「あとがき」の写真・・これこそ、ぼくが安木屋場の浜をいくら探し廻っても見つからなかった、あの「立神岩」だった。(実は節田にあったのだ)

ケイちゃんはぼくの目の前でけいさんに電話をしてくれた。

ぼくは今度の休みの日にけいさんに会いに行く。


つづく。( か、どうかはわからない)


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