論文執筆アドバイス(4):英語で書く
多くの日本人にとって,英文を書くのは困難な作業だ.一昔前には,英和・和英・活用/連語(Collocation)・類義語(Thesaurus)・英々辞典を用意して,気合いを入れて英訳しろ!あるいは英文を書け!と言っていた.しかし,機械翻訳の性能が急速に向上しているので,ひとまず翻訳は機械翻訳にさせて,それから手直しするという手順でいいのかもしれない.
DeepL翻訳とGrammarly文法チェック
この記事を執筆している2020年5月現在,評判の機械翻訳は DeepL翻訳 だ.試しに,私が書いたコラム「多変量統計的プロセス管理(MSPC)」(株式会社ワイ・ディ・シー,データ解析屋の眼)の一節を翻訳させてみた結果が下図だ.
英文を読んで十分に意味がわかる.一瞬でとは言わないが,それほど時間もかからずに,これだけの翻訳をしてくれるのだから,ゼロから自分で翻訳する必要もないと思える.まあ,自分の英語力が低いからだが…
ただ,専門用語をはじめ,分野特有の言い回しといったものについては,きちんと自分で確認して修正する必要がある.英語も完全無欠なわけではない.試しに,DeepL翻訳の翻訳結果を Grammarly を使ってチェックしてみた.その結果が下図だ.
DeepL翻訳の結果をGrammarlyは87点だと評価している.Deliveryという項目の評価が低い.具体的に指摘事項を確認してみると,下図のように,フォーマルな文章では you を避けるようにと指摘されている.
このように,Grammarlyは,スペルミスや文法ミスを指摘するのみならず,文章の性質に相応しくない表現や,使用頻度の高い単語について,その代替案を示すなどもしてくれる.英文の完成度を高めるのに大変役立つ道具だ.私はいつも使っている.学生にも,英語原稿のチェックを依頼する前には必ずGrammarlyかそれに類するツールで事前にチェックするように指示している.
日本語で論文原稿を書く
機械翻訳が使えるとなると,俄然重要性を増してくるのが「日本語原稿」だ.機械翻訳の性能が素晴らしく向上したとしても,ダメな日本語文章からはダメな英語文章しか生まれない.だから,「論文執筆アドバイス(3):書く,そして推敲と添削」をしっかりと読んで,実行して欲しい.
機械翻訳を使おうが使わなかろうが,英語で論文を執筆するにあたって,日本語で全体の構成を固め,そのまま日本語ジャーナルに論文投稿できる程度に仕上げることが必要だ.英語が得意な人は,いきなり英語で書けばいい.しかし,英語が苦手な人がいきなり英語で書いても,無茶苦茶な文章にしかならない.加えて,英語で表現するのが難しい部分を,それが重要であるにもかかわらず,書かないで済まそうとする恐れが高い.物凄く高い.
日本語で原稿を書く際に,次の英語化に備えて,主語と述語はできるだけ明示して,一つ一つの文は短くしておく.主語がなくても意味が通じる日本語と異なり,論文に書くような英語であれば,主語を書かないと文にならない.また,長い文章を無理に英語化しようとすると,関係代名詞を連発するなどして構造が複雑で読みにくい文になる危険性が高い.そのような事態に陥らないために,主語と述語が明確な短い文にすることを心掛けよう.
英語化する
日本語原稿ができたら,それを英語化する.機械翻訳を使う方法については先に述べた.そうでない場合についても書いておく.
英語化に際しては,とにかく辞典を使おう.英和辞典と和英辞典で十分だと思っている人は根本的に考えが甘い.英単語の意味をきちんと把握して,文脈にぴったり合う言葉を探すために,少なくとも英英辞典は使いたい.
英文を書くときには,単語と単語の相性に気を付ける必要がある.和英辞典で見付けた単語を適当に繋げたら良いというものではなく,正しい単語と単語の組み合わせを使わなければ,自然な英文にはならない.ここで役立つのがCollocation辞典だ.この辞典は,ある単語の前後で利用できる動詞,形容詞,副詞,前置詞,名詞などを豊富な例文と共に示してくれるので,この辞典に掲載されていないような表現(単語と単語の接続)は使わないというルールを守れば,無茶苦茶な英文は書けなくなる.
英語で文章をいくらか書けるようになると,毎回同じ表現しか使っていないことが気になってくる.つまり,語彙の乏しさを痛感するようになる.違う表現を使いたいと感じたときに便利なのが,Thesaurus辞典だ.Thesaurus辞典には,多くの類義語や反義語が記載されているので,表現の幅を広げるのに役立つ.
この他にも,ネットには無料のcorpusがあるので利用するといい.これくらいの武器を手にして,英語化に取り組もう.
意味がわかる文章にする
論文原稿を英語化できたら,意味不明なところを丹念に潰していく.そして,重要なことは漏らさずに書き,主張すべきことはしっかり主張する.
この段階で,赤ペン先生から「意味不明」とだけ書かれた原稿が学生に返され,学生が修正版原稿を再提出するという作業が何回も繰り返されたりもする.自分が意味不明な文章を書いていることを自覚できるようにならないと,自分だけで論文を書けるようにはならないので,この遣り取りは不可避だろう.
ここで,事前に作成した日本語原稿が役立つ.日本語原稿がないと,意味不明なところは本当に意味不明になり,何が言いたいのか全くわからないという状態に陥る.完成度の高い日本語原稿があれば,少なくとも何が言いたいのかはわかるので,英語を直せる.また,主張すべき重要な事柄であっても,英語化するのが難しいと,その重要な事柄を書かずに済まそうとする人が出てくる.これでは論文の価値が低くなってしまう.そのような事態を避けるためにも,日本語原稿が必要になる.
接続詞を控える
英語原稿で気になるのが無駄な接続詞だ.接続詞の濫用は慎まなければならない.特にhoweverやthereforeの無駄使いが目立つ.いや,それ全くhoweverじゃないだろとか,このthereforeの前後に因果関係なんてないよねとか,そんなことが多い.接続詞の使いすぎは,文章の構成の悪さに起因する場合が多い.このため,文章の構成を見直し,読みやすく理解しやすい文章にすることを心掛けよう.
原稿を推敲する
推敲については,「論文執筆アドバイス(3):書く,そして推敲と添削」に書いた.しっかりと読んで,実行して欲しい.
印刷して声を出して読む
そして,最後にこれだ.原稿を提出する(教員に原稿の確認を依頼する)前に,必ず,印刷して,声を出して読む.「原稿提出前に,印刷して,声を出して読め!」にも書き,繰り返しまくっているが,これだけでケアレスミスは確実に減る.
英文校正を依頼する
英語に自信がないなら,あるいはもっと伝わる英文にしたいなら,投稿前に英文校正をしてもらうといいだろう.自信があっても,それが根拠のない自信なら,英文校正を受けた方がよい.どこをどのように直されたのかを吟味することによって,書く力がつく.
書けるようになる
自分自身を振り返ってみても,ボスの手を離れて,自分でまともに論文が書けるようになるまでには,論文を10報くらいは書く経験が必要だったように思う.元々,英語力が悲惨だったという要因も大きいが...英語論文を書くのは易しくないが,書いていれば書けるようになるので,書きまくろう.
© 2020 Manabu KANO.
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